紫炎の都市
公安の女は俺の肩を支えながら、冷静な声で指示を飛ばしていた。
「こちら公安第七課。至急、医療班と分析班を要請する!対象は“次元眼”の発作と思われる!」
通信を終えると、彼女は真剣な眼差しで俺を見た。
「佐藤君、あなたの眼は――もう普通の状態じゃないわ。さっきの共鳴で、確実に“何か”が変わった。」
俺は荒い息を整えながら、かろうじて頷いた。右眼の奥で、まだ微かな脈動が続いている。その鼓動に合わせて、視界に一瞬一瞬、数式の断片や未来の影が浮かんでは消えた。
「……未来が、見えた。」
俺の声は震えていた。
「紫の炎に包まれる都市、そして悠真の背後に立つ…“影”。」
公安の女は眉をひそめた。
「影? 悠真の背後に…?」
言いかけたその時、右眼に走った閃光が俺の視界を白で塗りつぶした。次の瞬間、数式が奔流のように押し寄せてくる。
∑ (1/n²) = π²/6
eiπ + 1 = 0
lim_{n→∞} (1+1/n)^n = e
まるでオイラーが示した象徴たちが、視界の奥でひとつに繋がろうとしている。
「これが…次元眼の新しい機能…?」
そのとき、俺の意識の中に再びオイラーの声が響いた。
『佐藤君、今の君は“未来の数式”を断片的に視ることができる。だが気をつけろ、それは同時に“未来を変える力”でもある。』
未来を…変える力?
公安の女は、俺の異変に気づき、強く肩を揺さぶった。
「佐藤君! しっかりして! 何を見ているの!?」
俺は震える声で答えた。
「都市が燃えている……紫の炎……そして――悠真の指輪が、その中心にあった。」
公安の女は短く息を呑み、すぐに決意を固めたように立ち上がった。
「わかったわ。あなたを保護するだけじゃない。悠真を追わなければならない。」
その言葉に、俺の胸に一瞬の安堵が広がった。しかし次の瞬間、右眼にまた新たな未来が流れ込んできた。
そこに映っていたのは――公安の女が倒れ、血に濡れた床。そして、その前に立つ悠真の影。
「……やめろ……!その未来は……!」
俺は必死に叫んだが、声は現実の彼女には届いていなかった。
未来を“見る”だけでは足りない――
俺は、この未来を変えなければならない。