第十三話 物語の帳尻を数字で合わせるお時間ですわ
帝都ヘルツェイン、リーティアの執務室。
「――というわけで、王太子殿下が代表として帝都にお越しになる公算が高い、との報告です」
「まあ、想定より少し早いですわね」
レオンハルト殿下が、椅子の背にもたれながら私を見た。
「本当に来ると思うのか?」
「ええ、あの方は民を見捨て切れるほど冷たくはありませんもの。そこがまた扱いやす……いえ、面倒な所ですわ」
「今、扱いやすいと言いかけたな」
「聞き違いでは?」
とぼけてみせると、殿下は苦笑を漏らした。
「シリウス殿下が来れば、どうするつもりだ」
「簡単ですわ」
私は帝国と王国、それぞれの紋章が並ぶ新しい書類束を指先で整えた。
「あの日、シリウス殿下が高々と掲げてくださった断罪という物語。その続きと結末を、数字で丁寧に読み上げて差し上げるだけですわ」
窓の外から帝都の鐘の音が聞こえる。遠く離れた王都にも、きっと同じ時刻に鐘が鳴っている。
(さあ、シリウス殿下、舞台は揃いましたわよ)
――私の一番得意な遊びはいつだって同じ。数字で世界をひっくり返し、その上で物語の帳尻を合わせる。
◇
数日後。
「王国使節団、まもなく到着とのことです!」
窓の外から近侍の声がかすかに届く。
私はペンを置き、机の上の書類を一度きれいに整えた。
「リーティア、準備はいいか?」
レオンハルト殿下が壁にもたれたまま、こちらを見る。
「いつも通りですわ。今日することもただの事務処理ですもの」
「事務処理とはな……相手は一国の王太子だが?」
「以前も断罪の台本を読み上げる立場でいらしたでしょう? 今日はそれを、ただ正しい数字に直して差し上げるだけですわ」
私は立ち上がり、手袋を嵌める。この指で王国中の契約書にサインを並べたあの頃、殿下はその事実を「冷たい」と切り捨てた。
「今回こそは最後まで読んでいただきませんと」
◇
謁見の間は、帝国にしては礼儀張った空気に満ちている。ヴォルフガング陛下が玉座に、その隣にレオンハルト殿下。私は一段下がった位置に控える。
「王国使節団、入場!」
近侍の声と共に重厚な扉が開く。
先頭に立つ、王太子シリウス・アウルム。
かつて王国の大広間で私の名を高らかに呼んだ男。
そして、少し後ろに白い外套の裾を握りしめるようにして歩く、聖女セシリア。
シリウス殿下の視線が、一瞬だけこちらをかすめた。あの頃と違い、その顔には疲れと迷いが見える。
「王国より参りました、王太子シリウス・アウルムにございます」
シリウス殿下は膝をつき、頭を垂れた。
十年前、私を断罪した台の上で一度も頭を下げなかったシリウス殿下が今、帝国の玉座の前ではっきりと『下位の立場』に立っている。
「遠路ご苦労だったな、王太子。使節の目的は講和条約と新協定の再協議と聞いている」
ヴォルフガング陛下の声は含み笑いを含んでいるようでいて、内容は冷徹なものだ。
「はっ、我が国は現在の支払い条件では立ち行かず、講和の一部緩和を……」
「よかろう。条件を提示したのは帝国だ。だが、その条件を設計したのは――」
陛下の視線が静かにこちらへ流れる。
「帝国財政顧問、リーティア・ヴァーレン。お前だ」
「仰せのままに」
私は一歩、前へ出る。
「王太子殿下、ご機嫌よう」
「リーティア……」
「恐れ多くも帝国の場では『顧問殿』とお呼びくださいませ。肩書きは今やそちらの方が通りがよろしいので」
軽く一礼してから、私は近侍に合図を送ると、用意させておいた書類の束が机の上に順に並べられていく。
王国の紋章、帝国の紋章、そしてそのどちらの隣にも必ず記されている、リーティア・ヴァーレンの署名。
「さて、殿下。お急ぎでしたわね。『今の条件では国が持たない』と」
「……そうだ。我らは――」
「承知しております。ですから、本日はその理由を数字から一つずつご説明差し上げますわ。まずは、わたくしが『断罪』された日に遡りましょうか」
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