訪問者
扉がノックされる。
軽やかながらもどこか規則的な音に、村田は眉をひそめた。
「こんな時間に誰だ?」
彼は若干警戒しながら椅子から立ち上がり、扉へと向かった。
「すみません、どなたでしょうか?」
村田は扉の前で立ち止まり、慎重に声を掛けた。
「アストリア南部地区警察署のセトです。ケイラさんに用があって伺いました」
扉の向こうから、澄んだ少女の声が返ってきた。
「警察ですか?その、用事というのは一体..」
村田の表情には動揺が浮かび、聞き慣れない少女の声と、
警察という単語、さらにケイラ宛の訪問という状況に混乱していた。
頭の中で何かが引っかかるような感覚を抱きつつ、ドアノブに手をかけることすらためらってしまう。
「村田さん、まずはケイラさんを呼んで頂けますか?その方が話は早いかと」
セトの声は冷静で、無駄のない言葉に村田の困惑をさらに煽る。
村田は戸惑いながらも一度頷き、背後を振り返る。
(なんで俺の名前を知ってるんだ..?)
頭に浮かんだ疑問を一旦飲み込むと、大きく息を吐いてケイラに声をかけた。
「ケイラ、お客さんだ。警察のセトさんという方なんだが..」
呼びかけながら村田は心のどこかで不安を拭えず、ケイラの反応をじっと待つ。
その声に、テーブルの向こうにいたケイラがピクリと反応し、顔をしかめた。
「げっ..そういえば今日からだった..い、今行くわ!」
そう呟くと、焦った様子で立ち上がり、髪を軽く整えながら村田の方に駆け寄る。
「はいはいお待たせ..うわ本当にいるし」
ケイラが扉を開けると、そこに立っていたのはセトだった。
彼女を見た途端、ケイラの顔に明らかに嫌そうな表情が浮かぶ。
セトはその反応に眉を寄せ、軽くため息をつきながら、冷静に切り返す。
「いきなり失礼ですね。あぁ、貴方が村田さん..初めまして」
ケイラを横目で見つつ、村田に向き直って丁寧にお辞儀をした。
村田はその丁寧な態度に少し居住まいを正しながら返事をする。
「えぇこちらこそ。えっとすみません、二人はどういった..」
セトは無駄のない動きで軽く背筋を伸ばすと、落ち着いた声で続けた。
「今日の事については彼女からお聞きしましたか?その成り行きではあるのですが、彼女のご厚意で今日から剣術を教えていただくことになったんです」
「剣術?」
村田はその単語に少し目を見開きつつ、記憶を辿る。
(あぁ、そういえば剣術家の生まれだったなこいつ..)
「へぇ、警察の方に教えるなんてやるな」
村田はわざとらしく感心したような口調で言いながら、ケイラをちらりと見て軽く頷いた。
その時、ライトがバタバタと音を立てて三人の方に駆け寄ってきた。
「ねぇ、僕も見たいんだけど付いて行っていいよね?あ、小さなおねえさんだ!」
彼の顔には純粋な興味と無邪気さが浮かび、セトを指さして笑顔を向ける。
ケイラはその言葉に思わず吹き出した。
村田は少し恥ずかしそうに眉をしかめ、ライトの頭を軽く叩いた。
「すみません..うちの子が失礼なことを..」
そう言いながら、ライトの頭を軽く押さえつけ、無理やり彼の頭を下げさせた。
「全然....気にしていないので。あと皆さん来てもらって大丈夫ですよ」
セトはそう答えたが、その微妙に引きつった表情は、実際には内心気にしている様子を物語っていた。
「えぇ来るの?見られるの恥ずかしいから嫌なんだけど..」
ケイラはわざとらしくそっぽを向き、腕を組みながら不満を口にした。
「なるほど、貴方の剣術はとても人様に見せられるものではない..その程度の出来ということですか。それは残念ですね」
セトはその言葉を、先ほど笑われたことへの仕返しのように冷たく放った。
「はぁ違うんですけど!」
ケイラはカッと顔を赤らめ、勢いよくセトに顔を近づける。
「あんたがボコボコにされる様を見せたくないっていう意味よ!あたしの気遣いに感謝なさい!」
その言葉を、声を張り上げながら吐き捨てるように言った。
「あぁそうでしたか、お気遣い感謝します。そういう事なら問題ないですね、では行きましょうか」
セトは嫌味っぽく微笑み、わざとらしい礼を見せた。
ケイラは唇を尖らせ、怒り混じりの声で言い返す。
「はっ望むところよ!..ほら、二人も行くんでしょ、早くして頂戴!」
彼女は振り返り、村田とライトを急かすように手を振った。
ライトは二人のやり取りを見上げながら、
少し困惑した表情を浮かべ、村田の方に顔を向けて小声で尋ねた。
「おねえちゃんたち怖いね..女の人はいつもこんな喧嘩してるの?」
村田は片眉を上げ、肩をすくめて答えた。
「ただのじゃれ合いだろ..いやむしろ案外..仲良くなりそうだけどな」
彼の顔には少しおかしそうな笑みが浮かんでいた。