抱擁
村田は病院の正面玄関を見上げ、思わず足を止めた。
巨大な建物が威圧感を放つ中、心の中には緊張と不安が入り混じる。
軽く深呼吸をし、気を取り直して扉を開けた瞬間――
「ぶふぇっ」
何かが勢いよく飛び掛かってきた。
村田は突如受けた衝撃に倒れそうになるが、反射的に足で踏ん張り、体勢を保つ。
「おはよう村田君!いやぁよく来てくれたね、嬉しいよ私は!さぁさぁこっちだ!」
ハグを仕掛けてきたのは、満面の笑みを浮かべた担当医のカルテだった。
彼の手は村田の背中をポンポンと叩き、その勢いに村田は思わず息を詰まらせる。
「おはよう..ございます。あの、なんで待ち構えてたんでーー」
村田は戸惑いながら声を絞り出したが、カルテはその言葉を遮るように陽気な声で返した。
「そーんなことどうでもいい!今日から楽しい楽しい入院なんだよ!?君のあんな所やそんなところまでバッチリと検査してあげるからね!」
カルテの声には異様なほどのハイテンションが込められており、村田の困惑をさらに煽る。
「え..それは、ちょっと..」
村田は顔を赤らめながら視線を逸らし、彼の勢いに圧倒される。
周囲の視線が集まっていることに気付き、耳まで赤く染まっていくのが自分でもわかる。
その時、冷静な声がその場に割り込んだ。
「先生、村田さんをあまり困らせないでください」
カルテの後ろから、ナース服をきっちり着こなした看護師が現れた。
彼女の表情には明らかに不機嫌さが漂っている。
「ごめんってアネミちゃん~ちょっとした挨拶だよ。そんな怒らないでも..」
カルテは村田から手を放し、軽く頭を下げながら言い訳めいた声を出した。
「まぁいいです..ほらさっさと行きますよ!」
女性看護師ーーアネミは容赦なくカルテの背中を強めに押し、早く進むよう促した。
彼女の仕草には迷いがなく、村田の目には頼もしさすら感じられる。
村田はカルテとアネミに連れられ、病院の廊下を進んでいった。
白いタイルが隙間なく敷き詰められた廊下は清潔感がありすぎるほどで、
その静けさが村田の胸に微かな緊張を蘇らせる。
「さあ着いた、一人部屋だけど大丈夫かな?」
カルテが扉の前で振り返り、にこりと微笑む。
その笑顔には相変わらずのテンションが含まれているが、少しだけ気遣いの色が見えた。
村田は視線を上げ、扉のネームプレートに自分の名前が書かれているのを確認する。
村田はカルテの言葉に軽く頷き、部屋に足を踏み入れた。
白い壁に囲まれた静かな空間が、これから始まる入院生活を象徴しているようで、
村田はわずかに緊張した表情を見せた。
「ありがとうございます、大丈夫です」
彼は振り返りながらそう答えたが、その声には少し力が入っていた。
カルテは満足そうに頷いたが、急に表情を引き締めると真剣な声で続けた。
「それはよかった!ただ最近、ルクス病の患者も少しずつ増えてきている。もしかしたら移動してもらう可能性もあるってことは認識しておいてくれ」
その言葉には冗談のような軽さはなく、村田の胸に重く響いた。
その様子を見て、カルテは少し優しい笑顔を浮かべて言葉を和らげた。
「荷物を置いたら、改めて問診を始めよう。それからバイタルチェックをして、最後に採血だ。どれも簡単なものだから安心していいよ」