警察署の過去
夕焼けが訓練場を静かに染めていくなか、木剣を地面に置いた二人は、向かい合って座っていた。
「そういえば前から聞きたかったんだけど、どうしてここの警察署は二人しかいないの?」
ケイラはふと、視線を遠くに向けながら問いかける。
その問いには、軽い好奇心のようでいて、どこか深く踏み込む覚悟が滲んでいた。
問いかけを受けたセトは、木剣の柄をそっと撫でながら、しばし沈黙を保った。
夕焼けに染まる訓練場の空気が、どこか重たく沈む。
「..数年前までは、南部署にもそれなりに人員がいたんです。ですが、魔人による犯罪が急増して....」
ようやく口を開いたセトの声には、ほんのわずかに過去を思い出す苦味がにじんでいた。
「他地区へ引き抜かれたってこと?」
ケイラは身を少し乗り出し、真剣な目でセトの表情をうかがう。
「えぇ、高い魔法技能を持つ署員はほとんど..残されたのは私と、当時新人だったパルマさんのみです」
セトの声は静かだったが、その裏には、かつての喪失を思い出すようなわずかな痛みが混じっていた。
「あれ、あんたは対象じゃなかったの?」
ケイラが怪訝そうに訊ねる。
彼女の中では、当然引き抜かれてしかるべき実力の持ち主だと、疑いようもなかった。
「あまり自分で言うことではありませんが..正直私もそう思っていました」
セトは目を伏せ、夕日の光から逃れるように視線を地面へ落とす。
「ただ、上層部は良く思っていなかったみたいで..子どものような見た目の私の事を」
言いながら口元をわずかに歪めた。
抑え込まれた感情が、微かな震えとなって言葉ににじむ。
「..バカみたい」
ケイラがぽつりと呟いた。
その低い声には、あきれたような、けれど代弁するような怒りがこもっていた。
「でもいいんです。私はここを、生まれ育った孤児院のあるこの場所を守りたいと思っていたので」
セトは目を上げ、夕空に向けてまっすぐな視線を投げた。
「本当は..悔しいんでしょ?私だったら上層部の奴らぶん殴りに行くわよ!」
ケイラは身を乗り出し、思わず拳を振るうようにして声を荒げた。
「....悔しいに、決まってるじゃないですか。この体、生まれつき変えようのない見た目で判断されたのです」
セトは声を絞り出すように言い、拳を固く握った。
「でもケイラさん、殴ったら懲戒免職間違いなしですよ」
わずかに口角を上げて皮肉気に言うその姿は、痛みの中にある冗談めいた優しさだった。
「あーもう!今はいいのよそんなこと!」
ケイラは腕を広げて天を仰ぎ、思い切り息を吐いた。
その仕草は大げさだったが、彼女なりの励ましだった。
「だから、実力と実績で証明するしかないんです」
セトはケイラの目を真っすぐに見て、静かに言った。
「強くて立派な警察官としてこの街を守り続け、いつか必ず..正当な評価を得てみせます」
「まったく、真面目ちゃんねぇ..」
ケイラはため息をつきながらも、どこか嬉しそうに目を細めた。
「そのためにはケイラさん、貴方の協力が必要です。ではもう一本、お願いします」
セトは木剣を拾い、すっと立ち上がって構えた。
その姿には、先ほどまでの重たい空気を振り払うような清々しさがあった。
「えぇ!?この流れでまだやるの!?」
ケイラは見上げ、驚いた様子で叫んだ。
「当然です。今日は私が勝つまで終わりませんよ?」
セトは剣先を向け、挑戦的な笑みを浮かべる。
「はぁ..わかったわよ」
ケイラは怠そうに立ち上がりながらも、足取りはしっかりとしていた。
「ほら、また構え硬くなってる。斬る瞬間までリラックスね」
剣先でセトの肘を軽く叩き、後ずさりしながら間合いを取る。
「と、そうでしたね..では!」
嬉しそうにわずかに口元を綻ばせ、再びケイラに向かって踏み込む。
夕暮れの空の下、木剣の打ち合う音が、再び訓練場に高く響き渡った。