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Scissors  作者: リコピン
9/18

第8話 嵐瞳《らんどう》

挿絵(By みてみん)


──目が、痛い。


いや、正確には違う。

目の奥が、熱を持っている。


視界の端がわずかに歪み、世界が遅れて見える。

それでも、俺は瞬きをしなかった。


目の前に立つ男──白鷺の牙。

握り締められた拳。迷いのない構え。


「……来るぞ」


自分に言い聞かせるように、息を整える。


次は確実にグーを出す。

あいつは、そう宣言した。


つまり──

次は、斬瞳では足りない。


斬瞳は勝ったと錯覚した瞬間を切る技だ。

だが、あの男はもう知っている。

勝つと思わない。負ける覚悟で、拳を出す。


なら──

切るしかない。


意志ごと、視界ごと、判断そのものを。


「じゃんけんぽん」


チョキ。


牙の拳が、打ち出される。


グー。


──その瞬間、世界が砕けた。


「……不知火流」


世界が、一拍止まる。


視界が、分裂する。

前後、左右、上下。

一つだったはずの相手の像が、無数に増える。


「──嵐瞳らんどう


斬瞳を、一方向じゃない。

嵐のように、同時に叩き込む。


網膜が悲鳴を上げる。

脳が焼ける感覚。

視神経が引き千切られそうになる。


見える。

──見えすぎて、壊れる。


牙の意志が、拳の奥で軋むのが分かる。

「負けてもいい」

「それでも、世界は……」


その思考が、生まれる前に──


切る。


意志が、判断になる前に。

判断が、手になる前に。


視界が、竜巻になる。


牙の身体が、宙に浮いた。


一度、二度、三度。

錐揉みのように回転しながら、空中で翻弄される。


──落ちた。


重い音。

土が跳ね、空気が揺れる。


俺は、立っていた。


……勝った。


でも。


膝が、笑う。


視界が、暗転しかける。

目の奥で、小さな火が燃え続けている。


(……使いすぎた)


分かっていた。

分かっていて、止まらなかった。


倒れた牙が、微かに息をしている。

その口が、動いた。


「……それでも……」


掠れた声。


「俺たちは……救われた……」


……救い?


胸の奥が、重くなる。


俺は、何を切った?


誰を、倒した?


ただ立っているだけなのに、

世界が遠ざかっていく。


「ピース……!」


リナの声がした。

駆け寄ってくる気配。


俺は、答えようとして──

言葉が出なかった。


彼女の顔が、滲んで見える。


不安と、恐怖と、怒りが混ざった表情。


「……ねえ」


リナの声が、震えている。


「もう……やめよう?」


その一言が、

斬瞳よりも、深く刺さった。


「復讐とか……正義とか……」


「それより……

 これ以上、あなたが壊れるのが、怖い」


壊れる。


その言葉が、頭の中で反響する。


俺は、ゼロを倒す。

兄の仇を取る。

そのためなら、目が焼けても構わない。


──本当に?


倒れた牙。

出さなかった白鷺の手。

そして、今、震えるリナ。


俺は、誰のために切っている?


「……分かってる」


やっと、声が出た。


でも、その声は、俺自身にも届いていない。


「分かってる……けど」


それ以上、言えなかった。


リナは、何も言わず、唇を噛んだ。

責めなかった。

引き留めもしなかった。


それが、余計に苦しい。


夜風が吹く。

冷たいのに、目の奥は熱いままだ。


俺は、まだ引き返せない。


でも──

引き返せない理由が、

少しずつ、分からなくなってきていた。


嵐は、去った。

だが、俺の中には、

まだ、渦が残っている。


ピース失明まで:斬瞳、残り78回。

——切るたびに、視界は薄くなる。


網膜に刻まれた代償は、

確実に、俺を終わりへ近づけていた。



読んでいただきありがとうございます!

ブクマしてくださっている皆さん、本当に感謝です。


読んでいただけるだけでも嬉しいのに、

ブクマや評価まで励みになっています。


まだの方も、

「続きが少し気になるな」と思っていただけたら

ブクマしてもらえると嬉しいです。


評価は★1からでOKです!

楽しんでいただけましたら、

ぜひ星を増やしてもらえると励みになります。


次回:第9話 引き分けの刃

誰も負けなかった——

でも、俺の心にはゼロの影が差した。



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