2-2 お茶とごはんと魔力の香り
「――ま……っ」
キッチンのテーブルを挟んだ向かいの席。
分けたハーブティーを飲んだ瞬間、フィリクスと名乗った青年は呻いた。
まずい、と言いかけたらしい。語尾をぎりぎり飲み込んだ彼は、今度は「おいしいよ」と固くほほ笑む。
じとり、と見つめ返すと、「あっ、いや、その……」と慌てている。
頭がおかしい彼は、どうやら嘘が下手くそらしい。……多分。
つい、ため息が出る。
さっきフィリクスに分けたのは、薬草の調合が得意だった母が、リュシアの為に開発してくれたものだ。
『体の底に眠った魔力を目覚めさせる効果があるのよ』
そう母は言っていたが、今のところ効いてはいない。しかし、そのハーブティーを飲むことは、リュシアにとってすでに日課となっていた。
いつものように飲もうとしたところ、「いい香りー」とフィリクスが欲しがるので少し分けたのだ。
香りは甘いがとにかく苦い、母直伝のハーブティーを。
「だから違うお茶準備するって言ったでしょ」
言いながら、リュシアは別のティーポットをテーブルに置く。
レモングラスとハイビスカス、ペパーミント、それからダダモレ草を少し入れて、お湯を注いだ。
ポットの中が鮮やかなピンク色に染まる。爽やかな香りが心地良い。
「……どうぞ」
「わあ。かわいい」
グラスに入れて差し出すと、フィリクスが嬉しそうに受け取る。
「……ほんとは冷ました方がいいんだけど……」
「うん、わかった」
フィリクスがグラスの上で指をくるくる。
すると、グラスがきらめき、立ち上っていた湯気が消えた。
グラスにうっすら結露さえ浮かんでいる。
――あんなに簡単に。
それは、魔導具がなければリュシアにはできないことだった。
――出来損ない
かつて通りすがりの人に言われた言葉を思い出し、胸に靄がかかっていく。
「――あ、うまっ。これおいしいねー」
「あ……」
フィリクスが反応に、思わず頬が緩む。
「……ハーブティー、たまに街にも売りに行ってるの」
「えー、すごいな。はちみつとか入れても良さそう」
「うん。それもおすすめ。
今出したのとは少し味が違うけど――よかったら買って」
「……ちゃっかりしてるな。
何か食べれる物は売ってないの?」
「薬草とかハーブは売ってるけど……どうして?」
「……実は、二日何も食べてなくて……」
「……もしかして食べ物を要求してる?」
「うーん。――できたら」
「すごく図々しい」
言いながら、昨日買ったパンなら余ってるな、とリュシアは席を立つ。
ちょうど野菜ときのこも森で採ったばかりだ。
余っているベーコンと煮込んで、ポトフくらいなら作れる。
先にパンを差し出すと、彼は「ありがとう」とすごい勢いでかじりついた。
後ろでコトコト煮えるポトフの音に耳を傾けながら、リュシアは苦笑する。
「あなた、魔法管理局の人でしょ。
二日もご飯食べてないって、なんでこんなとこにいるの?」
え、とフィリクスが目を丸くする。
「……よく俺が魔法管理局の人間だってわかったね」
そんなに驚くことだろうか。
リュシアはフィリクスの留め具を指さす。
「――その紋章、魔法管理局のでしょ」
間があって、ああ、とフィリクスが留め具を一瞥する。
「私の両親、同じの持ってるから」
「え!」
急に、がたん!とフィリクスが椅子から立ち上がった。
「君のご両親、魔法管理局なの?
え! ここに住んでる? いつ帰ってくる?」
なぜか俄かに慌てだす。顔面が蒼白だ。
そのくせ、パンをこれでもかというくらい口に詰める。
「ちょ……大丈夫?
去年まで一緒に暮らしてたんだけど、今は別で暮らしてるの。
ずっと仕事で忙しかったから、夫婦生活を満喫をしたいとかで。
私も16になったし、それで……あ」
詰めすぎたパンが喉に詰まったらしい。
ハーブティーを差し出すと、フィリクスは一気に飲み干した。
落ち着きを取り戻したらしい彼は「そうなんだ」と息をつき、また椅子に深々と座る。
「いいな。ラブラブなんだね」
心底羨ましそうな顔だった。
両親がラブラブとか言われると、少しむず痒い。
それにしても、両親が魔法管理局と聞いた時のフィリクスの慌て方はひっかかった。
「なんか……両親が魔法管理局だったらまずいわけ?」
ハーブティーをグラスに付け足し、フィリクスに渡す。
「あ、いや……」
受け取りながら、その歯切れは悪い。
フィリクスがまたグラスの上でくるくる。きらきらとグラスが輝く。
「どうぞ」
と促すと、フィリクスは素直に一口お茶を飲んだ。
「……ちなみに、あなたはどこの課所属なの?」
「……魔導特務課 」
「魔導特務課って…… 」
そこは、異常な魔力が発生している場所や、魔法犯罪や災害の現場対応する課だった。
禁忌魔法が使用された恐れがある場合や、魔力の暴走のような大事件が起きた際も出動する。
いわば上級魔法士の就職先だ。
「……へえ。優秀なんだね」
愛想笑いで返すと、「うん。まあ」とフィリクスは頷いた。
嫌味はないが、否定しないところが少し苛つく。
……ただの嫉妬だけど。
それが顔に出たらしく、怒らないでよ、とフィリクスが苦笑する。
「そんな人が、何しにこんなところに?
魔獣の調査でもしてるの?」
「じ、実はそうなんだ。この森の……」
「嘘」
「え」
「その手があったかって、今思ったでしょ」
「……っ」
フィリクスがばつが悪そうに俯く。
やがて、上目でちらりとこちらを見た。
かわいいとでも思ってんのか、と思わず眉根が寄る。
「ただの魔獣のの調査できてるなら、私の両親が魔法管理局って知ったって慌てないでしょ」
「それは……」
と、彼の目が泳ぐ。
「何か隠してるの?」
「あのさ……」
おずおず、と彼が言う。
「別に言ってもいいんだけど……追い返さないって約束できる?
……………
「いや、普通に早く出て行ってほしい」
「じゃあ、同情したら追い出さない?」
リュシアは一つため息をついた。
なんだ。
なんかすごくめんどくさそう。
よし。
「いえ。なら、もう話さなくて――」
「実は逃げてるんだ。魔法管理局から」
話さなくていいって言おうとしたのに……
雪崩れるようにフィリクスが言った言葉に、リュシアは眉を寄せる。
逃げてる?
上級魔法士が?
なんで?
……ここまで聞いたら続きが気になってしまう。
そんなリュシアの思考に気づいたのか、フィリクスはへらっと笑っている。
「まあまあ、そんなに怒んないで」
睨むリュシアを横目に、フィリクスはにこにことお茶を飲んだ。
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