労働の恐怖
「業務..?何それ..どういうこと?」
ケイラは眉をひそめ、戸惑いの色を隠せないままセトを見つめた。
セトは冷静に首をかしげ、さらりと続ける。
「おや、村田さんから何も聞いていないのですか?明日から一週間村田さんが不在の間警察署の業務の手伝いをする件について」
ケイラは一瞬その言葉を飲み込めず、目をパチパチと瞬かせると、視線を村田に向けた。
顔を少し伏せてから、無言で手招きをする。
「村田..こっち」
村田は少し不安そうにしながらも、ケイラの元へ歩み寄る。
だが、射程距離に入った瞬間、ケイラの手が素早く村田の首を掴み、そのままぐっと引き寄せられる。
「どうしてこうなったのか一から説明してもらえる?」
声は抑えられているが、その低いトーンには圧がこもり、村田の顔には冷や汗が浮かんだ。
「いや悪かったって..ちゃんと説明するから離してくれ」
村田は申し訳なさそうに言いながら、手でケイラの腕を軽く押した。
ケイラは睨みを利かせたまま、数秒だけじっと村田を見据え、仕方なさそうに手を離した。
「で?」
村田は喉を軽くさすりながら、小さく息を吐いて説明を始める。
「明日から俺入院するだろ。で、お前ら二人きりだと色々と心配だから警察署で一週間預かってくれないかって依頼したんだ」
ケイラは目を細めて聞いていたが、すぐに眉を跳ね上げて抗議した。
「それがどーして仕事の手伝いにまで発展したのよ!」
村田は肩をすくめ、手を広げて弁明する。
「『折角なら業務のお手伝いとして来てほしいです』とか言われちゃったんだよ!向こうからの要望受け入れない訳にもいかないだろ!」
目線をどこか泳がせながら、若干居心地悪そうに言い訳を続ける。
「てか明日から何するかとか考えてたのか?無いならいいだろ、警察ならリベルタスについて詳しいだろうし、色々情報貰えて有意義だと俺は思うけどな」
村田の冷静な一言に、ケイラの肩が僅かに落ちる。
「はぁーーもう..いいわ、やってやるわよ!」
彼女は声を荒げながらも、どこか諦めの色を滲ませて承諾する。
その一方で、村田にじりじりと近づき、意味ありげな低い声で付け加える。
「村田、入院期間一週間で済むといいわねぇ?」
「うんもう何でもいいよ..まぁこっちも急で悪かったな、明日から頼むよ」
村田は思わず一歩後退し、軽く苦笑を浮かべながら肩をすくめた。
セトはそれを見て、静かに問いかけるような声を上げた。
「話は終わりましたか?」
「えぇ、明日朝7時からここね」
ケイラは時間を確認すると、ふと思い立ったようにセトに顔を向けて尋ねた。
「ねぇ、ちなみに給料って貰えるの?」
その質問にセトは一瞬間を置き、淡々とした表情で首を傾げながら言いかけた。
「ケイラさんにはお渡ししませんよ?なぜなら貴方は犯ざーー」
だがその瞬間、ケイラがキネティック・サージを発動させ、一瞬でセトの目の前に現れる。
「だぁーーっ手が滑ったー!」
ケイラの顔には焦りが見えるが、その手はセトの口をしっかりと押さえ込んでいる。
「どうした急に!?」
村田は驚き、ケイラとセトを交互に見つめる。
セトは手で口を塞がれ、目を丸くしながらも必死に抵抗しようと身をよじる。
「んんっ、んー!」
体を振るわせて反撃しようとするが、ケイラの力が強く、動きを封じ込められている。
ケイラは焦った表情を一瞬見せたが、すぐに場を収めるように大声で言い放った。
「あぁもうこんな時間!ほら、村田さっさと帰ってぐっすり眠るわよ!睡眠不足は仕事のパフォーマンスに影響有り!」
セトを抱きしめるようにして塞いでいた手をぱっと離すと、ケイラは猛ダッシュで出口へ向かった。
「おぉい待てって!すみませんセトさん、明日からよろしくお願いします!」
村田は慌てて礼を済ませ、ライトを背負い直すとケイラを追いかけてその場を後にした。
「あぁはい..騒がしい人たちですね」
セトは解放された口を手で拭きながら、呆然とその場に立ち尽くした。