初めての朝
目を覚ました瞬間、村田は天井を見つめながらしばらく動けずにいた。
頭の中がまだ眠気と混乱の狭間を漂っている。
(夢じゃ、なかったんだな)
まぶたをゆっくりと持ち上げ、何度か瞬きを繰り返す。
毛布を押しのけながら足を床につけると、ひんやりとした感触が足裏に伝わる。
寝起きのだるさに肩を回しつつ、手の甲で軽く目をこする。
シーツの柔らかな肌触りが、現実を確かめるためのもう一つの証明のように感じられた。
窓の外から差し込む淡い光が、床に斜めの筋を落としていた。
村田は体をゆっくりと伸ばし、ベッドから立ち上がる。
キッチンではグレイスが手際よく調理器具を扱っており、
どこか懐かしい匂いが空気に混ざって漂っていた。
「グレイスさん、おはようございます」
はっきりとした声で村田は挨拶をする。
「おはようございます。昨晩はゆっくりと眠れましたか?」
グレイスは振り返りながら、落ち着いた声で応じた。
その顔には、昨日と変わらぬ穏やかな微笑が浮かんでいた。
「はい、おかげさまで」
村田は軽く頭を下げながら、自然と口元に笑みが浮かぶ。
まだ身体の芯に緊張は残っているが、
グレイスの柔らかな雰囲気に少しずつ心がほぐれていくのを感じる。
彼は深く息を吸い、軽く伸びを一つ。
肩と背中が軽く鳴り、少しずつ体も目覚めていく。
「それは良かった。私の服をお貸ししますので、そちらに着替えてください」
「ありがとうございます」
丁寧に礼を述べた村田は、用意された衣類に目を通し、紺色のシャツとベージュのズボンを選んだ。
動きやすさと落ち着きのある配色に、少し安心感を覚えつつ、
もともと着ていたワイシャツを丁寧に畳んで脇に置いた。
「私はライトを起こしてきます、ここから声掛けても全然起きてくれないので..」
やがて、グレイスが片手で誰かの小さな手を引きながら、
眠たそうなライトを連れて階段をゆっくりと降りてきた。
「んぁ、シュンおはよー」
ライトはまぶたを半分しか開けておらず、
夢の続きをまだ引きずっているような、とろんとした表情だった。
「あぁ、おはよう」
村田はその様子に思わず微笑を漏らす。
子どもらしい無防備さに、心がほっと緩む。
「その服、よく似合っていますよ」
グレイスが村田を一瞥し、満足そうに頷いた。
「ささ、二人とも顔を洗って朝食としましょう」
手を叩いて促すグレイスの声に、ライトは口をわずかに動かしながら――立ったまま眠っていた。
「..zzz」
「ほーらライト、立ちながら寝ないでください」
グレイスが優しくライトの頭をぽんぽんと叩くと、
ライトは目をしぱしぱさせながら、ようやく現実の世界へと帰ってきた。
こうして、村田の新たな一日が静かに、しかし確かに始まろうとしていた。