平穏な朝
ライトは物音に反応してゆっくりと目を開け、朦朧とした視界に村田の姿が映る。
村田はストーブに向かい、静かに燃料を追加していた。
その動作は落ち着いており、ストーブから漂う僅かな暖かさが部屋に広がっていた。
「..シュンおはよう。早いね」
ライトは体を起こし、少し眠たげな声で挨拶をした。
村田は振り返り、彼の顔を見て微笑んだ。
「おはよう。夜は寒くなかったか?」
「あ、あはは..おねえちゃんがずっとくっついててすごく暑かった..今もだけど」
ライトは苦笑いを浮かべ、そっと布団を捲ると、そこにはケイラがしっかりとライトの腰に抱きついた状態で寝息を立てていた。
彼女の呼吸は規則正しく、穏やかな眠りの中にいる様子がうかがえる。
「えぇ..変なことされてないよな?」
村田は軽く眉をひそめ、ライトを気遣うように問いかけた。
彼の声には、若干の不安と警戒が混じっていた。
ライトは村田の言葉に応じて、少し考え込むように昨日の夜のことを思い返した。
「されてない..と思う。ベッド入ってすぐに寝ちゃってたから」
「そうか。まぁこうしてゆっくり休めたのも数日ぶりだから、それどころじゃなかったんだろうな」
村田は少し安堵したように肩の力を抜き、安心感を滲ませながら言った。
ふと二人の間に沈黙が訪れ、どちらも言葉を発しないまま、部屋にはストーブの静かな燃える音だけが響く。
村田はその静寂を破るように、少し躊躇いがちに言葉を切り出した。
「なぁ..ライト。昨日あの彫刻を見たとき何かあったんだろ?教えてくれないか」
ライトはその問いに驚き、少し怯えたように瞳を伏せた。
村田に話して良いものか迷ったが、彼の優しい表情に心を開こうと決意する。
「実は..そうなんだ。あれを見たときね、何故かはわからないんだけど..急に怒りが湧いてきたんだ。絶対に許さないっていう感情でいっぱいになって..」
ライトの声が少し震え、視線を下に落とすと、手が自然と固く握られていることに気づいた。
村田は、余計な口を挟まずに、ただじっと耳を傾けていた。
その眼差しには、ライトの不安と悩みに真摯に向き合おうとする覚悟が宿っていた。
「この前マラキと戦ったことも正直..全然覚えていないんだ」
ライトは顔を上げ、村田を真っ直ぐ見つめた。
その目には不安と、心の奥に抱えた葛藤が浮かんでいる。
「最近感じてきたんだけど、僕ってやっぱり変..だよね」
彼の声は弱々しく、肩もどこか小さく丸められていた。
自分が他者と違うことを感じてきた今、その不安が彼の胸の中に渦巻いているのだ。
村田はライトの小さな肩を見つめ、静かに笑みを浮かべると、優しく語りかけた。
「まぁ、確かに変な奴ではあるな..けど別に気にする必要は無いだろ、今までだって変な奴らとばっかり会ってきたしな」
村田の視線は布団の中でぐっすり眠るケイラに向けられ、少し微笑む。
「お前にくっついてるそいつなんか特に..」
村田はそう言いながら、少し茶目っ気を含んだ視線でライトを見やった。
ケイラの寝顔を見ながら、心の奥が温かくなっていくのを感じる。
彼女の安心しきった顔に、ライトも自然と穏やかな気持ちになっていった。
村田は少し昔を思い出すように目を細め、軽く肩をすくめながら続けた。
「みんなそれぞれ違う部分はあるもんだ。俺も若い頃はそのことで結構悩んでたよ。けど、その違う部分を補ったり、受け入れてくれる奴は絶対いる」
村田の言葉には、彼自身が経験してきた葛藤と、そこから得た教訓が込められていた。
自分が見つけた答えを、ライトにも伝えたいという優しい思いがその表情からも伝わってくる。
村田はライトの目をまっすぐに見て、まるで希望を灯すような優しい笑みを浮かべた。
「だからさ..あんま周りを見すぎるな、ライト。お前はお前らしく生きればそれでいい。そんなお前を俺らは支えてやりたいと思ってるからな」
「自分らしく..うん、わかった!..ありがとうね、シュン」
ライトは村田の言葉に、心がじんわりと温かくなるのを感じた。
気が付けば、手の緊張もほぐれ、肩も軽く感じるようになっていた。
そして、胸の奥から湧き上がってきた小さな勇気が、彼の心を柔らかく包み込んでいる。