謎の少年
村田は、誰かの手がそっと肩を揺さぶる感触で目を覚ました。
意識がぼんやりと戻り、瞼が重たく開く。
最初はかすんでいた視界が徐々に鮮明になり、空の青と海の輝きが目に飛び込んできた。
しかし、その景色以上に彼の目を奪ったのは、目の前に佇む一人の少年だった。
少年は心配そうな顔で村田の様子を覗き込んでいる。
柔らかな白髪が陽光を受けて輝き、その青い瞳には湖面のような透明感があった。
黒いマントコートとアラビアンパンツ、そして中世風のシャツが彼の小柄な体を包み、頭にはとんがり帽子が乗っている。
まるで物語から飛び出してきたような異世界的な装いだった。
「おにいさん、大丈夫?」
少年の声は澄んでいて、優しさと少しの幼さが混じっていた。
村田は一瞬その場に凍りついたように動けなかったが、すぐに我に返り、かすれた声を絞り出す。
「え..っと、あぁ....大丈夫だ。あの、君は?」
少年はふわりと笑顔を浮かべ、元気に名乗った。
「僕?僕はライト、ライト・サノヴァだよ!魔法の特訓が終わって家に帰ってたらおにいさんを見つけたんだ!」
村田は一瞬眉をひそめた。
(今この子『魔法』って言わなかったか?いや、聞き間違いか..)
ぼんやりとする頭を振り払うように、村田は砂浜に手をついてゆっくりと体を起こした。
「そうか..ライト君、ありがとう。俺の名は村田俊だ。あーっと、ところでここは一体..どこ、なんだ?」
視線を周囲に巡らせるが、広がるのは波が静かに寄せる砂浜と青い空だけ。
荒涼としたその光景は、彼の不安をさらに煽った。
「シュンだね、よろしく!ここはイファスアの街の近くの海岸だよ。ねぇ、シュンはなんで倒れてたの?」
ライトは明るい声で答えたあと、首をかしげながらこう続けた。
村田は眉をひそめながら考え込む。
「イファスア..聞いたことないな。あぁそうだ思い出した!」
顔を上げた彼は、記憶の断片をかき集めるように続けた。
「俺は飛行機でアフリカに向かってた。それで...墜落して...」
その言葉とともに、村田の心に恐ろしい記憶がよみがえる。
振り返るように周囲を見回し、声を震わせながら少年に尋ねた。
「な、なぁ!俺の他にこの辺に人は..いないよな..」
ライトは首を横に振りながら素直に答えた。
「そうだね、ここにはシュンしかいないよ」
その返答に村田は心の奥底で何かが崩れる音を聞いた。
仲間たちの生存を祈る気持ちは霧散し、不安と孤独が胸を締め付ける。
「ねぇねぇシュン、僕の家に来てよ!きっとグレイスも歓迎してくれる!」
ライトが明るい声を投げかけてくる。
唐突な申し出に村田は驚き、声を詰まらせた。
「えっ..いいのか?」
「もちろん!シュンから色々聞きたいこともあるしね!」
ライトの笑顔は、まるで太陽のように無邪気で眩しい。
その笑顔に、村田の胸の中に小さな安堵が生まれた。
「..ありがとう、じゃあそうさせてもらうよ」
立ち上がり、砂を払いながらライトに応じる村田。
その声には感謝と微かな期待が込められていた。
「ほら、こっちこっち!早くー」
ライトは楽しそうに砂浜を駆け出し、村田を振り返る。
「元気だな..今行くよ!」
村田は少年の背中を追いかけ、砂浜を踏みしめる足に力を込めた。
どこか異世界じみた空と波の音が続く海岸線。
足元の砂粒が飛び散るたびに、村田の心には新たな冒険への覚悟が生まれていた。