ChapterⅠ 冬、出会い
その冬は、いつもより静かだった。
年の瀬も押し迫る十二月末。街にはクリスマスの余韻がかすかに残り、正月を迎える準備で慌ただしくなるはずの季節──けれど、僕の心には一片の光も差し込まなかった。理由は思い出したくもない。誰にも届かない孤独と、自分の無価値さだけが、日々をじわじわと蝕んでいた。
そんなある深夜、僕は「あなたの愛は本当に重たい愛?」というタイトルの配信ルームを開いた。
愛が重い──そんな性質の人間を、僕はむしろ愛おしく思う。俗に“メンヘラ”や“ヤンデレ”と呼ばれるような、誰かを一途に想いすぎてしまうような、壊れそうで、切実な感情を持つ人が、僕はずっと好きだった。だからこのタイトルにした。
この夜、部屋にはいつも通り、僕の愛猫・ナナコがいた。ノルウェージャンフォレストキャットの彼女は、僕の部屋の片隅で静かに丸まりながら、時折、こちらを見つめる。その金色の瞳は、言葉よりも多くのことを語る。ナナコ──その名前は親がつけたものだけれど、今では僕のかけがえのない家族だ。
午前一時、配信を始めると、最初にやってきたのは「エイコ」という女性だった。
彼女はすぐにマイクに上がり、僕の許可を得て声を発した。軽快で自信に満ちた喋り方。言葉の端々から見える、どこか夢見がちな現実感のない生き方。話をしていると、彼女が配信活動だけで生きていくことを夢見ているのがすぐに分かった。夢を見るのは悪くない。でも、彼女の瞳の奥にあるのは、他人にすがりつく弱さだった。
──この人を好きにはなれない。
そう感じるのに、時間はかからなかった。僕は支えられたい人間だったから、支えられない人と共倒れになる未来がすぐに見えた。そして、やがて彼女からのDMにも返信しなくなった。
それからしばらくして、もうひとりのゲストがやってきた。
彼女の名前は「サキ」。
だけどそのとき、彼女はまだマイクに上がっていなかった。配信アプリの仕様で、枠主である僕が喋る権限を与えない限り、ゲストは文字でしか会話できない。だから彼女は、画面越しに静かに文を打ち込んできた。
その文字が、どこか寂しさを抱えているように見えたのは──気のせいだったのかもしれない。けれど、僕の心にはなぜか、その短い言葉の羅列がやけに深く刺さった。
プロフィールを見ると、サキは高校卒業間近の高校生。配信が好きで、深夜にふらりとやってきたらしい。彼女は可愛くて、趣味も合って、何より「愛が重い」と自称していた。毎回付き合っても振られてしまうこと。重すぎる気持ちに、相手が耐えきれず離れていくこと。それを、ぽつりぽつりと語ってくれた。
──この子は違う。
そんな直感が、僕の胸を強く打った。可哀想だとも思った。そして、僕は思った。
「愛が重いくらいで、僕は振ったりしない。」
可愛いと思った。魅力的だった。自分を誰かに重ねて、必死で何かを求めているようなその不器用さが──僕には、何より美しく感じられた。
だから、配信を終えたその朝。
僕はサキにDMを送った。お互いが好きなアニメの、10周年イベントで撮った写真と一緒に。
それが、全ての始まりだった