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【完結】【連載版】断罪された悪役令嬢ですが、国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?  作者: 上下サユウ
第一章 国中の契約書に私のサインが入っていることをお忘れではなくて?

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第二話 今さら国の財政は立ち直りませんわ

 三日後。

 王都の議場は断末魔のような怒号に満ちていた。


「兵の給与が支払えんぞ! 金庫番が契約書に不備があると言い出して……」

「港湾工事の業者が一斉に引き上げました! 前金支払いの契約が無効だ、と!?」

「南部貴族たちが蜂起の気配ですぞ! 約束された補助金を一方的に反故にされた、と……」

「帝国からも書簡が届いております! 『条約第七条に基づき、王国側の条約違反を確認した。よって国境地帯に軍を進める』と!」


 シリウス殿下は頭を抱えていた。


「なぜだ! なぜここまで……!」

「リーティアを断罪したのは、お前だ、シリウス……」

「しかし、あんな女に我らは十年も国を預けてきたのだ。数字も契約も分からぬ我らの代わりにな」


 そこへ、使いの兵が駆け込んでくる。


「報告! ヴァーレン伯爵領に帝国の使節団が入った模様!」

「……帝国だと?」

「はっ。『王国会計院前副総裁リーティア・ヴァーレン殿との財政顧問契約締結のため』と……」


 室内の全員から血の気が引いた。


 同じ頃。

 辺境ヴァーレン領の屋敷のバルコニーで、私は帝国からの使節と向かい合っていた。


「条件は一つですわ。わたくしの署名権を帝国が全面的に保護すること。帝国内の契約すべてにわたくしの署名を用いるも用いないも、わたくしの自由であること。それが守られるのであれば――」


 私は用意しておいた書簡束を差し出す。


「王国の財政状態、保有資産、裏帳簿の写し、一部の貴族に隠された違法蓄財の一覧。必要な数字は一通り差し上げますわ」


 使節の男の喉が、ごくりと鳴る。


「……まさしく悪魔のような申し出だ」

「確かに悪役令嬢と呼ばれておりますが、わたくしはただ、自分の価値を正しく評価してくださる相手を選んでいるだけですわ」


 私がそう答えると、使節は乾いた笑い声を漏らし、恭しく頭を垂れた。


「帝国はあなた様を最高顧問としてお迎えいたします、リーティア殿」


 契約書が目の前の机の上に広げられる。私はペンを取り、美しい筆致でサインを書き入れた。

 新たな署名。

 今度は帝国のための。


 その時、屋敷の門前が騒がしくなる。


「リーティア! リーティア・ヴァーレン!」


 聞き慣れた声、しかし今は掠れていた。

 窓から覗くと、荒れた姿のシリウスが馬から飛び降り、庭に駆け込んで来る。


 私は軽く肩をすくめ、使節に言う。


「少々お待ちくださいませ。最後の清算をしてまいりますわ」


 ◇


 玄関ホールに出ると、シリウス殿下が息を切らして立っていた。かつての自信に満ちた王太子の面影は、もう残っていない。


「リーティア……!」

「これはこれは、殿下。わざわざ辺境まで護衛も少ないようですが、反乱で手一杯ですの?」

「貴様のせいで、国がどうなっていると!」

「違いますわ。わたくしを切り捨てる前に一度でも契約書を読み返さなかった、あなた方のせいですわよ」


 シリウス殿下の顔に悔しさとも絶望ともつかぬ色が浮かぶ。


「戻ってきてくれ! 君を許す。爵位も、地位も、すべて元通りにすると約束する。だから、この混乱を収めてくれ!」

「お断りいたしますわ」


 私は即答した。


「わたくしはすでに新しい顧客と契約を結びましたの。国ごと潰れかけている元顧客より、伸びしろの多い新規顧客の方が魅力的でしょう?」


 シリウス殿下が私の腕を掴もうとする。

 だが、背後から帝国の使節が静かに立ちふさがった。


「王太子シリウス殿下、彼女はもはや我が帝国の客人です」

「帝国だと……!?」


 私は最後に柔らかな笑みを浮かべて告げる。


「殿下、断罪の場で申し上げたこと覚えていらっしゃいます?」

「……何を」

「国中の契約書にわたくしのサインが入っていることをお忘れではなくて?」


 あの時、あなたはそれを笑い飛ばした。

 私は遠く王都の方角を眺める。


「わたくしを断罪した瞬間から、国中の契約はあなた方の首を絞める縄に変わりましたの。気付かなかったのは、あなただけのようですが」

「なっ……」


 シリウス殿下が、何かを言おうとして口を開くが、その声を待つ気はなかった。


「お帰りください、殿下。これ以上ここにいると帝国は国境侵犯として正式に抗議してきますわよ?」


 私は殿下に背を向けると、後ろから縋るような声が飛んでくる。


「リーティア! お前を愛することは一度もなかったが――!」

「ご安心を」


 私は振り返らずに答える。


「わたくしも一度もあなたを必要とした覚えはありませんことよ。王太子としても、男としても、一度たりとも」


 扉が閉まる。外の喧騒が遮られ、屋敷の中には静寂が戻った。私は新しい契約書の山へと歩み寄り、ペンを取る。


「さあ、次は帝国を立て直しましょうか」


 悪役令嬢と呼ばれた女の一番得意な遊びは、いつだって数字で世界をひっくり返すことなのだから。

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