存在証明 5
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雪が溶け、春が訪れたある日のことだった。
テレビのニュースで、少女を誘拐しようとした疑いで一人の男が逮捕されたことが報道された。
僕は『誘拐』と聞き、ある一人の少女のことが頭によぎった。この男はあの時のヤツじゃないのはわかっている。
あのあと、英美里さんから聞いた話なのだが、小屋を作った魔術師は、僕が小屋を探索した日に、英美里さんが仕事で倒した魔術師だったらしい。
図らずとも、英美里さんはあの少女の仇を取ってくれていたということになる。
これで、あの少女も少しは浮かばれるのだろうか。
そんなことを思いながら、僕はテレビのニュースを見ていた。
僕はもうあの娘の名前も、顔も思い出すことはできない。ニュースで報道された殺人事件の被害者のように、すでにあの事件は僕の中から重要なものじゃなくなってしまっていた。
けれど。それでも僕は確かに覚えている。僕の手も、誰の手も届かず、他人という災害に、明るい未来を奪われた、一人の少女のことを。
【存在証明 完】
他者の存在を証明し続けるには何が必要なのか。
この世には理不尽にも犯罪や災害によって亡くなる人が数多くいます。
第三者である私たちには、その被害者等の名前を知ることありません。事件があり、被害者の名前が報道されたとしても、私たちの記憶からはすぐに抜け落ちてしまいます。
しかし、そんな私たちでも、亡くなった方々を悼むことはできるはずです。
名前を知らずとも、誰かの死を覚えておくこと、それこそが他者の存在を証明し続けることが出来る唯一の方法なのだと、私は思います。