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晴眼の魔人  作者: 沼田フミタケ
廃棄生命
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廃棄生命 2

002




 と、いうわけで暇である。


 英美里さんは出ていってしまったので、今日の修行はなし。大学から課題も出てないので、本当に暇だ。


 僕は玄関のカギを閉めて、冷蔵庫の中をあさる。


 食材はあるのだが、どうも料理する気が起きない。英美里さんがいないからだろう。


 時刻はもう午後六時。徐々にお腹が減ってくる時間帯だ。


 いつもはこの時間帯に、英美里さんと共に夜ご飯を食べるが、今回は事情が事情だ。




「まぁ、いっか。ちょうど行ってみたいところがあったし」




 少し悩んだ後、僕はファストフード店で夕食をすますことにした。


 家を出て、ふと、一人での外食は初めてかもしれないということに気づいた。


 高校までは家族と一緒に外食をしていたし、大学に入ってからも、外食は英美里さんと一緒、というか夕飯は大体英美里さんと一緒だった。


 ――でも、学食って外食に入るのかな?


 そんなことを思いながら僕は、町を歩く。


 


 ――グゥゥゥ。




 と、意外にも重低音の音が腹から鳴った。


 お腹が空いてくる時間帯だからって、ここまでの音が鳴ることはないと思うのだが、意外と腹が減っていたようだ。




 ――ぐぅぅぅぅぅぅ




 いや、コレそんなレベルの話じゃない。


 今、僕は無性に腹が減っている。なぜだろう? 昼ごはんは惣菜パンを二つ食べたから、腹持ちはいいはずなのに。




 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。




 僕は思考するのをやめた。『背に腹はかえられない』ではないが、疑問を持つ意味もない。


 どうでもいいからとっととファストフード店に行こう。


 いや、もうこの際食べれればなんでもよくなっている。とにかく腹に何か入れたい。じゃないと、気が狂ってしまいそうだ。




 ■■■




 僕は最近できたハンバーガーショップにやってきた。


 スマイルを注文すると無料で店員さんのスマイルも売ってくれるということで一時期話題になった、海外でとても人気なハンバーガーショップだ。


 店内に入ると、店員のお姉さんが元気よく「いらっしゃいませ!」と挨拶をしてくれる。


 部活帰りだろうか、店内にはやんちゃそうな高校生たちが食事をしていた。


 僕も友人を作ってあのようなことをしたいが、やはりやめておこう。憧れと苦痛を天秤にかけると、苦痛に傾いてしまいそうだ。


 と、今はそれどころではない。僕はすぐさま一番安いハンバーガーを一つ注文し、それを受け取って席に着いた。


 ――もう我慢は出来ない。


 目の前にある食糧は、僕の脳髄を貫くように食欲をそそらせる。


 僕は丁寧に包まれたラップを素早く取り除き、その魅力的な、フォルムをしたハンバーガーを、――貪る。


 ――つもりだったのだが。


 僕の極限まで高まった食欲は、ハンバーガーを見た瞬間に冷めた。


 これが俗に言う蛙化というやつだろうか――食欲に蛙化があるかは謎ではあるが――。


 ――なんだ?


 食欲は先程からどんどん、どんどん高まっている。いや、これは食べなければならないという強迫観念にも近い。


 今すぐ食べたい。お腹を満たしたい。――食べたい。


 それなのに。そう思ってるのに。これはナイと思ってしまうこの感情はなんだ?


 あれだけ欲していたハンバーガーが、あれほど切望していた食糧が、まるで生ゴミのように覚えてしまう。


 メニューに書かれている写真も、『ハンバーガー』という文字列でさえも美味しそうと思えるのに……。何故?


 これは異常だ。明らかな異常だ。


 画像と現実のハンバーガーの形は同じものなのに。情報量が多い現実の方が、ナイと思ってしまう。


 これが、師匠の言っていた、食わず逃げ事件の原因だとするならば――!


 僕は、僕の超能力を解放させる。


 仕方がない。これは僕の生死に関わることだ。心の中で師匠に謝罪する。


 ハンバーガーを視る。解放しすぎてしまったか、食材の構成分子はおろか、収穫年月日まで視えてしまった。


 だからこそ、その異常は、すぐに確認した。


 ハンバーガーから溢れ出る負の感情。人を餓死させること、発狂させることを目的とした呪いの類で間違いないだろう。


 僕は左手でハンバーガーを固定し、右手に魔力を集める。


 本来、解呪というのは、その呪いに対して、正しい手順を踏んでからするものだ。


 しかし、僕にはその必要がない。


 師匠曰く、『君は情報の構造すらも理解しているから、脳が勝手に適した解呪を、術式を介さずに出力してくれる』らしい。元々が対精神特化の脳をしているのだとか。


 なんにせよ全てが好都合。


 ――今すぐこの呪いを祓ってやる!


 僕は右手に集めた魔力をハンバーガーにぶつける。


 呪いは晴れた。しかし、それはすぐに復活した、




「――なに⁉」




 ということは、このハンバーガー自体に呪いが宿っているわけではない。


 では、何だ? 呪いの元がこのハンバーガーではないとするならば……。


 主観か? 僕の認識がこのハンバーガーを食べるようなものじゃないと認識しているのなら――




 ――呪われているのは僕の方だ。




 僕は危険と知りながらも、眼を解放させたままあたりを見回す。


 情報の波が脳に流れてくる。意識がトんでしまいそうになるが、僕はそれを理性で必死におさえる。


 それは、すぐ背後にいた。


 形容するならば、なんだろう。麦に挟まれた牛のような、ちょうど、ハンバーガーをそのまま食材で再現したような珍妙な見た目だった。




「お、前かぁァァァァァ‼︎」




 僕はそのまま、珍妙な見た目の呪いに裁きの鉄槌を下す。


 魔力を纏った右の拳は呪いを一瞬で消滅させた。


 そのまま僕は欲求を満たすため、左手に持っていた炭水化物と蛋白質の塊に喰らいつく。 


 奇跡的な組み合わせが、口内で完成されていく。


 アクセントのソースとピクルスが、ハンバーガーという料理のポテンシャルを引き立てる。


 僕はわずか三口でハンバーガーを口に入れ、咀嚼、嚥下した後、先程まで呪いがいた場所に言ってやる。




「――食べ物の恨みは怖いんだ」




 僕は勝った。


 英美里さんの修行が僕を勝利へと導いた。


 ありがとうございます師匠。あなたのおかげで、僕は呪いに勝つことが出来ました。





 さて、ではここで視点を一人称から三人称視点に変えてみよう。


 側から見れば、僕は席に着くなりいきなり叫び出して拳を突き出し、そのままハンバーガーを貪り食べた後に『――食べ物の恨みは怖いんだ』と言っている人間になる。


 僕はそんな人がいたら、とても怖いと思う。近くに英美里さんや友達がいたら、『アイツヤバいよ』と耳打ちするだろう。というかすぐそばにいた高校生たちに言われた。


 まぁ……つまりはそういうことだ。


 その後、気まずくなった僕が、そそくさと店を後にしたのは、想像に難くないことだと思う。

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