2-1 お茶とごはんと魔力の香り
父母が建てた家の中で、リュシアが特に気に入っているのがキッチンだった。
こじんまりとしたキッチンだが、動線がしっかりと考えられていて扱いやすい。
今朝採ったハーブをティーポットへ入れ、ちらり、とキッチンの隅――ソファへ寝かせた青年を見やる。
年は16歳くらいだろうか。後ろで編まれた灰色の髪。
白い肌に、長いまつげ。
すっと通った鼻筋。
思い返せば、切れ長の目も涼しげだった、かもしれない。
倒れる前に、あんな忠告をするほど美形かといえばそうでもないけれど。
――俺を好きにならないで。
「うーぅ」
寒気がする。絶対、変わったヤツに違いない。
とはいえ、倒れた人をあんなところへ放置していたら30分後には魔獣か獣の餌となる。
さすがに放って置くことはできなかった。
「――早く起きて」
そんで、早く出てって。願いを込めて見つめる。
着ている服はボロボロだが、羽織ったケープだけは傷一つなさそうだった。
特別な魔導具なのかもしれない。
じんわり暑くなってきた6月に着るにはかなり厚手の、黒いケープ。
窓は開けているとはいえ、今日も少し暑い。
ケープを外した方がいいだろうか。
けれど、魔導具だとしたら勝手に外してもいいものか……
「まあ、熱中症になってもいけないしね」」
意を決し、青年に近づいて膝まづく。
ケープに手を伸ばし――ふと、その留め具に紋章があるのを見つけた。
見覚えのある、月輪に六花と香炉が描かれた紋章。
それは、かつてリュシアが憧れた魔法管理局の紋章だった。
胸が、ぎしりときしむ。
「――なんだ。魔法、使えるんだ」
この国、エラディア王国の国民は。誰もが魔法を使用して生活している。
魔法を使うためには魔力が必要だ。
魔力の大小は生まれつきのものだが、魔法管理局はその魔力が強い者のみが働ける場所だった。国民の誰もが、一度は憧れる場所。
ケープの留め具にある紋章は、その魔法管理局の中でも上級魔法士に認定された者が保有できることを、リュシアは知っていた。
「……そんなにすごいなら魔法士なら、自分の身くらい自分で守れるでしょ」
出た声は思ったよりも暗い。
こんなの、八つ当たりだと分かっていた。
ふるりと首を振って、リュシアはケープの留め具をかちりと外す。
ケープははらりとはだけ――ふと、青年のまつ毛がぴくりと動いた。
「あ、起きて」
ここぞとばかりに青年の肩を揺らす。青年は「うう」と呻いたが、やがて重そうに瞼を開けた。リュシアと目が合うと一瞬驚いた顔をして、「ああ」と納得したように笑う。
「――重ね重ねごめん。助けてくれたの?
ありが……」
言いながら、青年は自分の胸元を探るように触れる。
あ、ケープを手探りしているのだ、と気づいた時には、青年の顔は蒼白になっていた。
「え!? あれ!?」
ケープを羽織ってないのを目で確認し、床に落ちているのを見つけて慌てて被る。
「ごめんなさい。暑そうだったからさっき外したの。その……だめだった?」
「ひぃ!」
なんとも失礼な悲鳴を上げ、青年がリュシアを凝視する。
「あ、あの……」
「っ――!」
金魚のように口をぱくぱくさせ――少し落ち着いてきたらしい。
今度は首をかしげだす。
「えっと…………あれ。
つかぬことを、きくけどさ」
「……?
はい」
「君、俺のこと好きじゃないの?」
「――自意識過剰すぎでしょ」
さすがにイラっとしたのが隠しきれなかった。
しかし、青年は一瞬虚を突かれたような顔をして、なぜか「ふふ」と笑う。
それはなぜかとても嬉しそうで、こいつやっぱ頭がおかしいんだろうとリュシアは威嚇しておいた。
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