出勤
ケイラとライトが、朝焼けに染まる白銀の街並みを歩いていた。
雪が薄く積もった道が、朝日の光を受けて静かに輝いている。冷たい空気が二人の吐息を白く染めた。
ケイラはコートのポケットに手を突っ込み、少し猫背になりながら歩いている。
「さっむい..やっぱり朝は冷えるわねー」
小さく体を震わせながら呟くその声には、半分眠気が残っているようだった。
ライトはそんな彼女を見上げ、足元を軽く跳ねるようにしながら歩く。
「ねぇおねえちゃん、警察署で何するの?」
その問いかけには純粋な好奇心が滲んでおり、彼の瞳は朝日を反射してきらきらと輝いていた。
ケイラは肩をすくめ、気だるそうに言葉を返す。
「んー?お仕事よお仕事。何やらされるんだかは知らないけどね」
顔を少し横に向けて、曖昧な表情で笑う。
ライトはその言葉を聞いても意気消沈するどころか、さらに元気よく歩き出した。
「お仕事かぁ..何するんだろうね?ちょっと楽しみ!」
足を速めてはしゃぐ様子に、ケイラは苦笑しながらため息をついた。
「あまり期待はしないことね。どーせ掃除とかの雑用よ」
しかし、ライトは気にする素振りもなく、にこやかに笑いながら返した。
「僕は好きだよ、掃除!汚れ落とすの気持ちがいいし!」
ケイラはそんなライトの反応に呆れたように首を傾げた。
「私は何が良いのかわからないわ、綺麗にしたってどうせすぐ汚れるじゃない?ま、掃除はライト君に任せるわ」
やがて警察署が見えてきた。
二人は入口に立ち、ケイラは軽く息を吐くと、突然大きな声を張り上げた。
「さーて着いたわね、たのもー!」
扉を勢いよく押し開けるその動作には、どこかいつもの彼女らしい調子が戻ってきていた。
だが、その瞬間、中から思わぬうめき声が聞こえた。
「ん?..えぇどうしたの!?」
驚いて扉を押さえたままケイラが顔を覗かせると、うっすら明るい室内でセトが倒れているのが見えた。
セトは床に座り込んだまま顔をしかめ、怒りをあらわにして叫んだ。
「な、なんなんですかいきなり!扉を開けるときはちゃんと向こう側に人がいるか確認してください!」
どうやら勢いよく開けられた扉に直撃して転倒したらしい。
ケイラは目を丸くして状況を把握し、思わず申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「わ、悪かったわ..まさかいるとは思わなくて」
そう言いながらも、急いでセトに手を差し伸べ、起き上がるのを手伝う。
だが、ケイラの口元が動き、彼女はぽつりと呟いた。
「てか小さすぎて気づかなかったわ..」
その言葉は軽い声だったが、室内に響き渡るには十分だった。
「何か言いましたか?」
セトはその言葉を聞き逃さず、冷たい目を細めてケイラを睨みつけた。
その鋭い目線に、ケイラは一瞬だけ怯んだように見えたが、
すぐに慌てて言葉を継ぎ、笑みを作りながらごまかそうとした。
「い、いや何も?ほら早く起きなさいって!」
彼女は強引にセトの手を引っ張り、相手の動きを半ば無視する形で起き上がらせた。
「全く..先が思いやられますね」
セトは呆れた様子でため息をつきながら服を軽くはたき、二人に向き直った。
その態度は少し苛立ちを含んでいたが、同時に自分を落ち着かせようとしている様子も見えた。
セトは一息つくと、改めて二人に向き直り、丁寧にお辞儀をした。
「では改めておはようございます。私はアストリア南部地区警察署署長のセト、今日からよろしくお願いしますね」
その所作はきちんと背筋が伸び、完璧な礼儀を感じさせた。
「セトさんおはようございます!」
ライトは元気よく声を上げ、ぺこりと頭を下げた。
一方、ケイラはセトの自己紹介に驚きを隠せない様子で、
まじまじとセトを見つめた後、ぽつりと呟いた。
「あんた署長だったのね..」
セトはその発言を聞くや否や、すかさずケイラに冷たい目線を向け、鋭い口調で指摘した。
「挨拶はどうしました?」
「うっ..おはよう....ございます」
渋々といった様子でケイラは返すが、その声には明らかに不本意さがにじんでいた。
セトはその返答に小さく頷き、改めて姿勢を正して言葉を継いだ。
「そうですね。挨拶は基本中の基本、まずこれは徹底してもらえると助かります」
(細かい奴ね..挨拶しなかったくらい別にいいじゃない)
ケイラは不機嫌そうにそっぽを向き、軽く鼻を鳴らした。