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晴眼の魔人  作者: 沼田フミタケ
因果応報
18/21

因果応報 4

004




『カズトは、何で私を助けてくれたの?』




「……ん、ああ。なんでだろうねぇ……」




 時刻は午前零時を迎え、和斗は少しウトウトしながらマイと話していた。




「助けてほしいって声が聞こえたから……かな」




『それだけ……?』




「う~ん……どうだろう。それだけかもしれないね。でも、マイは嘘を吐いていなかったし、本心から助けを求めていた。僕は、助けを求める君を信じた。だから……、かな?」




『すごいね……もしかしたら、私はあなたを殺していたかもしれないのに』




 和斗はマイがローブの男たち――成体人形だったか――を見た瞬間、敵意と殺意をむき出しにして襲い掛かったことを思い出す。


 あの時に感じたのは、人間に対する怒り、憎しみといった負の感情だった。


 人間に対して、あそこまでの憎悪を持っているのにも関わらず、それでもマイは和斗に助けを求めた。


 もちろん、マイに余裕がなかったということもあるだろう。しかしマイは、和斗が行動しても、和斗を殺さなかった。




「それは、僕と同じように、マイも、僕のことを信じてくれていたってことなのかな?」




『……そうだね。そうかも。人間は、私たちのことを傷つけるものだったから。私のために動いてくれたことにとても驚いたし、うれしかった』




 ソファの上で足を抱えて座り、笑顔を向けるマイに、僕も、笑顔を返した。


 そんな風に、二人とも、眠気でウトウトしながらも、他愛のない話をしていた、そんなときのことだった。


 ピクッ、とマイの耳が動き、マイは目を見開き、顔はみるみる青ざめ、勢いよく振り向いた。


 マイは唸り声を上げ、『来る』とだけ、僕に伝えた。


 刹那、人型の何かが壁を突き破り家の中へと侵入きた。


 カタカタと音を上げ駆動するそれは、マネキンのような白い体を持った人形だった。


 マネキンは和斗目掛けて襲い掛かろうとするが、それよりも早く、マイの腕が薙ぎ払われ、マネキンの身体は真っ二つに切り割かれた。


 ボトリと床に落ちたマネキンは、それでもなお、上半身と下半身のみで、動き出す。




『――ッ‼』




 マイは僕を抱きかかえ、マネキンが開けた穴から外へ脱出し、空高く跳び上がった。


 住宅の屋根より高く跳びあがったことで、英美里さんの家の敷地や周りの家の屋根の上に、何体いるのか分からないほどの人形が集まっていることが分かった。


 マイは英美里さんの家の屋根に静かに着地し、着地地点の周りにいた六体ほどの人形を足技で吹き飛ばした。


 人形たちとの間合いが空き、マイはそっと僕を屋根の上に下ろす。




『ここでじっとしていて』




 和斗には、その眼差しを受け止め、静かにうなずいた。


 ぞろぞろと屋根の上に集結する人形たちに向き直るマイ。




『カズトは渡さないっ‼』




 雄たけびと共に、凄まじい速度で駆けるマイ。


 それに合わせたように、人形たちも和斗に迫りくる。しかし、人形たちの魔の手が和斗に届く前に、その体は粉々にされていく。


 それだけ、マイの移動速度は凄まじいものだった。


 ギリギリではない。人形たちと和斗の距離が常に余裕を持って開くように、マイは人形たちを殲滅していく。


 本能で理解しているのであろう。マイは人形の動力部を的確に潰し、たとえ身体が二つに分かれようと二度と動き出さないように、人形たちを壊していく。


 もはやそれは戦闘や防衛ではない。一方的な殺戮と言っても過言ではない。それだけ、マイの力は他と隔絶していた。


 しかし、これまで順調だったマイの動きが、止まった。


 マイの目の前には、




 人間と獣が合体したような生物が立っていた。




 困惑、疑問、絶望、そんな感情が、マイの中に生まれた。




「マイ!」




 和斗はマイに呼びかける。


 しかし、時すでに遅く、マイの前に現れたキメラは無防備のマイの腹に拳を打ち込み、数メートル離れていた僕の前までマイを吹き飛ばした。




「マイ‼」




 マイが止まっていたのは一瞬にも満たない時間だったろう。しかし、その一瞬にも満たない隙が、彼女に膝をつかせた。


 マイは腹を抑え、何とか立ち上がろうとするも、片膝をついたような形になる。


 和斗はマイを吹き飛ばしたキメラを視る。


 その体には、なにかのエネルギーが満ちていた。そこに意志はなく、それこそ、操り人形という表現が和斗の中で最も合致した。


 キメラは和斗ではなく、マイに向かって跳びかかる。先にマイを殺し、そのあとにゆっくり和斗を捕らえるつもりなのだろう。




「――危ない‼」




 泣いたような、声が響く。


 それが、自分の喉から出た声だということに、和斗は数瞬気が付かなかった。


 それほどまでに、思考よりも速く、身体が動いていた。


 ――バキゴキボキ。と、自分の背骨が砕かれる音が聞こえ、背中に受けた衝撃が肺を膨らませていた空気を、血液と共に口から吐き出させた。


 脳からの信号が伝わらなくなった身体は膝から崩れ落ち、倒れる寸前で、すぐ前にいた、今しがた背中で守ったマイに支えられ、源和斗は静かに息を引き取った。




 ■■■




 マイは、一体何が起こったのか理解できなかった。


 跳び上がった同胞のキメラを前にし、自分が死んででも、何としてでも和斗を守らなければいけないと、覚悟を決めていたのに、同胞の腕は、マイに届くことはなく、マイを守るように立った和斗の背中に突き刺さった。


 マイは倒れそうになった和斗の身体を支えた。しかし、もうそこに血の巡りはなく、徐々に冷たくなっていく入れ物があるだけだった。




『ぁ……』




 声が漏れる。何が起こったのかやっと理解し、怒り、悲しみ、憎しみ、痛み、困惑。


 それらすべてがドロドロに混ざった感情が、ダムが決壊したように押し寄せてくる。




『――――アアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ‼』




 空気がビリビリと弾ける。それは悲鳴にも似た叫びだった。


 後悔がマイを包む。もっと自分がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのではないかと、もはや変えられない自らの愚行に怒り、少女は叫んだ。


 ――マイの姿が変わる。


 叫びと共に、マイの姿はより獣に近づいていく。人間の形をしていた骨格は、疾走に適した四足歩行のものへ変わり、腰から生えた二本の木は月光を取り込み、枝と葉を伸ばし、翼のような形へと変貌していく。


 ――果たして、現れるは有翼の獅子。たてがみこそ持たずとも、その威光は百獣の王。


 彼女を越える存在は、この結界内には存在していなかった。


 マイは和斗の身体を回収しようと接近してくる人形たちに向かって、翼を広げた。


 翼から伸びた幾千もの枝が、結界内に存在していたすべての人形の動力部を的確に貫き、一瞬にして数十体もの人形の活動を停止させた。


 かろうじて動力部への枝の直撃を避けたキメラは、再びマイに襲い掛かろうとする。


 ――刹那、目にもとまらぬ速さで移動したマイによって、キメラは頭部を引きちぎられ、その活動を停止した。


 マイは結界の外に待機していた人形たちが次々に撤退していくのを察知した。




『――逃がさないっ‼』




 マイは英美里の家に張られていた結界を抜け、住宅の屋根の上を、一方向に逃げていく人形の集団を追う。


 その中で、先頭に立って逃げている人間を発見した。


 それがこの人形たちを操っている元凶だと気づき、マイは走る速度をより一層上げる。


 時間にして一秒にも満たない速さで、マイは人形師へと肉薄し、その頭を掴みガリガリと屋根に押し付け、減速。その後、屋根の上に足を着け、そのまま人形師の身体を宙に放り、滞空している間に、その身体を縦に切り割いた。


 すると、人形師が引き連れていた人形たちは糸が切れたように倒れ、住宅の屋根の上からボトボトと落ちていった。


 ――すべてが終わった。


 マイは和斗のもとへ戻る。


 気が付くと、マイの身体は獣のものから、元の人間の形をした骨格へと戻っていた。




『終わったよ』




 話しかけるも、先ほどのように答えてくれる少年の声は聞こえない。


 後悔と悲しさが、マイの中で溢れ出る。


 マイは和斗を抱きかかえ、絶叫する。


 そして、願う。


 ――和斗に戻ってきてほしい。自分はどうなってもいいから。和斗を助けてほしい。


 そんな奇跡を。




 ■■■




「……ありえない」




 人形師は自らの工房内で絶句していた。


 人形化させたキメラの中でも最高の戦闘力を誇るキメラがあっさりと撃破され、挙句の果てには幾重にも魔術障壁を体の周りに展開させていた特別製の防御特化型の中継人形すらも一瞬で破壊され、送り込んだ数多の人形も回収不可能となってしまった。




「これではわざわざ組織に中継人形を潜り込ませた意味も、今回の騒動のどさくさに紛れてあのキメラを手に入れた意味もなくなってしまったじゃないか……‼」




 さらに今回の騒動で組織の母体となった園崎家、その暗部が事後処理に動いている。


 モタモタしていたら自分の居場所まで特定されかねない。




「晴眼は……諦めよう」




 ――今はとにかく逃げることだ。


 人形師は自らの身体に刻まれた一見すると入れ墨のように見える魔術刻印を見てその気持ちを奮い立たせる。


 ――代々受け継いできたこの研究を、私で途絶えさせるわけにはいかない!


 荷物をまとめ、この街に作った工房を出た瞬間、


 人形師の視点がぐるぐると回転し、地面に激突した。


 それが、自分の首が飛ばされたのだと、人形師が気づくことはなかった。

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