危機
村田俊は、黒いマントを風に揺らしながら颯爽と走るライトの背を必死に追っていた。
砂浜から林へと移り変わる不安定な地面を踏みしめるたび、足元が沈み、息がさらに乱れる。
「はぁっ、あの子早いな!てか走る必要あるのかこれ..」
村田はライトのあまりの速さに呆れながら、胸を焼き付けるような酸素不足を実感した。
その時、村田の脚は悲鳴を上げるように立ち止まり、前に進む力を失った。
振り返ったライトが、驚いた様子で大声を上げる。
「んー?どうしたのー!」
彼は軽快な足取りで村田に駆け寄ってくる。
その元気な声が妙に響き、疲労困憊の村田には少々堪えた。
村田は片手を震わせながら挙げ、
「ちょ、ちょっとタンマ..」
と途切れ途切れに言った。
ライトは首をかしげ、
「たんまって何?」
と素直に尋ねる。
村田は荒い呼吸を整えながら答えた。
「ちょっと待てってことだ..なぁ、ゆっくり歩いていかないか?」
その言葉には弱音が混じっていたが、少しでもライトに歩調を合わせてもらいたいという切実な願いが込められていた。
ライトは考え込むように唇を尖らせ、
「えー?でもここは早く..」
と不満げな声を漏らしたが、その瞬間近くの草陰が不気味にがさがさと音を立てた。
「..なんだ?」
村田の全身が瞬時に緊張で固まる。
音のする方へ目を向けると、牙が大きく湾曲した猪を思わせる生物が姿を現した。
濃い茶色の体毛に覆われた体は1mほどの大きさだが、その短い脚で支えられた肉厚な巨体には、明らかに凶暴さが滲んでいる。
村田はその圧倒的な威圧感に息を飲んだ。
目の前の生物から放たれる不気味な空気に、全身の筋肉が竦み上がるのを感じる。
「い、猪!?どうしてこんなところに..」
(俺を狙ってるのか?どうすれば..)
鼓動が耳の奥で響き、思考は焦燥感に飲み込まれそうになる。
それでもなんとか冷静を装い、心を落ち着ける。
「後ろに下がるんだ..ゆっくりとな」
ライトの前に手をかざしながら、低い声で囁いた。
村田は慎重にすり足で後退を始めた。
しかし、そんな彼とは対照的にライトは驚くほど落ち着いており、穏やかな笑みすら浮かべていた。
「やっぱり来ちゃった、シュン待ってて」
と言うと、村田の顔をちらりと見て安心させるような笑顔を向け、一歩前に進んだ。
「待っててって..危ないぞ!」
村田が必死に声を張り上げるが、ライトはどこ吹く風のように手を猪に向けた。
「ファイア」
静かな声が響いた瞬間、ライトの手のひらから突如としてこぶし大の火球が生まれ、まばゆい光を放ちながら猪の足元へ向かって飛んでいった。
(火!?今どこから出た!?)
村田は目の前の光景に唖然とし、言葉を失った。
火球が着弾すると地面が炸裂し、熱と煙が立ち上る。
それに驚いたのか、怯えたように叫び声を上げると、大きな音を立てながら林の奥へと逃げ去っていった。
その巨体が完全に見えなくなるまで、村田はただ呆然と立ち尽くしていた。