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2-3 お茶とごはんと魔力の香り



 さあ、どこから話そうか、とフィリクスは逡巡した。

 リュシアは《魔力の香り》に疎そうだった。

 女の子相手にあまり話したことはないが、そこから説明した方が分かってもらえやすいかもしれない。

 

「俺ね、《魔力の香り》が特殊なんだ」

 と、フィリクスは切り出した。

「なんか、女の子が惹かれるフェロモンみたいな香りらしくて……このケープしてないとみんな俺のこと好きになっちゃうんだよね。……ほら、猫にまたたびみたいな?」

「それは……すごーい」


 リュシアの疑わしげな目線に、つい吹き出す。

 

 ほら。

 君は信じないと思ったんだ。

 

 さっきはするどく嘘を見抜かれて驚いたが、やはりこれは真実だと受け止めきれないらしかった。

 やけに顔を凝視してくるのは疑っているからか、顔に何かついているのか。

 ………

 つい、顔に手をやってみる。


「あっ、ごめんなさい。

 嘘だとは思ってないんだけど……」

 なぜか慌てるリュシアに、ううん、とフィリクスは首を横に振る。

 

 しかし、リュシアの反応は、フィリクスにとってかなり新鮮だった。

 《魔力の香り》は、その人の持つ魔力の強さによって濃く、深くなる。

 普通ならただの強さの象徴にしかならないそれも、《魔力の香り》が特殊なフィリクスにはただの弊害だ。

 ケープをしても尚漏れる、《魔力の香り》。

 その《香り》に惹かれて、フィリクスに近づいてくる女の子は多かった。

 フィリクスがいくら『《魔力の香り》に惹かれてきているだけだ』と説明しても、否定するばかり。


 ――わたしはこの《魔力の香り》に惹かれてきているわけじゃない。

 

 嗤ってしまう。

 だって、見えるだ。

 あの、特有の、魔力のゆらぎが。

 

 フィリクスの《魔力の香り》は、そういう強力なものだった。

 

 同性にこの話をする時も、信じてもらえないことがある。

 疑いと、明らかな嫌悪と羨望が混じった目。

 《香り》に惹かれてくるのは異性しかいないが、同性もその《香り》をなんとなく感じるらしい。

 その後は、少しずつ距離を置かれてしまう。

 

 フィリクス自身を見てくれる者など、誰もいなかった。

 

 けれど、リュシアは違っていた。

 フィリクスの話を聞き、ただまっすぐにそんなことあるのか、と疑っているようだった。

 そこに嫌悪も羨望もない。

 好意もない。

 それが、心地良かった。 

 

 彼女はフィリクスの《魔力の香り》を感じていないように見えた。

 でも、そんなことあるのか、と疑問がぬぐえない。

 魔力があるものは誰だって、《魔力の香り》を感じられる。

 《香り》にかなり鈍感、なのだろうか。

 今日は《魔力の香り》の鼻が詰まってるとか?

 でも、ケープさえなかったのに……


 ふと、リュシアを見る。

 彼女の顔は完全に血の気が引いていた。


「え!

 ど、どうしたの。大丈夫?」

「違うの…っ」

「え、何が?」

「あ……いえ、なんでも……

 大丈夫、です」

 気にしないで、とでも言うように手を挙げて、リュシアが目をそらす。

 変なの。

 違和感に、フィクスは首をかしげる。

 そして、お茶をもう一口。

 かわいらしいそのピンクのお茶は、少し酸味があってすっきりした。

 少し顔色が回復したリュシアが、口を開く。

「……貴方が逃げてるのは、その《香り》が関係がしてるの?」

 うん、と頷いて、フィリクスは話を続ける。

「この間、課の空調が壊れててさ、もう暑くて……

 俺の課、男しかいないからケープを脱いでたの。

 そしたら、たまたま公爵家のお嬢様……あ、アリシアっていうんだけど、その子が入って来ちゃって……完全に俺の魔力に当てられちゃってさ。

 急いで逃げたんだけど………」

「だめだった?」

「……うん」

「好かれちゃった?」

「そう。それはもう、すごい勢いで」

 …………

 再び飛んでくる疑いの視線。

「ほんとだよー」

 リュシアがちらり、とフィリクスのお茶を見やり、再度こちらを見る。

 まだ信用してくれているようには見えないが、嘘とも思いきれない何やら複雑な表情をしていた。

「――なんで、ケープを脱いだの?

 暑いのは分かるけど、そんなことになる位なら脱ぐのはちょっと不用心じゃない?」

「だって、課の中すっっごい暑かったんだよ?

 見て、この分厚いケープ。ずっとしてられると思う?」

 リュシアが眉を寄せて唸る。

「それは分かるけど……でも同情はできない。自業自得じゃない」

「えー……」

 呆れたようなリュシアの視線がいたたまれない。

 自分でも、やってしまったとは思っている。

 思っているのだが――ただ、課に女性が来ることなんてなかったのだ。

 来るのは男だけ。

 フィリクスの《魔力の香り》については局内全域に伝わっている。

 そのため魔導特務課は暗黙の了解で女性立ち入り禁止となっていた。

 後に聞いた話だが、アリシアだってフィリクスの《魔力の香り》の噂は知っていたらしい。

 それでも「私の公爵への愛は揺るぎませんわ」とばかりに課へ突撃して行ったらしいのだから、彼女だって自業自得ではないだろうか。

 リュシアがため息をつく。

「……ちなみに、アリシア様は何しにきてたの?」

「……グランヴェル公爵家との結婚日が決まったから、その報告参りに……」

 うわ、とリュシアが小さく呻く。

 公爵等の上流階級は、結婚日を庶民にまで伝えたりしない。

 社交パーティーでその結婚日は発表され、結婚式が終わった後、庶民にも公表される。

 ただ、魔法管理局(アルセイア)内では庶民も上流階級者も区別しない。

 アリシアが結婚日を伝えに来たのも、「結婚したら1カ月の新婚旅行をするためお休みします。すみません」ということを関係各課に報告するためだった。

 フィリクスは他の課との交流はないが(女の子がいるという理由で出禁)、その他の局員は所属外の課とも頻繁に交流している。それは仕事の情報共有の為。円滑に仕事を進める為。理由は様々だが、庶民同志だとそこから局内恋愛に発展することもあるらしい。

「………」

 何度かそこを揉めさせてしまった苦い経験を思い出す。

 確か、別れてしまった恋人たちもいたはずだ。

 その時の課の雰囲気と言ったら………

 思い出して胃が痛くなる。

 

 気がづくと、リュシアの深い瞳がまた、じっとフィリクスを見つめていた。

 まだ疑っているのだろうか。

 いや……違うかもしれない。

 少しは、信じてくれているのかもしれない。

 フィリクスは続ける。

「……その後は、局の人たちが『今は《香り》に当てられてるだけだ』って説得してくれたんだけど、全然聞いてくれなくて……。

 その内アリシア様が『婚約は破棄する』って泣き出して……」

「うん……」

「俺の名前を聞いたグランヴェル公爵が、俺を連行しろって。

 俺がアリシアに不貞を働いたと思ってるらしい。

 だから――逃げ出しちゃった」

 婚約者がいる公爵令嬢に庶民が手を出したということになれば、最悪婚約妨害罪と不敬罪に当たる。

 拷問された上、殺されてしまうかもしれない。

 上司のダルセインに助けてと訴えたが、グランヴェル公爵家は、魔法管理局(アルセイア)に多額の寄付をしてくれている公爵家の一つ。今回は無理、と匙を投げられてしまった。 

 

 ケープを脱いだのは確かに自分の落ち度だ。

 でも、アリシア様のことは誘惑なんてしていない。

 むしろ話したことさえない。

 なのに――拷問の上殺されるなんて、耐えられなかった。


「あなたの《魔力の香り》の効果って、どれくらい?」

「うーん……長ければ一週間くらい?

 《魔力の香り》のせいって冷静になってくれればいいんだけど……」


 ふーん、とリュシアが相槌を打つ。あまり信じていないのだろう。というか、そもそも《魔力の香り》というものにぴんと来ていない感じがした。


「――ずっと聞きたかったんだけど、君は俺の香りに当てられてないよね」


 抱いた疑問をぶつけると、リュシアの瞳が揺れた。

 きらきらではない、怒りでもない、警戒の色が深く映った瞳だった。



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