表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/72

41話「もう人には任せておけませんよ!」

 陽が落ちて薄暗くなった廊下を、僕は鼻息を荒くしながらフェイ兄の執務室に向かう。

 途中、衛士や赤い鎧を着た兵士さんとすれ違うけれど、僕の剣幕に慄いて誰も止めようとしない。

 まあ、止められても押し通るけどね。

 何をそんなに血相を変えてるのかっていうと、アニスの件、スヴィータから聞いちゃったんだよ。

 アニスが自分から脱獄なんてするはずもないし、15人もその為に殺すような娘じゃない。

 大丈夫だとは思うけど、フェイ兄にはきちんとその辺りのこと確認しておかないと、後で取り返しの付かないことになってもいけないしね。

 僕はノックもそこそこに、フェイ兄の執務室に荒々しく乱入する。

 部屋の奥、大きな机にもたれ掛かるようにして、フェイ兄は難しい顔をして誰かと話していた。

 フェイ兄と赤い鎧を着込んだワイルドでハンサムな騎士が、突然現われた僕にびっくりしてこっちに顔を向ける。



「どうしたんだい、スワジク?」

「フェイ兄様、アニスのことを小耳に挟んだのですけど」

「なっ、どうして!? あ、いや……」



 フェイ兄の取り乱しように、アニスの事は僕に知らせるつもりがなかったのだと理解した。 

 うん、スヴィータには感謝をしないとだね。

 でなければ何も知らないままに、事は終わっていたかもしれないんだから。

 場を取り繕おうとするフェイ兄の傍へ行って、僕は下からその顔を少し睨むような感じ見上げる。

 対するフェイ兄はほんの少しの時間で動揺から立ち直り、自然な笑みを浮かべつつ僕の肩に手を置く。



「スワジク、どこでその話を聞いてきたのかは知らないけれど、君はなんの心配もしなくていい。私達がきちんと君を守ってみせるから」

「そんなことを聞きに来たんじゃないです、フェイ兄様。アニスはどうなったのですか? どうするおつもりなんですか?」



 多分適当なことをいって追い返すつもりだったのだろうフェイ兄は、僕の追及に浮かべていた笑顔を強張らせる。

 それでもフェイ兄は多少固い笑い声を上げながら、僕の頭に手をぽんと置く。



「心配しなくていい。必ず私たちが彼女の所在を掴んで捕まえて見せるから。だから安心して良いんだよ?」

「だーかーら! それが安心出来ないんです! アニスを捕まえるってなんでです?」

「君に恨みがあって脱獄したんだ。アニスを早く捕まえないといつか君に危害が加わるかもしれない、というのは分かってくれるよね?」

「何故もう犯罪者扱いなのですか? そこが納得いきませんっ!」



 睨み合う僕とフェイ兄の間に、ぬぅっと一本の手が差し込まれる。

 邪魔な手の主を見上げると、さっきフェイ兄と喋っていた赤い鎧の騎士さんだ。

 赤いボサボサの髪に小さな傷跡だらけの赤銅色の顔、猫科を髣髴とさせるような鋭い瞳に八重歯がちらりと見える大きな口。

 どこから如何見ても、百戦錬磨の戦士って感じだ。

 彼は手だけではなくそのごつい体を僕とフェイ兄の間に割り込ませて来たから、思わず3歩ほど後ろに下がってしまう。

 なんか妙に負けた気がして、キッと赤い騎士さんを睨み付ける。



「すいませんがね、姫様。これは近衛と第一軍の俺たちの任務です。指揮権を持たない部外者に口を出されると、すっげー迷惑なんですけどね?」

「どんな任務?」

「は? 指揮権も持たない貴女に、何故説明せにゃならんのか俺には理解しかねますがね」



 嫌みったらしく耳に小指を突っ込んで穿る赤い騎士。

 なんでこいつこんなに喧嘩腰なんだよ。

 それに妙に見下されている気がしてとても気分が悪い。

 ぐっと歯を噛み締めて、その怒りを下腹に押さえ込む。



「ア、アニスは私付の侍女だった者です。私には知る権利があるはずです」

「知る権利? はっ、なんすかそれは。ケンリとかいうもんが、俺たちの任務の邪魔をするほどたいそうなもんなんですかね?」



 ここまであからさまに嘲笑と反抗というものを、真正面から叩きつけてきた相手はアニス以外では初めてだ。

 そして彼の剥き出しの悪感情に、僕も怒りを持って向き合ってしまう。

 この人たちに任せたら、きっとアニスは殺されてしまうかもしれない。

 レイチェルの時とはまた違うけどきっと最悪の結果になる、そんな予感が僕の体を駆け抜けた。



「フェイ兄! フェイ兄はちゃんと約束してくれましたよね? レイチェルの二の舞は踏まないって」

「ふざけてんじゃねぇよ! そのレイチェルを殺したのは、お前だろうがよ! その口でてめぇは何抜かしてやがんだよ!」



 がっと胸倉をつかまれ強引に引き上げられる。

 とたんに首が絞まって息苦しくなり、顔が赤くなっていく。

 苦しむ僕の額に額をぶつけて、赤い騎士は大きな声で怒鳴り散らした。



「大体がそのアニスって侍女の親友が死んだのも、てめぇが居たからじゃねぇか! なに部外者面してフェイに説教垂れてんだよ!」

「止さないか、クラウ!」

「お前もお前だ、フェイ! いつまでこんな売女が産んだ汚物におべっか売ってやがる。ヴォルフ家の威光に縋らなきゃ生きていけねぇ屑なんぞ、とっとと実家に送り返せば良いだろうがよ! この国は俺たちだけでも十分に守っていける!!」

「幾ら従兄弟だからといって、言って良い事と悪い事が有るんだぞ、クラウ。それにそのままではスワジクが死んでしまう」



 呼吸が殆ど出来なくて意識が朦朧とする僕を見て、クラウと呼ばれた赤い騎士は忌々しげに手を離した。

 僕は思わず崩れ落ちて蹲り、ぜいぜい喘ぎながらも胸いっぱいに息を吸い込む。

 死ぬほどの息苦しさと自分とは無関係な部分で言われ放題な事に、悔し涙が零れた。

 倒れこんだ僕のそばに慌ててヴィヴィオさんが寄ってきて、心配そうに背中を擦ってくれる。

 僕はヴィヴィオさんの手をやんわりと押しのけて、震える膝に活を入れながらやっとこさ立ち上がった。

 一瞬ふらつくと、さっとヴィヴィオさんが片肘を掴んで体を支えてくれる。

 今度は手を払うことなく、彼女の好意に甘える事にした。



「貴方になんて言われようとも、ボクは……それでもアニスを助けたいんだ」



 クラウはつかつかと僕に近寄ると無造作に髪の毛を鷲掴みにして、そのまま僕を廊下まで引き摺ってゆく。

 廊下に出たところで、勢いよく床に突き飛ばされる。

 倒れた拍子に僕はどこかに頭を打ち付けたのか、意識を失ってしまった。



「胸糞悪りぃ。他の奴らはどうか知らねぇが、俺の前でいっぱしの口が利けると思うなよ? 俺はお前なんかへとも思ってねぇんだからな」



 薄れ行く意識の中、クラウのその言葉だけはしっかりと聞こえた。






 ふと目を覚ますと、そこはいつものベッドの上だった。

 起き上がろうとして、頭がぐわんぐわんと揺れて気持ち悪くなる。

 僕の気配に気がついたのか、誰かが僕の背中をそっと支えてくれた。



「あ、ごめんね、ありがとう」

「もう、大丈夫かい、僕の可愛いお姫様?」

「え? フ、フェイ兄? 」

「さっきは酷いことになって済まなかった」



 そう言って、フェイ兄は僕の頭に巻かれた包帯をそっと撫でる。

 鈍い痛みはまだあるが、大人しくしている分にはそう問題はなさそう。

 しかし、本当に手荒く扱われたなぁ、あんな扱いは男だったときでもそうそうなかった気がするよ。



「クラウは、君が入れ替わりだとは知らないんだ。だから君が話したことを本当の「スワジク姫」が喋っているものと思って、それで切れたみたいなんだ」

「……それでも、王女様に対する扱いじゃなかったよね」

「まあね。あいつは短気なので困るんだ。それに以前はそうなる事がお互いに予測出来たのか、徹底して避けあっていたしね」

「そっか。ボクがのこのこ行って、もっともらしい顔して喋るから怒ったのか」

「まあ、そういうことになる。一応ヤツも王族の端くれではあるんだ。許してやってくれないだろうか?」

「……された事は許せないけど、でもきっと外の人の事がやって来たことを考えたら仕方ない……のかな?」



 フェイ兄は苦笑いをしながら、僕の頭を優しく撫でる。

 んー、男に撫でられても嬉しくないが、でもまあ今はなんていうか気を使ってくれている雰囲気みたいなので、あんまり嫌な気持ちにはならない。

 


「一応あいつにもきつく言っておいた。もうクラウの方から君に近づく事は無いよ」

「んー、そだね、ボクも痛い目にはもう会いたくないし。今はそれでいいか」

「あいつに代わって、謝らせてもらうよ。本当にすまなかった」

「フェイ兄が謝ることじゃないと思うし。うん、今回のことはボクも不注意だったってことで」

「助かる」



 僕の顔の横に並んで月明かりに照らされているフェイ兄の顔が、とても綺麗に微笑んでいる。

 うわぁ、これがイケメンパゥワーかぁ。

 男の僕でもちょっとドキドキするんだから、こりゃ女の子ならイチコロかもしらん。

 ちょっと頬を赤くして横目で盗み見ているのに気がついたのか、フェイ兄がおやっという顔で僕を覗き込んでくる。

 照れている顔を見られるのが恥ずかしくて、僕は首がゴキッて音が鳴るくらいの勢いでそっぽを向く。



「どうしたんだい、君? なんか顔が赤いみたいだが、熱でも出て来たのかい?」

「あ、いや、別に大丈夫だと思うから」



 熱を測ろうとする手を両手で胸に押さえ込んで、危険を緊急回避!

 今顔を触られたら、なんかいろいろと負けそう。



「と、と、ところでフェイ兄! アニスはどうするの? さっきはちゃんと話出来なかったから」

「あ、え? ああ、アニスか。うん。アニスだな」

「?」

「い、いや、なんでもない。アニスは今、第一軍の人員を使って市内を捜索中だ」

「もしかして指名手配みたいな感じ?」

「指名手配という意味がよく分からないが、多分犯罪者を追いかけるという意味でいうなら、そういう事になる」



 僕はフェイ兄に半身を捻るように振り向く。

 何故か真っ赤な顔をしたフェイ兄が、慌てたように顔を背ける。



「フェイ兄! アニスは犯罪者じゃないよ! 悪い奴らに連れ去られたんだ、きっと」

「そう思いたい気持ちも分かる。だけどね、君の温情を相手が正しく受け取っていると思うのは、少し他人を信用しすぎるんじゃないのかな」

「なんでだよ!」

「君の意向もあって、当初は地下牢から直ぐにレオの屋敷に移すつもりだったんだ。スワジクを突き落とした侍女に我々がしたように」



 そこまで言って、苦虫を噛み潰したような顔になるフェイ兄。

 きっとフェイ兄のことだからアニスに直接それを言いに行ったに違いない。

 多分その時のやり取りを思い出して、こんな顔をしているんだろう。

 アニス、一体フェイ兄に何を言ったのさ。



「拒否したの?」

「ああ。君の事を絶対に許さないと言い切っていたな。だからあれはもう君の知るアニス・ラヴォニートではないんだよ」

「……それは違うよ、フェイ兄。アニスはアニスだよ、何も変わらない。そりゃ、今は自分を見失っているかもしれないけれど、ミーシャが生きてるって知ったらこんな事はしなくなる」

「それについては、私の見通しが甘かった。君からその話を聞いた時に直ぐにでも彼女に教えておくべきだったんだ。レオの館に移して間諜の居ないところで事実を告げるつもりだった。相手に先手を許してしまったのは、間違いなく私のミスだな」


 悔しそうに僕の両手の中で強張る腕を、僕はゆっくりと子供をあやすように叩く。

 きっとフェイ兄は真面目すぎるんだろうなと思う。

 僕ならきっと他の誰かのせいにして逃げるようなことでも、フェイ兄は逃げずに自分の問題だと馬鹿正直に真正面から取り組むんだ。

 陳腐な言いようかもしれないけれど、それはノブレス・オブリージュっていうものに違いないんだろう。

 僕がフェイ兄くらいの年のころは、きっと学校に通って世間のことなんか何も気にせず馬鹿ばっかやってた。

 だからフェイ兄も、もう少し肩の力を抜くといいのになって思うときがある。



「そ、その、なんだ。君」

「ん? 何かな、フェイ兄」

「そ、そろそろ手を開放して欲しいのだが。その、い、色々と困るんだ」

「あ、ああ、ごめんごめん」



 そりゃ手を掴まれたままじゃ困るよね、ごめんごめんだよー。

 僕は笑いながらフェイ兄の手をリリースして、照れ隠しにぺろりと下を出す。

 なんか急にフェイ兄が咽た振りして勢いよく顔を逸らしたけれど、人の顔を見てそれは失礼だと思うんだよ!

 文句を言ってやろうと身を乗り出したところで、頭がクラリとして目が少しだけ回る。

 フェイ兄がしっかりと僕を受け止めてくれて、なんとか倒れるまでは行かなかったけど。

 ちくせう、さっきの奴、どんだけ思いっきり僕を床に叩きつけやがったんだよ!

 僕は悪態を心の中でつきつつ、フェイ兄に支えられるまま眩暈が治まるのをじっと待つ。

 体感時間的には割りと長く感じたけど、実際には3分ほどじっとしてた。

 ようやく眩暈が落ち着いて、いまの自分の有様に気が付いた。

 月明かりが差し込む薄暗い部屋のベッドの上で、どうやら僕はフェイ兄にいつの間にやらもたれ掛かる格好になっていたのだ。

 少し気恥ずかしくなったが、それでも今は人肌の温もりが心を落ち着けてくれる。

 これが男のままの僕だったらちょっと困ったシーンだけれども、今は自他共に認める女の子。

 少しの間くらいなら問題ない、ということにしておこう。


 

「アニスのことは、善処するつもりだ」

「ん。分かった」



 フェイ兄は、多分精一杯にいろんな事を考えて言ってくれているんだ。

 周りの事や僕の事、それにアニスの事も一生懸命考えて。

 背中にあるフェイ兄の顔を見ようと頭を後ろに逸らす。

 他人から見たら、フェイ兄の首元に顔をすりつけ甘えているように見える姿勢だ。

 もっとも、僕にはそんな自覚はこれっぽっちも無い訳だけれども。

 そんな僕を見たこともないような優しい瞳で見下ろしているフェイ兄。



「フェイ兄?」

「あ、いや。考え事をしてた」

「考え事?」

「ああ、本当のスワジクも君のように心を開いていてくれたら、私は……」

「?」



 きょとんとしている僕の顔を見て、本当に綺麗な笑顔のフェイ兄に、僕は思わず見とれてしまう。

 くそう、イケメンって卑怯だ!

 笑っているフェイ兄に、悔しくてむくれ顔を向けて非難する僕。

 その僕の顔を後ろからそっと両手で包み込んだかと思うと、そっと唇を重ねてきた。

 あまりの出来事に僕は凍ったようになるしかなくて、頭の中がパニックになっている。

 フェイ兄はどうして僕にキスしてるのか?

 っていうか、僕は男だっていうの……あー、言ってなかったわ。

 これってどういう意味なんだ? 友情の証? 親愛の表現?

 どれ位キスされたまま居たのか、少なくとも1分は動いてなかったんじゃないか? いや、もっとされていたかもしれない。



「すまない。こんなつもりでは無かったんだ……」

「あ、う、うん。」



 ゆっくりと僕から顔を離していきながら、バツが悪そうに言い訳をするフェイ兄。

 僕もなんて返事していいか分からず、曖昧に頷くしかない。 

 そんな微妙な空気を振り払うように、フェイ兄が勢いよく立ち上がる。



「わ、私はそろそろ戻らなくてはならない」

「う、うん、そだね」

「今日はゆっくりお休みなさい」

「……は、はい、フェイ兄様」



 顔を真っ赤にして逃げるように出て行くフェイ兄の後姿を、これまた顔を真っ赤にした僕が見送る。

 なにこのBLシチュエーション。

 いや、僕は今女の子だからBLにもならないのか……。

 も、も、もちつけ、自分!

 あれだ、今のは事故だ! そう、出会いがしらの交通事故なんだよぉぉぉ!

 暫くベッドの上で身悶えていた僕ではあるけれど、それでも自分のやりたいことは見失わない。

 フェイ兄にはああ言ったけど、やっぱりクラウって人の事は安心出来ない。

 見つけ次第、ですとろ~い、とかしかねない奴だしな。

 ふらつく頭を押さえながら、僕は着替えるために起き上がる。

 着替えてから少しのお金を持ち、隠しておいたランタンを手に僕はあの隠し通路へと向かう。

 そう、僕は誰よりも先にアニスを見つけて、悲劇の元を断たなくちゃいけない。

 僕は秘密の扉の入り口の前に立ち、そう堅く決心したんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ