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【完結】【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?  作者: 上下サユウ
第一章 国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?

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第四話 契約の前提条件は、裏切ればこの帝国が潰れることですわ

「ここですわね。三年後、この数字のままですと帝国は勝ちながらにして財政を崩しますわ」


 ざわりと空気が揺れ、財務卿が顔をしかめた。


「な、何を根拠に言っているのだ?」

「根拠は数字ですわ。賠償金返済のために組まれた増税と軍備維持費のバランス。今はまだ勝者の余裕で押し切れておりますが、徴税対象の土地は無限ではございません。王国から奪った北方領も元々貧しい土地ですもの」


 レオンハルトが、思わずという風に一歩前に出て告げる。


「徴税基盤の疲弊を見抜いているとでもいうのか……?」

「ええ、帝国の財源は今、外から見れば潤沢です。ですが中身は慢性的な貧血状態。血を抜き続ければいずれは倒れますわ」


 私は机の上の紙を一枚抜き取り、さらさらと数字を書く。

 徴税対象人口の推移、輸送路の維持費、賠償金の利率、傭兵団契約の更新費用。

 諸々を組み合わせ、簡略化した表とグラフに落とし込んだ。


「これが現在の帝国財政の未来ですわ。十年後まで、とりあえず計算してみましたわ」


 一枚の紙を皇太子に差し出すと、殿下は食い入るように見つめる。読み進める殿下は焦りの表情を浮かべながら固まっていった。


「五年目以降から軍備維持に回せる予算が急激に減っていくだと……?」

「今は戦の勝利の記憶が鮮烈ですから国民は重税にも耐えるでしょう。ですが、それも三年が限度。四年目には不満が目に見える形になり、五年目には――」

「反乱、か」


 皇帝が静かに言葉を継いだ。


「王国のように、か」

「王国は数字を見る者を嘲笑し、『愛があればどうにかなる』と信じました。帝国はそうならないとよろしいですわね?」


 そう言った瞬間、広間の温度が下がった気がした。

 宰相が冷たい声で問いただす。


「ではお前はどうすると言うのだ、ヴァーレン嬢。王国を自ら崩し、今度は帝国を切り崩すつもりか?」

「いいえ、わたくしは崩れかけた積み木を『どちらの側に倒すか』を選ぶだけですわ。今の所、帝国側に積み直した方が、より高く積み上がりそうに見えますもの」


 皇帝の口元が少しだけ吊り上がった。


「積み木か。面白い比喩だ」


 レオンハルト殿下は紙を睨みつけるように見つめたまま、小さく呟く。


「……この数字が正しいと仮定するなら、対策もまた数字で示せるはずだ。貴殿にそれができるか?」

「もちろんですわ。ただし、対策の前に一つだけ事務的な確認をしてもよろしいでしょうか、陛下」

「構わぬ、言え」

「本日ここで顧問契約を結ぶのは『帝国財務顧問リーティア・ヴァーレン』。このわたくしで間違いありませんわね?」


 王国の断罪の場で放ったのと同じ問い。

 皇帝は即座に頷いた。


「そうだ、お前は今をもって帝国直属の財政顧問としてやる」

「ありがとうございます、陛下。では、これよりわたくしが作成し、提案するすべての契約書は、帝国がわたくしの価値を正しく評価し続ける限り、その利益を最大化するように。もし評価を誤った場合には速やかに、わたくし以外の積み木を崩すように設計いたしますわ」


 広間に短い沈黙が落ちる。

 最初に笑ったのは皇帝だった。


「脅しのつもりか?」

「いいえ、これは確認ですわ。契約の前提条件は双方が正しく理解しておくべきでしょう?」


 陛下はしばらくわたくしを見つめると、やがて低く笑った。


「よかろう、ヴァーレン嬢。お前の遊びに帝国も乗ってやる」

「光栄ですわ、陛下」


 この瞬間、私と帝国の間の最初の契約の一本の線が引かれた。

 後はこの線の上に、いくつ積み木を載せるかだけだ。もちろん崩れた時に下敷きになるのは、私ではない。数字と契約を信じる者だけが生き残り、信じなかった者から順に潰れていく。


(さあ、帝国。今度はあなた方の番ですわよ)


「それでは、陛下。まずは歳入の再構築から始めましょうか。十年後も皇帝陛下の玉座が揺らがぬように、数字の上から固めて差し上げますわ」


 皇帝の前でそう告げると、宰相がわずかに咳払いをした。


「……陛下、本日の議事はこれにて一度お開きとし、詳細は別室にて詰められてはいかがかと」

「そうだな」


 ヴォルフガング帝は玉座からゆっくりと立ち上がった。


「本日の所はここまでとする。諸卿は下がれ。レオンハルト、財務卿、クラウス、それとヴァーレン嬢は残れ」


 近侍の「退出!」の声が響き、列をなしていた大臣や将軍たちが順に下がっていく。

 ざわめきと靴音が遠ざかり、謁見の間に残ったのはわずか五人だけになった。


(さて、ここからが本番ですわね)

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