2-4 お茶とごはんと魔力の香り
「君ってさ、《魔力の香り》を感じていないよね?
――どうして?」
抱いていた疑問をぶつけると、リュシアの瞳は大きく揺れた。
きらきらではない、怒りでもない、警戒の色が深く映った瞳がこちらを見る。
優しく聞いたつもりだったが、どうしても聞き出したいという欲が圧として出てしまったのかもしれない。
これまで、フィリクスは《魔力の香り》で本当に苦労してきた。
ちょっと買い物に行っただけで女の子に声をかけられ、家まで着いて来られる
それだけならまだいいのだが、ストーカー化した女子同士が争いあったり、時には命の危険にさらさたりすることもある。
ケープがあるからなんとか生活できているが、外したタイミングが悪かったり、ちょっと《香り》に敏感な子がいたりすると今回のようにトラブルが起きてしまう。
ケープを外した状態のフィリクスと接しても平常なリュシアの存在は、嬉しい異常だった。
原因が分かれば、平穏な生活ができるようになるかもしれない。
「警戒させたならごめん。ただ、どうしたら女の子たちがリュシアみたいに俺を好きにならないのか原因を知りたくて。本当に、こんなことなくて……」
「――自意識過剰なセリフだね」
無理やり口の端を上げたようにリュシアが笑った。
「そう、聞こえちゃうよね。俺にとっては死活問題なんだけどさ」
「…………」
沈黙。
リュシアが視線をそらす。
その表情から、何かを隠していることは明らかだった。
リュシアについては、もう一つ、気になっていることがあった。
フィリクスは《魔力の香り》にかなり敏感だ。
どんなに微量な魔力でも、その香りを感じとってしまう。
その香りに当てられて酔うことさえあるくらいだ。
なのに、彼女からは《魔力の香り》が一切しない。
こんなこと、今まで一度もなかった。
それも、関係しているのか……?
もしそうなら、彼女の秘密を無理やり暴こうとしているのかもしれない。
これ以上聞かない方がいい、と良心が訴える。
けれど――香りに当てられない原因を知りたいのは事実だった。
自分の意志とは関係なく、《魔力の香り》が女の子たちを誘う。
恨みばかり買い、争いが絶えない。
友人を失ったことも一度や二度じゃなかった。
やがて、フィリクスのそばに人は近づいて来なくなった。
自分ではどうにもできない虚しさと悔しさ。
この《魔力の香り》から逃れる方法があるなら知りたかった、
これはエゴだった。自分が、平穏な生活を送る為の。
「君は《魔力の香り》もしないよね。もしかしてそれも関係してる?」
身を固くしているリュシアに、更に畳みかける。長い、長い沈黙だった。
「もし言いにくいことなら、ここだけの話にするから」
言いながら思わず苦笑する。今日会った人間に、自分の秘密を話す人はいない。
――やっぱり、無理だよな。
ふ、と椅子に背をもたれた――その時、リュシアが重い口を開いた。
「答えたって、役に立たないよ」
「……いや、そんなことは……」
「ううん。ある」
確信をもった響き。どうして、と出そうになった言葉が、喉の奥で止まる。リュシアの深い夜のような目が、じ、とフィリクスを見つめる。見定められている。そんな気がした。やがて、リュシアが決意したように口を開く。
「わたし、魔力がないの」
彼女はそう言うと、悲しそうにほほ笑んだ。