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【完結】【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?  作者: 上下サユウ
第一章 国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?

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第六話 愛を語る愚か者へ送る、債務者からの『契約爆弾』ですわ

「網ごと、だと?」

「ええ、帝国歳入の再構築の第一歩は、王国に流れている金の道筋を静かに帝国側へ付け替えることですわ。税率をいじるより、よほど効きますのよ?」


 財務卿が机を叩きそうになるのを、クラウスが肘で牽制する。皇帝はしばらく黙ってこちらを見てから、短く問われる。


「それは王国を再び戦場に引きずり出す策か?」

「いえ、戦場に引きずり出すまでもございませんわ。王国はすでに机の上の数字だけで窒息し始めておりますもの。わたくしが申し上げたいのは、それを帝国の都合よく進める方法ですわ」


 室内に言葉ではないざわめきが広がると、宰相が目を細めた。


「具体的には?」

「簡単ですわ。王国が今、何にすがって立っているかを思い出してくださいませ」


 私は机の端に広げられていた地図を手繰り寄せた。

 王国と帝国、その国境線。北方領、主要港湾都市、銀山の印。


「王国は今、賠償金支払いと講和条約によって帝国への支払い義務に縛られています。ですが同時に帝国から見れば王国は継続的に金を生み出す家畜でもありますわ」


 クラウスが、ひやりとした顔で私を見る。


「……リーティア殿、表現が」

「気に入らなければ『債務者』と読み替えてくださっても構いませんわ。債務者から取れる利息には限りがございます。取りすぎれば破産し、二度と金は戻ってきません。ですが、別の債権者を用意してあげればどうなりますか?」


 レオンハルトの目が微かに見開かれた。


「……まさか王国に対し、帝国以外の債権者を立てるつもりか?」

「さすがですわ、殿下。お察しが早くて助かります」


 私は指先で地図の王都を軽く叩いた。


「王国は今、帝国に対しても内側の貴族たちに対しても支払えない約束を山ほど抱えております。わたくしが行っていたのは、それらの順番を管理する役目でしたわ」


 王国での記憶が一瞬、頭をかすめる。

 断罪の場。シリウス殿下の顔。セシリア嬢の泣き笑い。まあ、今さらどうでもいいが。


「順番を間違えればどこかが破裂します。帝国が賢明であれば、破裂する場所をあらかじめ指定しておけばよろしいのです」


 宰相の声が低くなった。


「指定、とは?」

「王国の中で最も膨張している利権、最も膨らんだ気泡。そこに帝国とは別の『貸し手』を差し向けるのですわ」


 財務卿が思わずと言った様子で呟く。


「……それは、まるで」


「そう、『契約爆弾』ですわね。王国の貴族たちが喜んで飛びつくような甘い条件の融資契約。利率は控えめに担保は将来の税収で。最初の数年はむしろ王国が得をしているように見せかけて構いません。ですが、仕組みをほんの少しだけ歪めておけば――」


 レオンハルトが、紙片の上で指を止めた。


「中長期的に見れば王国の内側で支払い不能の箇所が自然に膨張していく。その時、帝国は講和条約を理由に『条件の見直し』を要求できる、と」

「さすがは殿下、話が早くて助かりますわ」


 素直に褒めると、レオンハルトはわずかに居心地悪そうに視線を逸らした。皇帝は無言だが、その灰色の瞳は興味深そうに細められている。


「ヴァーレン嬢、その契約爆弾とやらを設計しろと言うのか?」

「設計するのはわたくしの役目ですが、どこに仕掛けるかをお決めになるのは、陛下と殿下ですわ。帝国が王国から何を最終的に奪いたいのか。領土か、港か、商人か。それによって仕掛ける場所も速度も変わりますもの」


 クラウスがぽつりと零す。


「……中央銀行の設立案を再び棚から下ろすべきかもしれませんな」


 財務卿が振り返る。


「何だと?」

「帝国が金の流れの中心を握れば王国の通貨は自然と立場を失う。リーティア殿の言う契約爆弾は、その上で利権構造を塗り替えるための引き金になる」

「それは――」


 財務卿が何か反論を口にしようとした瞬間、皇帝が手で制した。


「よい、議論は後にしろ。ヴァーレン嬢よ」

「はい、陛下」

「お前の遊びは帝国の歳入を増やすと同時に、王国の首をゆっくりと締め上げる。そう理解してよいな?」

「概ね、その通りでございますわ。王国はわたくしを切り捨てた時点で安全装置を外したようなもの。今さらどれだけ足掻いても、あの方々は自分たちで結んだ縄から逃れられません。帝国がその縄の先をどうお使いになるかは、わたくしの関知する所ではございません。――わたくしはただ、陛下と殿下が望まれる形に編み直すお手伝いをするだけですわ」

「そのようなやり方をする女を王国は本当によく手放したものだ」

「愛を語るには邪魔だったのでしょうね、数字は」


 私が皮肉を込めて言うと、皇帝が短く笑った。


「気に入ったぞ、ヴァーレン嬢。まずは歳入の色を変える。その計画案を三つ出せ。一つは穏便に見えるもの。一つは帝国にのみ都合がよいもの。最後の一つは――」

「『一見、王国にとって有利に見えるもの』ですわね?」


 言い終わる前に補うと、皇帝の口元がわずかに吊り上げた。


「やはり話が早い」

「契約とは相手に自分が得をしていると思わせる所から始まりますもの」


 私は一礼し、机の上の空白の紙束に手を伸ばした。

 王国の断罪の場では、私は自分の名前を全ての契約から外した。


 だが今度は逆だ。帝国と帝国の外に張り巡らされる新たな契約の数々。その片隅には必ず同じ名前が記されることになる。

 ――『リーティア・ヴァーレン』。

 国中の契約書に、私のサインが並ぶ光景。

 王国で一度やった遊びを、今度は帝国規模で楽しませてもらう。


「それでは陛下、歳入構造の再構築案を第一案から始めましょうか」

お読みいただきありがとうございます。

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