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45話「鳥の冠亭の看板娘」

 日が落ちて薄暗くなってきた寝室の中、僕は最近の日課となった『入室禁止』の札をライラに頼んでドアに掛けてもらった。

 これで朝までこの部屋には誰も入ってこない。

 扉を閉めて出て行ったライラを追うようにして、僕は扉の内側に張り付いて外の様子を音で探る。

 軽い足音が遠ざかっていくのが聞こえた。



「よし、大丈夫そうだ」



 僕はそう呟いて、急いでクローゼットの中から一着のメイド服を引きずり出した。

 鳥の冠亭のウエイトレス用の制服らしい。

 慣れた手つきでその制服を着て、髪も動きやすいようにポニーテールに纏める。

 それでも十二分に長いんだけどね。

 暖炉の横にある隠されたスイッチを引っ張ると、ゆっくりと鍵の抜ける音がして隠し通路の扉が開くようになった。

 壁を手で押すと音もなく後ろにずれ込んで、ぽっかりと地下へと下りる梯子が現れる。

 だが、今はその梯子を使って地下に降りるのではない。

 梯子の手前のスペースに置かれている緑の髪のビスクドールに用があるのだ。



「今夜もお願いするね、スワジク2号さん」



 そう声を掛けて、お姫様抱っこで人形をベッドへと連れてゆく。

 僕の寝間着を着せ、町で買ってきた銀色のウイッグを被せて体裁を整える。

 で、このスワジク2号をベッドに寝かせて、頭まで布団を被せて偽装工作の完了だ。

 最後に部屋の窓のドレープをしっかりと閉め、遮光を完璧に近い形にしておく。

 いつものようにレースのカーテンだけでは、月明かりでばれないとも限らないからだ。

 そこまで出来たら僕は椅子に掛けておいた外套を羽織り、開け放たれていた秘密の入り口へと向かう。



「じゃ、いってきます」



 返事を返すもののいない部屋に声を掛けて、僕は通路の中へと入っていった。

 通路の出口に辿り着くと、僕は手にした石で壁を3回叩く。

 そうしたら秘密の扉が開きだし、月光に照らされたボーマンが現れた。



「ごめん、待った?」

「いえ、俺もいま来たばかりです」



 頬を少し赤く染め、ボーマンは笑ってそう答えた。

 僕は差し出された彼の手を握って地下道から表に出る。

 何度来ても変わらないガラクタの山が置かれた納屋を見て、なんだかほっと開放されたような気分を味わう。

 そんな僕の表情を見て、ボーマンが訝しげに問いかけてくる。



「姫様? どうかなさいましたか?」

「ううん、なんでもない。ちょと開放感に浸っていただけ」

「開放感?」

「そ、王族や貴族の仕来りとか礼儀とか、そんなものから開放されたって感じがするんだ。肩が楽になった気分」

「それは良かったです、と言うべきですか?」

「別に気にしなくていいよ。ボクの気分の問題だから」



 リアクションに困っているボーマンを見て、クスリと笑いながら彼の前を横切る。

 ここ数日、王宮外でのアルバイトが楽しくて仕方が無い。

 もちろんアニスを探さなきゃいけないっていう目的は忘れていないけど、少しだけ自由を満喫させてもらっても罰は当たらないよね?



「さ、行こっか!」






「10番テーブル、料理あがったよ!」

「はーい!」



 カウンターに置かれた3人分の料理を、事も無げに両手に乗せて運んでゆく銀髪の少女。

 頭は三角巾をしているからある程度隠れてはいるものの、背中に垂れている白銀の髪は丸見えである。

 銀色の髪を持つ者は貴人の血を引いているとは巷の噂にもあるものだが、何故だかここに来る客はあまりそんな事を気にしているようには見えない。



「オーダー入りまーす! エール3杯、焙りチキン1丁、お願いしまーす」

「あいよー! フロアーに戻る時に、これ8番さんに持っていってくれ」

「はいはーい! 了解です。っと、ごめんボーマン、足踏んだ?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「そか。ごめんね」



 俺の足に躓きかけて慌てて体勢を整える銀髪の少女は、満面の笑みを浮かべてホールへと戻ってゆく。

 なんで姫様はこんなに場慣れしてるんだ?

 労働をするってことすら生まれて始めての筈が、3日もしない内に店の流れを把握し、5日目にはウエイトレスのシフトから注文の取り方、裁き方にまで口を出す始末。

 それが蛮行姫の名の通り無茶苦茶な要求かと、口にはしなかったが大将や女将さんは最初警戒してたみたいだ。

 が、彼女の言うとおりにやってみると、これが案外スムーズに仕事がはかどった。

 寧ろ今までのやり方のほうがロスが多くて、何故今まで姫様のような発想で仕事をしてこなかったのかと大将以下店員たちが落ち込むほどである。



「ニーナ! あっちのお客さん、注文取ってきてー」

「はい! 分かりました、チーフ」

「あ、女将さん、そっちはボクが片付けますんで、お客さんの案内をお願いします!」

「あ、ああ、分かったよ」



 っていうか、チーフってなんだ? 

 なんで女将さんまで使われてるんだ?

 ヤクザな客が現れるまでは開店休業状態の俺は、店の片隅で喧しく飲み食いする客と姫様たちの働き振りを眺めるだけ。

 だからこそ、姫様の異常なまでの順応振りが目に付いてしまう。

 いろんな意味で本当に底が知れない姫様だ。



「あ、そうだそうだ、スゥちゃん! こないだ言ってた探し人の件な、北町の会長さんが協力してもいいって言ってくれてるんだ!」

「え? 本当ですか!!」

「ああ、本当だとも。だから今度会長さんがここに来たら、相手してやってくれないか?」

「えー? うちはそういう店じゃないんだけどなぁ」

「分かってるけどさ、会長さん、偉くスゥちゃんのこと気に入ってるんだよ。隣に座るだけで泣いて喜ぶからさ、頼むよ」



 そういって姫様に頭を下げているのは、この界隈でも顔が売れてるマフィアの幹部だ。

 ちなみに北町の会長というのは、マフィアのボス。

 いつの世も男は女に弱いということなのだろうか、などももにょりながらそのやり取りを眺める。

 ちなみにスゥちゃんといのは、姫様のこの店での「源名」だそうだ。

 もちろん俺に「源名」がどういう意味のものかなんて分かるわけもない。

 ニックネームみたいなもんなんだろうと思ってて、誰もあえて突っ込んでは聞いていない。



「よぉ、嬢ちゃん、こっちも注文聞きに来いよ!」

「あっ、ちょっと」

「うひょー、こいつぁ、上玉ですぜ、兄貴!」

「ちょ、何処触ってんの!」



 姫様の慌てる声が聞こえたので慌ててそっちを見ると、どこかで見た記憶のあるような男達が姫様の手や腰を撫でているのが見えた。

 瞬間に頭に血が上るのが分かったし、それを抑えるつもりもない。

 周りの客を蹴散らしてでも、すぐに姫様の下へ駆け寄ろうと腰を上げて固まってしまう。



「よぉ、兄さん達、スゥちゃんに何か用か?」

「キタネェ手でスゥちゃんに触れてんじゃねぇぞ、ゴルァ?」

「今日は非番だったんだが、ちょとそこの衛士詰め所で事情を聞こうか?」



 姫様に無作法を働こうとしていた男達は、あっというまに周りにいた男性客に囲まれていた。

 っていうか非番の衛士まで現れるって、姫様の素性的にやばく無いのか?



「あ、あの皆さん、お、穏便に……」

「大丈夫です、スゥちゃん。ちょっと世の中の道理ってもんを分からせるだけですから」

「そうですね。我々が守る王都の平和を乱す者が、どのような末路を辿るかじっくりと話して聞かせるだけですから」

「紳士は愛でても触らねぇもんなんだ。それをちょっと教え込んできまさぁ」 



 10人からの人間達に囲まれて、姫様に狼藉を働いた男達は外へと連れ出されていった。

 今度は肩の骨だけでは収まりそうに無いなと、微妙な視線で見送る俺。

 万事がこんな感じだから俺の仕事も上がったりなんだけど。



「あらあらあら、大人気ですねぇ」

「あー、あんた来てたのか」



 いつぞやのラムザス人ぽい風体の黒髪の侍女が、いつの間にか俺の傍らに佇んでいた。

 名前を呼ぼうとして、そしてこの侍女の名前を知らないことに今更ながら気が付く。

 店の外で起こってる場外乱闘を見て右往左往している姫様を、頬を上気させながら眺めている侍女に俺は声を掛ける。



「そういやさ、あんた名前なんていうんだっけ?」

「名前、ですか?」

「ああ、もう何回も会っているのに名前も知らないなんて、流石にあんたに失礼だろ?」

「そうですか。それでは私の事はホランとお呼びください」

「ホランさんだな。了解だ」



 俺が彼女の名前を確認して頷いていると、ホランさんが俺の隣に腰を下ろしてこっちを見ている。

 何か少し思いつめたような表情に見えたから、俺もなんとなく彼女の瞳を見返していた。



「あの、まだよく分からないのですが、アニスさんかも知れない人がとある廃屋に隠れ住んでいるかもしれない、という話を耳にしたのですが……」

「! それは本当ですか?」

「よくは分からない、と言っています。そこで姫様のお耳に入れる前に、一緒に来てはいただけないでしょうか? 流石に女の身一つでは怖くて」

「そっか。そうだよな。ぬか喜びさせちゃ駄目だし、先に事実確認はしておいたほうがいいな。で、俺はどうしたらいい?」

「詳しい話は明後日の正午に分かります。その時、姫様が良く使われているあの教会へお一人で来ていただいてよろしいでしょうか? あまりいろんな人に集まってもらうと、情報提供者さんが嫌がるものでして」

「ええ、分かりました! 明後日の正午ですね」

「くれぐれも姫様には内密に」

「分かっています。悪戯に心配を掛けさせてもいけませんしね」



 俺がそういうとどこか寂しげな陰のある笑みを浮かべ、ホランさんは店を後にした。

 店内で忙しげに立ち働く姫様の姿を眺めながら、この情報が彼女の心配を取り除いてくれるものである事を祈らずにはいられなかった。






―― ちなみに留守中のスワジク姫の寝室での出来事 ――



 深夜ライラが見回りでスワジク姫の部屋の前を通りかかったとき、部屋の中でなにやら話し声が聞こえてきた。

 あまり深く考えもせず、ライラはスワジク姫が起きているのだと思って部屋の中を覗いてみる。

 部屋の中は遮光カーテンがぴっちりと閉められていて、手元の蝋燭の明かりだけが唯一の光源だ。

 つっと燭台を前に出し部屋の中を覗こうとすると、ライラの視線を妨げるようにすっと目の間に人影が現れる。



「ひっ!」



 突然の事にびっくりしすぎて、逆に声が出なくなってしまうライラ。

 そんなライラに向かって、その人影はおどろおどろしい声で語りかける。



「姫様はお休み中です。用があるなら、明日太陽がしっかり上がってからにしたほうがいいかと」

「っ! み、ミーシャ!?」



 聞き覚えのあるミーシャの声に、ライラは内心ほっとしつつ上を見上げた。

 果たしてそこにあったのは、頭から真っ赤な血をダラダラと流して佇んでいるミーシャ。

 悔しそうな、それでいて悲壮な表情で、じっとライラを見つめている。



「姫様の眠りの妨げをするのは、何人であろうと私が許さない……」



 地獄の底から響くようなその宣言に、ライラはカクンと腰を抜かして尻餅をつく。

 もう一度開け放たれた扉の向こうにミーシャの姿を探してみたが、今度はベッドの上で丸まって眠っているスワジク姫以外誰もいなかった。

 ふとライラの視線が床の上を見てみると、ミーシャが立っていた辺りが何故か水で湿ったかのように絨毯の色が変わっていた。

 次の瞬間、ライラはあまりの恐怖に意識を失って廊下に倒れこんでしまう。

 持っていた燭台も一緒に廊下に転がってしまったが、運よく蝋燭の火は消えてしまっていた。

 まあ、注意深く蝋燭の芯を見れば、何か鋭利なもので断ち切られたと分かるのだが、気絶したライラにそれを言うのは酷というものか。

 その後巡回中の衛士が倒れているライラを発見して一騒動に発展する。

スワジク姫自身は、そんなこともお構いなく健やかな寝息を立てていた。

 結局、この件はライラの見間違いということで片付けられたのだが、この日を境に夜な夜なミーシャの霊が王宮を徘徊して、夜、スワジク姫の部屋へと近づくものを怖がらせたという。





「あの、いい加減頭からトマトジュースを被るのはイヤなんですが……」

「何を言うか、ミーシャ。これも今のスワジク姫のためじゃぞ? あの姫のためなら何でも出来るというたではないか、お前は」

「確かに言いましたけど……。服も体もトマト臭くって堪らないのですが」

「我慢、我慢♪」

「妙に嬉しそうですね? もしかしてこの状況を楽しんでるんじゃないでしょうか?」

「失敬な! 私がそのような浮ついた心でこんなことをしているというのか!」

(そのにやけ顔みたら、そうとしか見えないんですけどね……)



 嬉しそうに買ってきたトマトをペースト状に磨り潰している2体の人形を横目に見つつ、ミーシャは盛大にため息をついて任務を続行するのであった。


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