第7話 白鷺と牙
屋敷は、静かすぎた。
音がないわけじゃない。
風が通る音も、遠くの鳥の声もある。
でも──人の気配だけが、綺麗に消されている。
ラルフレッドが名前を出した、
ゼロ連合の重要人物の屋敷だった。
(……ここ、変)
私は無意識に、ピースの半歩後ろを歩いていた。
彼の背中は相変わらず静かで、感情を閉じ込めた
みたいに真っ直ぐだ。
広間に通され、私たちは椅子に座る。
数分後、足音も立てずに、その人は現れた。
白い服。
柔らかな色の髪。
年齢は……
若く見えるのに、そう思えない何かがあった。
でも、目が違った。
優しいのに、揺れがない。
まるで、もう答えを選び終えた人の目。
「はじめまして。ピース・シラヌイさん、リナさん」
声も、静かだった。
「私は白鷺ユリス。
ゼロ連合で、思想と外交を預かっています」
……ゼロ連合。
その言葉を聞いただけで、胸がきゅっと縮む。
ピースは立ち上がることもせず、
まっすぐ白鷺さんを見た。
「ゼロの居場所を教えろ」
単刀直入。
でも、その声には怒りよりも、
焦りが混じっているように聞こえた。
白鷺さんは首を振る。
「それは出来ません」
ピースはわずかに目を伏せる。
迷ってる。
そう感じた。
「……じゃんけんだ」
その瞬間、空気が変わった。
私は思わず、息を止める。
ピースが右手を上げる。
あの黒革の手袋。
でも──
白鷺さんは、手を出さなかった。
ただ、穏やかに言う。
「無理やりじゃんけんをすれば……
私は負けるでしょう」
その言葉に、私は違和感を覚えた。
負けると分かっている人の声じゃない。
「でも、その瞬間に」
白鷺さんは、ピースをまっすぐ見つめた。
「──貴方の正義は、死にます」
胸の奥が、ぞわっとした。
「勝つことが、正しいとは限りません」
白鷺さんは、淡々と続ける。
「力で決着をつけた瞬間、
その人は裁く側になります」
言い聞かせるでも、責めるでもない。
「裁く者がいる限り、
誰かは必ず、裁かれる」
ただ、そういう世界だと告げている声だった。
「あなたがここで勝てば、
この場は終わるでしょう」
「でも、それは……
争いが消えたのではありません」
ピースの指が、わずかに止まった。
「ゼロ様を狙う貴方を、ここで殺せるなら……
それで構いません」
「さあ……やりなさい」
挑発じゃない。
覚悟の提示だった。
(……この人、怖い)
強いとかじゃない。
折れない。
ピースは、動かなかった。
初めて見た。
あの人が、勝てる場面で、動けないところを。
「……お客様は、お帰りのようです」
そう言って、白鷺さんは視線を逸らした。
それだけで、私たちは追い出された。
屋敷の外は、もう夕暮れだった。
重たい沈黙の中、森道を歩く。
私の胸の中は、ぐちゃぐちゃだった。
(ゼロ連合……悪い人たちじゃ、ない……?)
そんな考えが浮かんだ瞬間──
暗がりから、男たちが飛び出してきた。
「金だ! 命が惜しけりゃ──」
ピースは、迷わなかった。
「不知火流……斬瞳」
一瞬。
男たちは、地面に転がっていた。
……速すぎる。
でも、安堵する暇もなかった。
「待て」
低い声。
闇の奥から、もう一人、出てくる。
黒ずくめ。
目が、異様に澄んでいる。
(……違う。この人……)
その男は、静かに名乗った。
「……白鷺の牙だ」
それだけだった。
肩書きを誇る響きはなく、
ただ、そう在ると告げているだけだった。
「主の邪魔をする者を、ここで止める」
彼は、拳を握る。
迷いのない、グー。
(ピースがチョキしか出さないって……知ってる)
「じゃんけんぽん」
チョキ。
チョキ。
……あいこ?
私は目を疑った。
確かに、ピースの斬瞳が発動した。
一瞬、男の指が──開きかけたのが、見えた。
パーに。
でも。
無理やり、戻した。
開きかけた手を、ねじ伏せるみたいに。
結果、チョキ。
「……今、俺の手は開きかけた」
牙は、淡々と言う。
「だが、戻した」
「主が選んだ世界を、裏切れなかった」
背筋が、冷たくなる。
(この人……意志で、抗ってる……)
牙は続けた。
「次は……確実にグーを出す」
「それでもお前が勝つなら……
それが、世界の答えだ」
ピースは、何も言わない。
でも私は分かった。
この戦いは、
ただの勝ち負けじゃない。
世界そのものを、試されている。
空気が、張りつめる。
その先に何が起こるのか──
私は、まだ知らなかった。
けれど。
この夜を境に、
ピースはもう、元には戻れない。
そんな予感だけが、
胸の奥で、確かに息をしていた。
ピース失明まで:斬瞳、残り86回。
——網膜に残った、消えない灼熱。
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次回:第8話 嵐瞳
勝つために切ったのは敵か、それとも──自分自身か。




