第4話 切る者の目
医者の言葉が、まだ耳に残っている。
光を失う。
その可能性を、あいつは淡々と告げた。
それから数日、
俺たちは街の外れで身を潜めていた。
リナの姉を安全な区画に送り、
必要な物だけを揃えて。
建物の影に隠れるような古い集合住宅だが、
見張りもいて、当分は問題ないだろう。
姉は、リナを静かに見ていた。
「……無理はしないで」
それだけ言って、リナの手を握る。
リナは一瞬だけ迷ったような顔のあと、
小さく笑って、うなずいた。
「うん。すぐ戻る……とは……言えないけど」
姉はそれ以上、何も言わなかった。
引き止める言葉も、涙もなかった。
(家族か……)
俺は背を向ける。
リナが、迷わずこちらに付いてくる気配がした。
新宿を抜け、リナと二人、夜明け前の街道を歩く。
まだ空気は冷たく、街の喧騒は遠くに消えた。
リナが横で小さく声を出す。
「ピース、次はどこに行くの?」
俺は答えを探すように、道の先を見つめた。
「レオンの…元仲間の隠れ家だ。
……ゼロに繋がる情報を探すために」
リナは少し黙ったまま、うなずく。
道中、森の影から物音がした。
人間の声、悲鳴、そして怒号——
視線を向けると、裕福そうな家族が数人、
野盗に囲まれていた。若者たちだ。
荒っぽく、でも悪人というより、
貧しさと未熟さが暴力に変わっただけ。
胸がざわつく。
リナの手が軽く俺の腕に触れる。
彼女の瞳が心配で揺れているのがわかる。
「……俺がやる」
小さく呟き、瞳を開いた。
黒目が限界まで広がる。視界がわずかに歪む。
心拍が跳ね、呼吸が浅くなる。
網膜が熱を帯び、
頭の奥にひんやりと締め付ける痛み。
でも止まれない。
止まったら、あいつらが——
野盗の少年の一人がこちらに気がつく。
「邪魔するんじゃねぇ」
怒号を上げながら、じゃんけんを仕掛けてくる。
「不知火流……斬瞳……」
意識の奥で、全神経を集中させる。
瞳の奥で、世界が一瞬歪む。
無意識の判断——
勝ったと思った瞬間。
その「油断」に、俺は刃を入れる。
視界の端で、彼の瞳に一瞬、
凍りついた光を見た気がした。
それはまるで、光と闇が交錯する瞬間のようで、
胸がざわつく。
野盗の身体が宙に浮き、
そして地面に叩きつけられた。
目の奥が痛む。
網膜が悲鳴を上げるのがわかる。
だが、やめるわけにはいかない。
「まとめて、いくぞ……不知火流……散瞳!」
俺は視界を拡げた。
野盗たちの無意識の反応を瞬時に引き出す。
彼らは理解する間もなく、空中にふっと浮かび、
地面に叩きつけられた。
俺は呼吸を整えながら、
倒れた野盗を見下す裕福な家族に目をやる。
家族の顔が見上げる。
恐怖と安堵が入り混じった表情だ。
「……あ、ありがとうございます!
なんと御礼を言っていいやら……
いや、本当に助かりました!」
だが、家族の言葉はすぐに変わる。
「それに比べて……これだから貧乏人は……
何も考えず、手だけで済まそうとする」
吹き飛ばされた野盗たちを見下し、
鼻を鳴らすように言った。
リナは一瞬、何か言いかけて、やめた。
視線を伏せ、唇を噛みしめる。
「うちの財産を狙うくらいなら、
少しは勉強でもしろってんだ」
俺は答えない。
家族は無事だ。
それだけで十分だ。
その時、一人の野盗が悔しそうに立ち上がる。
「……クソッ、まだ終わっちゃいねぇ!」
俺は前に出た。静かに、無言で。
「心まで貧しくなるな」
それだけ言った。
目が痛い。
でも、それ以上に……
見ていられなかった。
野盗は固まった。言葉が出ない。
「…………」
言葉は力になる。
いや、言葉よりも、俺の視線のほうが
今の彼には重くのしかかっているのかもしれない。
仲間の一人が叫ぶ。
「逃げろ! 置いてくぞ!」
残りの連中は、捨てゼリフを吐きながら、
街道の闇に消えていった。
俺はため息をつく。
痛みが波のように押し寄せる。
まるで網膜の奥で、
小さな炎が燃え続けているかのようだ。
だが、痛みを押さえつけて歩き出す。
家族は再び深く頭を下げた。
リナがそっと手を伸ばす。
「ピース、大丈夫…?」
俺はうなずき、痛む目を押さえる。
街道の風が冷たく吹く。
止まれない。
止まったら、俺の旅も、
レオンの行方も、リナも、誰も守れない。
進むしかない。
俺の目に刻まれた代償とともに。
ピース失明まで:斬瞳、残り91回。
——網膜に刻まれ始めた代償。
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次回:第5話 影の案内人
争いを終わらせるという理想が、ピースの覚悟を
静かに揺さぶる。




