カミングアウト
宿に着くと、村田はそっとライトをベッドに寝かせ、彼の寝息を確認するように静かに布団をかけた。
ストーブをつけて部屋が徐々に暖まる中、村田は席につき、ケイラと向かい合った。
村田が口を開き、淡々と語り始める。
話が進むにつれて、ケイラの表情は徐々に驚きに変わり、
彼の言葉が終わる頃には完全に理解を超えた状況に陥っていた。
「大陸の..外から来た?....いやどういうことよ!?」
彼女は椅子に身を乗り出し、両手をテーブルに突きながら大きな声を上げた。
「そうなると思ってたよ..でも事実なんだ」
村田は予想していた通りの反応に苦笑し、頭を掻きながら困ったように笑みを浮かべた。
ケイラは深くため息をつき、鼻に手を当てて考え込む。
「いや..うん、でもあんたがそんな嘘をつくようには思えないし」
彼女の口調はまだ混乱していたが、徐々にその言葉に信じる意志が込められていく。
室内に一瞬沈黙が流れる。
やがてケイラは村田の目を真っ直ぐに見据え、慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「わかったわ、まず大陸の外から来たってことは信じる」
彼女は肘をつき、考え込むように額に手を当てながら続ける。
「で、どうやって入って来たの?知ってると思うけど、この大陸全体透明な壁で阻まれてて出入りは不可よ?」
村田は口を一文字に結び、一瞬目を伏せた後、ゆっくりと答える。
「どうやって、どうして入ってこれたかは俺もわからない....」
その言葉に嘘がないことを感じ取ったケイラは、腕を組みながら視線を床に落とした。
ケイラは腕を組み直し、視線を床に落とす。
「わからない、か。そりゃそうよね..」
かすかに呟くその声はどこか納得しているようで、しかし完全に理解しきれたわけではなかった。
しばらくして、ふっと彼女は顔を上げた。
その顔にはいつものケイラらしい好奇心が満ちており、先ほどまでの重い空気を吹き飛ばすかのような軽快な声で言った。
「まぁそれはいいとして、それよりも気になるのは外の世界について!色々聞かせなさいよ!」
彼女の目は輝き、椅子の上で身を乗り出す。
その変わりように村田は一瞬唖然としたが、次の瞬間には微笑みを浮かべて小さく頷いた。
「それならいくらでも話してやるよ。ええと、何から話そうか..」
彼が話し始めると、ケイラは目を輝かせながら前のめりになり、次々と質問を投げかけた。
彼女の熱心さに押されるように、村田は肩の力を抜き、次第にリラックスした調子で話を続けた。
ストーブの柔らかな光が二人を照らし、室内には話し声と時折の笑い声が静かに響いていた。
やがてケイラが小さくあくびをした。
「..もうこんな時間、つい話しすぎちゃったわ」
彼女は椅子の背にもたれかかり、疲れたように首を回しながらつぶやいた。
村田も時計に目をやり、軽く肩をすくめた。
「..っと、そうだな。明日も早いしもう寝るか」
彼の声には少し名残惜しさが混ざっていたが、ケイラの疲れた様子を気遣って無理に切り上げるような調子だった。
ケイラはストーブの炎を眺めながらぽつりと言葉を落とした。
「にしても面白そうな世界ね、魔素が存在しないっていうのが残念だけど」
その声には純粋な興味と、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。
彼女は村田に向き直り、真剣な目で問いかけた。
「ねぇ、やっぱり村田は元居た世界に戻りたい?」
その問いに、村田は一瞬黙り込み、考え込むように目を伏せた。
やがてゆっくりと顔を上げ、柔らかな笑みを浮かべて答えた。
「あぁ..戻りたいかって言われると微妙だな。戻ったところで何もないし..」
ケイラは少し口を尖らせる。
「じゃあ..あたしたち三人で戻れるとしたらどう?それでも戻ることに意味は無いの?」
村田はさらに考え込み、沈黙する。
彼女はじれったそうに彼を見つめ、少し真剣な口調で続けた。
「あんたが外の世界に居たのも、そしてこの世界に来たのも、きっと何か意味があるからよ。だから..意味なんて無いとか思っちゃダメ」
彼女はいたずらな笑みを浮かべ、軽く圧をかけるように言葉を紡ぐ。
「それに、こっちの世界ではあたし達が道を示してあげたんだから、今度はそっちの番よ?まさか拒否する気じゃないでしょうね?」
村田は少し驚いたように彼女を見たが、すぐにふっと笑みを漏らした。
「わかったよ、ちゃんと案内してやるから。ありがとうな、ちょっと戻ることに前向きになれたよ」
ケイラは満足げに腕を組み、「それでよし!」と頷く。
二人の言葉は軽妙ながらも、その中に信頼と温かさがにじみ出ていた。
外の寒さを忘れさせるような穏やかな空気が、ストーブの柔らかな灯りとともに部屋に満ちていった。