アドリア大陸
村田はグレイスから伝えられた『アドリア大陸』についての情報を頭の中で整理しようとした。
しかし、その内容は想像をはるかに超えるもので、考えれば考えるほど理解が追いつかない。
(大陸全体を覆う透明な壁..?出入りが不可能?)
村田はカップを持つ指に力を込めた。
話を聞きながら、手のひらにじんわりと汗が滲むのを感じる。
「その..壁はどれくらいの高さまで続いているんですか?」
グレイスは静かにカップを置き、少しだけ考え込むように視線を落とした。
「気球を用いた測定が何度か実施されたようですが、ある地点で乱気流に呑まれ正確な高度はわかっていません」
村田は息を呑んだ。
まるで、この大陸全体がガラス玉の中に閉じ込められたような状態ではないか。
自分が今どこにいるのか、どうやってここに来たのか、ますます分からなくなる感覚に襲われる。
「なら、地面の下は?掘り進めたりは?」
グレイスは僅かに眉を上げ、静かに答えた。
「当然地面を掘り進めた者もいましたが、深層部に近づくにつれ高温に見舞われるという点と、資金面の問題で断念していますね」
村田は背筋に薄ら寒いものを感じた。
完全に閉ざされた空間、この大陸の人々にとってそれは当たり前の事実なのかもしれないが、自分にとっては違う。
この閉じ込められた大陸は"世界のすべてであり、外という概念すらないのかもしれない。
「じゃあ..俺はどうやってここに..」
村田はぽつりと呟いたが、自分でもそれが答えの出ない問いであることは分かっていた。
軽くうなった後、グレイスは申し訳なさそうに言葉を選びながら答える。
「そればかりはわかりませんね、恐らく前例もありませんし..」
グレイスのその言葉を聞いて、村田は"当然だよな"と内心で苦笑する。
「そうですよね..とりあえず、この大陸については大体理解しました」
一度冷静になろうと、村田はカップの水を口に含んだ。
少しぬるくなった水が喉を通り、少しだけ頭がクリアになる。
だが、彼の中にはもう一つ衝撃を受けたことがあった。
それを確認せずにはいられなかった。
「次に、『魔法』というものについてお聞きしたいのですが」
グレイスは一瞬だけ目を細めた後、静かに微笑んだ。
「それを聞くということは、外の世界には魔法が存在しないんですね」
村田は軽くうなずく。
「魔法というのは、血液中に含まれる『魔素』と呼ばれる物質を別のエネルギーに変換する技術のことです」
(血液中に魔素..?)
これまで生きてきた中で、そんなものを意識したことなどなかった。
当然、自分の体にはそんなものは存在しないはずだ。
それとも、自覚がないだけで、実は少しはあるのだろうか。
そんな考えがふと頭をよぎる。
「具体的にはどんなエネルギーに変換させられるんですか?」
ちょっとだけ自慢するように、微笑みながら答えた。
「主に火・水・風・電気の四つですね。火と水は便利ですよ、料理で使えますし」
「そうなんですね、確かに出来ると光熱費節約できるしなぁ..」
村田は呟きながら、思考を巡らせる。
(魔法ってそんなに日常的に使われてるのか..)
自分が思い描いていた魔法とはまるで違う。"超常的な力"というより、"便利な道具"のように人々の生活に溶け込んでいる。
グレイスはふと何か思いついたように、わずかに身を乗り出した。
「そうだ、明日ぜひライトの魔法特訓を見学してみてください!実際に見てもらった方がよいと思いますよ」
既に一度ライトの魔法を目の当たりにはしていたが、それがどういう理屈で成り立っているのかまでは分からない。
明日、その答えが少しでも得られるかもしれない。
そう思うと、少し気が楽になった。
「えぇ、そうさせてもらいます!」
ふと、村田は自分がだんだんと眠気に襲われていることに気づいた。
会話を続けたい気持ちはあるが、異世界に来てからの新鮮な体験の連続で、体も頭も限界に近づいていた。
「そろそろ休まれますか?」
グレイスが穏やかな声で問いかける。
「..そうですね。今日は色々とありがとうございました」
グレイスの気遣いで、村田はベッドを使わせてもらうことになった。
未知の世界で眠りにつけるか心配だったが、布団に体を沈めた瞬間、その不安は吹き飛んだ。
どっと押し寄せる疲労感に抗う余裕もなく、村田はすぐに深い眠りに落ちていった。