剣術指導開始
建物の一角に設けられた広めの屋内施設は、
どっしりとした石造りの壁に囲まれ、余計な装飾のない質実剛健な雰囲気が漂っている。
照明は明るすぎず、少し抑えた温かい色のランタンが天井から等間隔で吊り下げられており、
空間全体を落ち着いた光で包んでいた。
床には古い傷や擦れた跡が無数に刻まれ、
ここで積み重ねられてきた鍛錬の痕跡がありありと感じられる。
壁際には、使い古された木製の剣が整然と並べられ、施設の秩序が保たれていることを物語っている。
「おお結構しっかりとしてるんだな。あ、俺らは邪魔になるからこの辺で見ておこうか」
村田は施設を見渡しながら、ライトに向かって言いながら壁際に移動する
セトは静かに歩み寄りながら、壁に立てかけられた剣の中から二本を取り、
そのうちの一つをケイラに手渡した。
「ここでお願いします。剣はこちらを..」
ケイラはセトから木製の剣を受け取ると、その重さを確かめるように手のひらの中で転がした。
「中々いい場所ね。木製ではあるけど、こうして剣を持つのもなんだか久しぶり」
彼女は小さく笑いながら、視線をゆっくりと施設内に巡らせた。
「刀身は..ちょっと短いけど大丈夫ね」
足元を軽く踏み鳴らし、床の硬さを確かめるようにしながら、剣を手でひゅんひゅんと軽く振ってみる。
その動きには無駄がなく、自然に身体が剣の操作に馴染んでいることが伺えた。
セトは彼女の様子を一瞬じっと観察し、その自然な動きに軽く頷いた。
「ではお願いします。恥ずかしながら剣術に関しては素人でして、まずはどこから始めたらよいでしょうか?」
「よし、まず構えてみて」
ケイラはセトの目をじっと見据え、促すように手で示した。
セトは少し戸惑いながらも、木剣を握り、両手をへそあたりの高さに構えた。
「こう..でしょうか」
所謂、中段の構えを取ったが、肩や腕の動きにはどことなくぎこちなさが残る。
ケイラはその姿をじっと観察し、軽く頷いた。
「教科書通りの構えってところね、まぁいいんじゃない。じゃあ早速実践よ、私に攻撃を当ててみなさい」
彼女は少し微笑むと、両手を広げて挑発的に言った。
「い、いきなりですか。あの、振り方とかについては―ー」
セトは困惑し、眉をひそめながら慎重に問いかけた。
ケイラは溜息をつきながら声を荒げた。
「あのねぇ、そんな素振りばっかりやったってしょうがないでしょ!動かない敵なんていないの、だからとにかく対人経験を沢山積むのが大事」
その声には情熱が滲んでおり、彼女の言葉がただの叱咤ではないことを感じさせた。
「ま、特別にここから動かないであげる、反撃もしない。だから..殺す気で斬りかかってきなさい!」
その言葉は挑発そのものであり、目にはわずかに遊び心が垣間見える。
セトは一瞬だけ息を止めたが、すぐに覚悟を決めたように深く息を吸い込み、握る木剣に力を込めた。
「わかりました..では!」
声を張り上げ、勢いよく一歩踏み込む。
彼女の小柄な体が全力で動き、木剣が高く振り上げられた。
力を込めた一切迷いのない一撃――だが、その剣はケイラの剣によってあっさりと受け止められる。
「へぇ、思ったより力あるじゃない。やっぱり見かけで判断しちゃだめね」
ケイラは木剣を持ち上げるようにしてセトの剣を押し返し、軽く体幹を崩した。
その動作は驚くほど軽やかで無駄がない。
セトは押される感覚に一瞬驚きながらも、すぐに体勢を立て直した。
「余裕で受け止めておいて..皮肉ですか?」
やや苛立ちを込めた口調で問いながら、鋭い視線をケイラに向ける。
「ただの賞賛よ、ほら、退屈させないで」
ケイラは挑発的に言い放つと、木剣を軽く振り上げ、再び無防備な姿勢を取る。
セトはそれを見て気持ちを奮い立たせ、先ほどよりも強く踏み込みながら言い返した。
「言われなくても!」
今度は上下左右、変則的な軌道で次々と斬撃を放つ。しかし、ケイラはその場から一歩も動かない。
木剣が弧を描くたびに、ケイラの剣は正確にその進路を読んで軽やかに受け流していく。
その動きは驚くほど簡潔で、美しさすら感じさせるものだった。
彼女の目は冷静にセトの動きを追い、その表情には余裕の笑みが浮かんでいる。
「ふふ、悪くない攻撃よ」
その言葉を口にしながらも、彼女の動きは変わらず優雅で余裕に満ちている。
「けど、その程度じゃ当てるのは無理ね」
ケイラは薄く笑いながら、余裕たっぷりの態度を崩さない。
視線には挑発が込められており、セトにさらなる奮起を促しているようだった。
セトは荒い息を整えながら木剣を下ろし、視線を鋭くケイラに向けた。
「わかりました....では、貴方ならどう攻撃するんですか?実際に見せてくださいよ」
ケイラは一瞬目を丸くし、少し戸惑いの表情を見せる。
「反撃をしろってこと?でもそれは..」
口ごもるケイラは、どこか乗り気ではない様子で視線を逸らした。
しかし、セトは真剣な眼差しを向け、低く冷静な声で返す。
「『動かない敵は居ない』といったのは貴方ですよ?」
その一言が、ケイラの肩をわずかに震わせた。
「はぁ..わかった。じゃあこっからは反撃アリ、ただ攻撃前に狙う部位は教えてあげる、それくらいのハンデは無いと」
ケイラは面倒くさそうにため息をつきながらも、木剣を握り直した。
彼女の態度は依然として軽く見えるが、その手元には鋭い気迫が漂い始めていた。
セトは静かに頭を下げ、再び剣を構えた。
「ありがとうございます、では参ります」
彼女は小さな体を引き締め、再度木剣を握りしめて踏み込んだ。