第10話 ゼロの招待
ホテルの部屋で、リナと並んで座っていた。
まだ目の奥が痛い。
嵐瞳の余韻が残る視界で、世界が歪んで見える。
でも、追いかける手を止めるつもりはなかった。
ドアがノックされた。
「……誰だ?」
低くつぶやく。
応答はない。
ゆっくりと、数名の黒服が入ってきた。
「ピース様ですね? ゼロ様がお呼びです」
ゼロ……?
胸の奥が、ざわつく。
奴の方から接触してくるなんて、
想像もしていなかった。
罠か?
だが……チャンスかもしれない……。
「リナ……」
リナも黙って頷いた。
廊下を歩く。黒服たちは無言。
一歩一歩が重く、心臓の鼓動が耳に響く。
リナが後ろから静かに歩調を合わせる。
その視線を感じながらも、俺は振り返らなかった。
広間に通される。
そこにいたのは……
白いスーツ。整った姿勢。
誰もが一歩引く存在感。
仮面の下から覗く目は……
鋭くも静かで、俺を見通しているようだった。
「ピース」
低く、柔らかい声。
でも、胸の奥を刺す冷たさがある。
「……お前がここまで来るとはな」
言葉は静かだが、圧があった。
ゼロは、立ったまま俺を見つめる。
視線だけで、俺の網膜の疲労も、戦い続けた
覚悟も、すべて知っているかのようだ。
「お前は……
何も考えずに、俺を追っているつもりかもしれない」
「だが、それは……お前を壊すだけだ」
胸の奥が、ひりつく。
その通りだ。
俺は網膜を消耗し、身体を壊しながらここまで来た。
全ては目の前のこの男を倒すため。
「だが……そのおかげで、
ようやくお前に辿り着いた」
ゼロはすべて承知で俺をここに呼んだのか?
「人は争う。だから俺が、全部引き受ける」
「お前が切らなくていい世界を作るために……
俺はゼロになった」
話の内容に、頭が追いつかない。
ゼロの言葉は、正しさと冷酷さが同居している。
「お前がどう動こうと、結末は変わらない。
お前も……既に、知っているはずだ」
その言葉に、胸の奥が凍る。
……そうだ。
指が勝手にチョキの形を作りかける。
パーの街で、俺は勝負を決めなかった。
誰も傷つかず、誰も裁かれず、
でも何も進んでいない。
あの瞬間、俺はゼロの理想の片鱗を、
知らずに補完してしまった。
「…………」
言葉が出ない。
否定も、肯定もできない。
ゼロは、静かに俺を見つめている。
「だから、お前は……」
ゼロの声が、ふっと柔らかくなる。
「……幸せに生きろ」
一瞬、世界が止まった。
その言葉に、鼓動が止まる。
暖かさと、悲しさと、恐怖が入り混じる。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
「あとは、俺に任せろ……」
視界の端で、リナが息を呑む。
その視線に気づきながらも、俺は動けない。
心が、身体が、言葉が、全部止まった。
「……違う」
喉が、ひくりと鳴った。
息の仕方を、忘れた。
そんなはずがない、と頭が拒んだ。
「……兄貴……?」
無意識に出た声。
呼吸が止まる。
胸の奥で、何かが崩れた。
──ゼロの目、口元、仕草……
そのすべてが、かつての兄の面影そのものだった。
ゼロは、微かに頷く。
答える言葉はない。
でも、もう疑う余地はなかった。
──俺の兄が、ゼロだった。
胸が、締めつけられる。
復讐の炎も、怒りも、戦い続けた理由も、
すべて一瞬で消える。
残ったのは……兄の声と、絶望的な現実と、
そして、温かい言葉だけだった。
俺は、ただ立ち尽くす。
リナの手が、俺の腕に触れる。
暖かさが、少しだけ、心を溶かす。
俺が進めば、兄を否定する。
立ち止まれば、世界が止まる。
──ゼロは、レオン。
──ゼロは、俺を、守ろうとしている。
その衝撃が、胸の奥で確実に息をしていた。
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次回:第11話 平等の亡骸
平等という名の理念が、静かに腐り始める。




