願い
村田はベッドに腰掛けたまま、右手の指先でそっと左手の掌をなぞる。
触れるたび、微かなざらつきと、それを包み込む温もりが指先に伝わってくる。
かつての傷跡——今ではほとんど消えかけているそれを確かめるように、ゆっくりと撫で続けた。
数度にわたる自傷と治癒の反復作業。
その痛みと回復を通じて、彼は自分の中に眠る力の輪郭を少しずつ掴みはじめていた。
「まず、傷を認識すること」
ぽつりと口に出して、自分の中に刻み込むように言葉を発する。
どこに、どのような損傷があるのかを明確に意識しなければ、力は動かない。
触れただけで勝手に癒えるような便利なものではない。
「そして..治したいと強く願うこと」
その言葉には、わずかに熱がこもっていた。
ただの命令でも、期待でもなく。
それは本能に近い衝動だった。
他者を、あるいは自分自身を守りたいと願う、根源的な気持ち。
また、その二点を意識できれば、傷に直接触れなくとも力が発動することもあるということもわかった。
(恐らく、自分自身の体だからこそできるんだろうな)
村田は静かに手を見つめながら、少しだけ眉をひそめた。
(..あとは、他人に対してはどうかだな。そっちはまだ、試せていない)
瞼を閉じ、思案に沈む。
まぶたを閉じ、しばし沈黙の中に身を預ける。
(幸い....と言ったら語弊があるけど、ここは病院だ。怪我人は多い)
無意識に視線がドアの向こうへと向けられる。
この建物の中には、傷を負った人たち、病を抱える人たちが日常的に行き交っている。
(あの人たちに、試してみるか..?)
一瞬、そんな考えが頭をよぎった。
だが——
「いや..」
小さく息を吐きながら、村田は頭を振る。
浮かんだ考えを自分の中で否定するように、手で額を押さえた。
(もし治しているところを見られたら、バレたら....どうなる?)
何かが起こる気がする。
その「何か」の具体は掴めないが、直感的に、それは決して歓迎されるものではないと感じていた。
けれど——
(もう、一人は治してしまってる)
昨日、あの廊下でぶつかった中年男性のことを思い出す。
彼の腕は、確かに「治って」いた。
自分はただ触れただけだったが、力は確かに発動していた。
(おそらく、もう噂になってるだろうな..)
村田はふと両手を見つめ直し、その指先に意識を集中させる。
アルディナ山にて救えなかった兄弟のことを思い出す。
(できることなら、全員..治してあげたい。救えるはずだった命を、今度は救いたい)
村田は改めて両手を握りしめた。
立ち上がろうと腰に力を込めたその瞬間——
病室のドアを叩く音が、静寂を切り裂いた。
意外なタイミングで響いたその音に、村田は僅かに肩を跳ねさせた。
一拍、間を置いて彼は視線をドアへ向けた。