第9話 引き分けの刃
その街では、誰も怒鳴っていなかった。
瓦礫の隙間に建てられた簡素な市場。
並ぶ露店は少なく、売られている品も乏しい。
それでも、人々の顔に切迫した色はない。
——争いが、ない。
それがこの街の最大の特徴だった。
「……ここも、パーの街なの?」
リナが小さく呟く。
俺は答えなかった。
ただ、胸の奥に、嫌な既視感が広がっていく。
通りの先で、言い争う声がした。
二人の男が、壊れかけの発電機を挟んで
睨み合っている。
「これは俺が先に見つけた!」
「嘘つけ! お前が来た時には、もう俺が触ってた!」
周囲には人だかり。
でも、誰も止めに入らない。
怒鳴り声だけが、空しく響く。
やがて、どちらかが言った。
「……じゃんけんで決めるか」
その言葉に、場の空気が一気に緩む。
二人は向かい合い、手を出した。
「じゃんけん──」
二人の男の指が、わずかに動いた。
その瞬間、
俺の中で、何かが決まった。
俺は、反射的に口を開いていた。
「……待て」
視線が集まる。
男たちは訝しげに俺を見る。
「何だよ、部外者が」
俺は一歩前に出た。
「それは、街に必要なものだろ。
どちらか一方が独占するのは、よくない」
男たちが顔を見合わせる。
「だったら、どうするってんだ」
——どうする?
一瞬、言葉に詰まる。
頭の奥で、白鷺ユリスの声が蘇る。
勝つことが、正しいとは限りません。
俺は、口を開いた。
「……二人とも、パーを出せ」
自分の声が、思ったより静かだった。
「勝ち負けを決める必要はない
それが原因で、誰かが憎まれるなら……」
言いながら、
胸の奥が奇妙に落ち着いていくのを感じた。
(……これでいい)
そう思っている自分が、確かにいた。
ざわ、と周囲がざわめいた。
「引き分けだ……どちらの勝ちでもない」
俺の声に、周りが静まる。
「発電機は、街で共有すればいい」
その言葉が、自然に口をついて出た。
男の一人が眉をひそめる。
「それじゃ、決まらねぇだろ」
「決めなくていい」
そう言った瞬間、
胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
「誰かが恨まれるなら……
決まらないままで、いい」
沈黙。
やがて、男たちは渋々うなずいた。
「……まあ、いいか」
「揉めるのも面倒だしな」
二人は同時に、手を開いた。
パー。
パー。
引き分け。
人だかりから、安堵の空気が広がる。
誰も傷つかない。
誰も負けない。
——平和な解決。
リナは、ほっと息を吐いた。
「……よかった……ケガする人、いなかったね」
それだけだった。
それが、妙に胸に残った。
……ああ。
そうだ。
正しい。
間違っていない。
なのに。
胸の奥が、冷たい。
(……本当に?)
発電機は、そのままそこに置かれた。
管理する者はいない。
使う責任も、決めない。
人々は散っていく。
誰も、振り返らない。
俺は、その場に立ち尽くした。
(……決めない、という選択)
楽だ。
誰も悪者にならない。
誰も裁かれない。
でも——
(これは……)
背筋に、ぞわりとしたものが走る。
この感覚。
知っている。
——ゼロ。
「ピース……?」
リナが、俺の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
俺は、答えられなかった。
自分が、何をしたのか。
それが、誰の思想と重なっているのか。
理解したくなかった。
ただ、はっきりしていることが一つある。
俺は今、チョキを出さなかった。
裁かなかった。
決着をつけなかった。
その結果、
誰も傷つかず、
誰も前に進まなかった。
遠くで、街の風が吹く。
穏やかで、静かで——
不気味なほど、優しい。
無意識に拳を握りしめていた。
——これは、本当に平和なのか?
答えは、まだ出ない。
だが一つだけ、確信した。
俺は今、
ゼロと同じ場所に、立っている。
それが「善意」から始まったことが、
何よりも、恐ろしかった。
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次回:第10話 ゼロからの招待
扉の向こう、ゼロが待つ……?──罠か、戦いか。




