奇妙な親子
村田は思わず後ずさる。
信じられないものを見たような気がした。
グレイスの動きはあまりにも無駄がなく、手刀の軌道は一切の迷いがなかった。
そして、その衝撃をまともに受けたライトは――無音で倒れ伏した。
叫び声すら上げず、スローモーションのようにゆっくりと後ろに倒れ、バサッと床に横たわる。
その衝撃で、彼の帽子がふわりと宙を舞い、床に転がった。
村田の思考が追いつかないまま、グレイスは軽くため息をつき、
申し訳なさそうに肩をすくめながら村田に向き直る。
「すみません..この子良い意味と悪い意味でとても正直なんですよ」
その穏やかな声とは裏腹に、
まるで見えない電撃のような手刀を繰り出した事実が、村田の頭の中に渦巻いていた。
「あぁそうなんすね..ハハ」
村田はぎこちなく笑いながら、冷や汗を拭う。
さっきまでの疲れとは別の意味で、心臓がバクバクと跳ねていた。
「いだぁいよぉ..」
ライトは涙目になりながら、頭を押さえていた。
まだ痛みが残っているのか、ぐるぐると目を回しながらふらついている。
その様子はどこか愛嬌があり、さっきの衝撃的な場面が嘘のようだった。
グレイスはそんなライトを見て、ふっと優しい笑みを浮かべる。
そして、今度は手刀ではなく、ゆっくりとした手つきでライトの頭をさすった。
「でもライト、村田さんをよく無事に案内してくれました。とても立派ですよ」
その言葉には、ライトの功績をしっかり認める親としての誇りが込められていた。
「えへへ..」
頭を撫でられたライトは、痛みを忘れたように目を細め、いつもの無邪気な笑顔を浮かべる。
その表情には、純粋に褒められたことを喜ぶ気持ちがにじんでいた。
(なんなんだこの親子は..)
村田は目の前の光景を奇妙なものを見るような目で眺めた。
ついさっきまで手刀で一撃を食らわせたかと思えば、今度は優しく撫でて褒める。
この落差が激しすぎて、どこか現実味を感じられなかった。
「もうすぐ日も暮れます、どうぞ今日はこちらで休んで行ってください」
グレイスが再び村田に向き直る。
その言葉は淡々としているが、どこか温かみがあった。
村田は一瞬驚いたように目を瞬かせ、
「え、いいんですか..?」と戸惑いながら問い返した。
「困っている人は放っておけないのです、一応これでも元医者なんですよ。遠慮は不要です」
グレイスはそう言って、穏やかな微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!..じゃあ、お言葉に甘えてお世話になります」
そう言うと、村田は少し緊張しながらも家の中に足を踏み入れた。