始まりの証明
その日は朝から冷たい雨が降り続いていた。部屋の窓に打ちつける雨音が、静かな緊張感をさらに強めているように感じられた。俺はそっと目を覚まし、隣で眠っている桜井の寝顔を見つめた。彼女の顔には微かに穏やかな笑みが浮かんでいたが、その背後に隠された悲しみを知っている俺には、どうしても目を逸らすことができなかった。
俺はゆっくりとベッドから抜け出し、静かに台所へ向かう。朝食の準備をするためだが、手が自然と震えてしまう。この日が来ることを、ずっと避けてきたかった気持ちが、今になって押し寄せてきたからだ。
桜井との最後の共同研究が完了したのは、ほんの数日前のことだった。彼女の体調が悪化していく中で、二人で懸命に取り組んできた。未解決問題を次々に解き明かし、その過程で新たな理論も生み出すことができた。それが俺たちにとっての最期のプロジェクトだった。
「桜井、朝食できたよ。」
俺はキッチンから声をかけたが、返事はない。少し不安になりながらも、ベッドルームに戻ると、桜井はまだ目を閉じたまま、穏やかな表情で眠っていた。
「おはよう…桜井。」
そっと彼女の頬に触れると、温もりがかすかに残っていた。だけど、もう目を覚ますことはなかった。
俺は彼女の手を握り締めながら、静かに涙を流した。今、この瞬間に、彼女と過ごした全ての時間が鮮やかに蘇ってくる。笑顔、涙、そして何よりも彼女の強さと優しさ。
研究が終わり、この日を迎えることが怖かった。でも、彼女と共に過ごした時間が、俺にとってかけがえのない宝物になっていることに気づかされた。
「ありがとう、桜井。」
心の中でそう呟きながら、俺は彼女の最期の願いを胸に刻み、この日を迎えたことに深く感謝した。




