1-1 森の少女と最弱術士
ティルフォレの森の奥深く。
古びた木々が天を覆い、枝葉の間から光が差しこむその場所に、童話に出てくるようなかわいらしい木造の家がひっそりと佇んでいた。
それが、リュシアの住まいだ。
朝起きて身支度を整えれば、リュシアはいつも森へハーブと魔法草を摘みに行く。
セージ、レモンバーム、凍結草、ムコウ草…
かごに充分それらが集まった頃。
ふいに、喉を震わせるような獣の咆哮が森の奥から響き、リュシアはぴたりと動きを止めた。
続けて、耳慣れない人間の叫び声。
ティルフォレの森は、水と土地が豊かだ。
作物はよく育ち、珍しい薬草や魔法草も豊富に生い茂る。
しかし、熊や猪、魔物という危険生物の巣窟でもあり、それを知る近隣の住民は、決してこの森には足を踏み入れなかった。
近づいてくるのは、たまたま森を通りかかった飢えた旅人か、あるいは知識のない者くらい。
「ぅわああああああ!」
叫び声が少しずつ近づいてくる。
同時に、地を揺らすような熊の重い足音。
声のする方へ目を細めて見ると、黒いケープを羽織った青年が猛烈な勢いでこちらへ走ってくるのが見えた。
その後ろを、巨大な熊が追っている。
更にその後ろには、黒い小さな塊がちらちらしている。おそらく子熊だろう。
運悪く母熊に見つかってしまったらしい。
全速力で走ってくる母熊にまだ追いつかれていないところからみると、彼の足はかなり速そうだった。
「……がんばれー」
走るのに必死でリュシアに気づいていないだろう青年を、小声でそっと応援する。
さて、と。
こういう時は関わらないに限る、とリュシアは家路へ足を向ける。
来た道を戻れば、熊と青年に会うこともなさそうだ。
一歩踏み出そうとした、その時。
青年が前のめりに倒れるのが、視界の端に映った。
木の根に躓きでもしたのだろうか。
思わずそちらに向き直る。
好機とばかりに、熊が駆ける勢いを増していた。
青年は、地面に固まったまま動かない。
「…………」
え。
魔法とか、使えるんだよね?
熊対策とか、してるよね?
思わず凝視するが、青年が動く気配はない。
怯えきっているのか。
――まさか、魔法が使えない?
浮かんだ考えに首を振る。
そんなわけない。
この国に、魔力のない出来損ない以下はいないのだから。
それは、随分前にリュシアが出した答えだった。
そう。だって、そんな人にこれまで会ったことがない。
本だって、見たことがない。
国がそう言っているのだ。
どんなに魔力が弱くても、『炎の柱』くらいは出せる。
うん。
一人頷いて、リュシアは再度家へ歩を向ける。
でも……
遠目でも確認できた、青年のおびえた顔。
このまま放っておいて、熊にやられてしまったら…?
それに――もしかしたら、彼も……
リュシアの胸の奥で、じわりと、期待が沸く。
期待するな、と自分に叱咤しても、沸いてしまうものは止められない。
それに、このまま放っておいて、後で青年の亡骸を見たら目覚めが悪そうだった。
「……っもう。仕方ないな」
かごをその場に置き、リュシアは熊へと駆け出した。
まずはたくさんの小説の中からこれを選んでくださり、ありがとうございます。
そして、最後まで読んでくださって本当にありがとうございます。
もしよろしければ、ブックマークや下の☆にて評価等いただけたら励みになります。
リアクションや感想等も嬉しいです!
次回も読んで頂けたら嬉しいです。
よろしくお願いします。