第9話 同士っ!?
ここは聖騎士団副団長の部屋……。
モーリーに案内されて、中には部屋の主であるマリアーナの他に、アルバートとロディ。そしてマーカスまでいた。
「……お招きいただき……」
私がそう言いかけると、笑顔のマリアーナが私の右手を、両手でぎゅっと握ってきた。
「よく来たなリューリっ。でも、少し遅かったみたいだが……」
マリアーナに迎えられて、モーリーがフロテリューダとの話を部屋に集まっているメンバーに話す。
☆☆☆☆☆
「……まるで何かを確かめたいがために、リューリに接触した……ともとれるな」
「私……あの人になにかしたのかな、と」
マリアーナがフロテリューダとの会話の内容の感想を述べるが、フロテリューダとリューリの間にこんな関係は小説の中では一切出てこない。っつーか、書いてないっ!
それにカトルアン領の重要性も、辺境の領地というだけで、あの悪役がこんなに関わってくることはなかったのに……。
なんだろう。何かのゲームの中に転生したとか、漫画の中とか、小説の中とか……。それに何も知らない異世界だったとしても。こんな気持ちにならないと思う。
自分が作った世界と拘っているからいけないのかなぁ。本当に色々とこのモヤモヤが気持ち悪い。
本当は元々この異世界は存在していて、私はたまたま自分で考えたと思って、この世界を舞台に自分の考えた物語と勘違いして書いていた……ということなのかな?
あ。この考えは、皆が会話している中でしているように頑張っている。まぁた一人で思考トリップしてツっこまれるの嫌だし。
「フロテリューダ伯のことは、注視していることにこしたことはないな。
実はな、リューリ。別の問題が勃発してな……」
「……はい?」
「何も勃発なぞしていない」
モーリーが慌てていたから、何かあったのかと思っていたけど、マリアーナもそれを匂わすことを言ってきたと思ったら、アルバートが即答して否定した。
「どうしたの、アルバート?」
「リューリからも説得して。アルバート、今年中に騎士団を辞めて、君の領地経営を手伝うって言い出しているんだよ。騎士団長への昇進の話も断っているって……」
と、ロディが告げる。
えっえええええぇっ!!ちょっと待てって!!
あなたは来年には、騎士団長になる人でしょうがぁっ!!
「……アルバート……そんなに私は頼りない、かな?」
「違う。まったくの逆だ……。以前の君ならこんな話をしたら、正直、小躍りして喜ぶと思う。
それが自分は頼りないかと言ってくるぐらいに、自分自身のことを考えている。
だからこその退団の話だ。俺がタロトローラ領の強化に乗り出せば、カトルアン領の後ろ盾になれる。
しいてはこのトリアンド王国とコレタート王国の国境の防衛強化も出来るはずだ。
カトルアン領だけで解決する話でもないからな。そう考えてのことだ」
穏やかで、それゆえに揺るがない強い決意が感じられる笑み。
こんなアルバートもサイコーなんだけど……もう、私の書いた物語が、だんだんと原型をとどめないほど変わり始めてる……。
「どうした、リューリ?」
「……大丈夫ですか。リューリ様……」
マリアーナと、私の後ろにいたユトが私の心配をしている。
「本当だったら……止めたいけど。こんなアルバート。私は止めることが出来ない……」
どこか『林田香織』の答えになった。
誰かが辞めたら、お店が大変になる。みんなが困る。でも、その人にはその人の予定が、考えがある。
辞めたいという人は仕方がないというのが、私――『林田香織』の考えだった。
今、アルバートが騎士団を辞めたいという。きっと、騎士団の皆も困るだろう……。
でもアルバートは、もう決めているみたいで。ただ、これは私の小説の中にはないことだ。
私の小説は――私がこうして動いていること自体、もうそれは私の書いた小説から外れている……。
「やっぱり、お前は俺の知っているリューリだ……」
「……え?」
俺の知っている『リューリ』って……?
「甘えん坊なところがあるが、人の考えを大事にする……お前らしいよ」
ああ、そういうことか。『リューリ』にも、そういうところがあったんだね。
信じられないほどのアルバートの優しい、優しい笑み――すごくステキ……。なんだけど。
「そんな寂しい顔をするな。わかった……騎士団の退団の話は熟考しよう……」
「ほ、本当にっ!?」
ロディが安堵の表情となる。モーリーは深いため息をついた。
「ただし、騎士団長の話は断る。そして、俺の隊がカトルアン領とタロトローラ領常駐の守護の役目を陛下に進言する。それは誰にも譲らない。それが条件だ」
「……アルバート様。そんなにリューリを困らせるのがお好きですかね?」
マーカスが真顔でアルバートに話した。
「どうしてそう思う?逆のつもりで言ったんだがな」
「いや。リューリは困ってますよ。騎士団最強の騎士……。それがリューリの憧れであり、心の支えでもあるでしょう。それが自分を理由に崩されるのは、聞く側にも相当な勇気と覚悟がいるもんですよ。
心構えなしに、そう言われるのも大変ですよ」
……マーカス。嫌なほど、ピンポイントでついてくるなぁ。
「……ありがとうマーカス。でも……アルバートも考えて、考えて、決めたことだと思うから」
「あんたはそれでいいのか、リューリ……」
私の書いた小説から外れたことをするのを止めて。と、でも言えばいいのだろうか?
「私は……アルバートの意思を尊重する。と、しか言いようがないもの」
「……この国の人から色々恨まれるかもしれないよ。最強の騎士を辞めさせやがって、って」
「えーーっ。それ私のせいっ?」
絞り出した意見を、マーカスはあっさり否定してくれる。
この国の民から恨まれることを失念してた。それもあるかぁ。アルバートはこの国の憧れでもあるわけだし。でも。
「でも、アルバートも人だから。押し付けたくないし、この国の人からそんなに恨まれるのなら、この国から逃げ出そうかな……」
そうか。追放ルートあるもんね。っていうか、それがリューリの末路……なわけで。
「その時はリューリ様についていきますからご安心を」
ユトがさりげなく肯定してくれる。
「どこの国に逃げるか教えてくれるか?家でも用意してやるよ」
これはマーカス。もう逃げ出すことが前提か?
「……お前ら……。俺が辞めることで、そんなことになるものか。安心しろ」
「まぁ、最悪ってことで」
渋い顔のアルバートに、私は引きつり気味の笑みで答える。
できれば、今の段階でそうにはなりたくないし。
マリアーナに手を出したわけでもないのに、どうして逃げ出すことになるのか。
「とりあえず、アルバートの退団は回避できたということか。団長の話は今でなくとも良いだろう。
今日はリューリの相続の書類のことで来てもらったんだ。これからお父様の所へ行こう」
「……は?」
マリアーナ……今、なんて言った?
あなたのお父様は、現国王陛下でしょ?なんで、辺境の領地の跡継ぎごときが、国王陛下に会うことになるのっ!?
「今日、お父様の予定が空いていたんだ。そして、私も頼みたいこともある」
あんな話をした後なのに、なぜかご機嫌のマリアーナ。
……やっぱり、今日のこの話は断るべきだったのかなぁ……?
☆☆☆☆☆
副団長の部屋を出て、廊下を歩いてしばらく。
「そうだっ。部屋に忘れものをしてしまった。すまないが、取りに行ってくる。リューリ、悪いがつきあってくれ」
「……はぇっ!?」
何も言わせず、マルアーナは強引に私の左手をぐいっと引っ張り、歩いてきた廊下を元に戻っていく。
「……忘れ物って……女性特有のものかね?」
そう言ったのはロディ。
「さぁ。あんまり追及しない方が……」
モーリーが肩をすくめて呆れていた――と、あとでユトから聞いたんだけどね。
「ちょっと……マリアーナ……」
無人だった副団長の部屋に逆戻り。
私は突き飛ばされように、部屋の中に押し込められた。
「すまない、リューリ。君と二人きりになりたくて……」
そう言いながら、扉の鍵を閉めないでっ!!怖いわよ、マリアーナっ。
無意識にマリアーナから後ずさりしてしまうと、マリアーナは「襲ったりしないから」と苦笑いをしている。
「これは……どういうことですか?」
「なかなか君を二人きりになれないから、強引にな……。
君にどうしても言っておきたいことがあったんだ」
「……私に話って……?」
少し思いつめた表情にも見える。……ちょっと。まさか……告白とか。ま、まさか……。
「私は君を助けたい……」
「はっ。あの、フロテリューダ伯から……!?」
「いや……これから、君には信じがたいことを、手短に話す……信じるか信じないかは君しだいだ」
「え……やだ。マリアーナ様、都市伝説とか止めてね……」
あまりに真剣なマリナーナの顔と態度と言葉に、つい。そんなことを言ってしまう。
「やはり君は、『前世』を知っているのかな?」
――あ。ちょっと……待って。今、ここで?そうだよ……彼女は『春名楓』。
私の書いた小説の主人公……。私と共通の記憶を持っていてもおかしくないじゃない。
どうして……私は警戒しなかった?あのユトへの言葉を、マリアーナは知っている素振りを見せていた……。
「ぜ、前世って……」
どうする……?ここでマリアーナにネタバレするのか?実は私はこの世界の『創造主』って、これは奢っていると反省したばかりだ……。
でも、私が書いた小説の世界なんですよ……って。
……ブクマゼロの……まるっきり人気が、まっったくなかった投稿小説なんですよ……あ。悲しくなってきた。
「あの……高熱出してから……記憶がおかしいんです。過去の記憶が思い出せないのに……その。まったく知らない世界らしい……記憶見たいのが見えたり……まさか、これがマリアーナ様も?」
曖昧な思考の中で、口をついて出た言い訳が、これ。ものすごく苦しい……。
「そうか……。もしかしたら、その熱を出した時に、異世界から別の誰かに生まれ変わった、『転生』した……と言えるのかもしれないな。
私は……生まれた時から『前世』の記憶があってな。
君の行動を見ていたり、時々、私の覚えている前世の記憶で知っていることを口にしたり……もしかしたら、と、うれしくなってしまった。
君はその記憶で、知らない記憶の持ち主の名前とかはわかっているのか?」
本当は頭の中が真っ白で――。マリアーナにそう言われたときは、無意識に首を大きく左右に振っていた。
『林田香織』とは言えなかった。ちなみにペンネームは『林ひびき』。意味は特になくて……響きがいいから、かな?これはどうでもいいけど……。
「そうかぁ。わざと隠しているという感じはないものな。
すまない……。つい、仲間意識を感じていたのかもしれない。
ちなみに私の前世の名前は――」
知っている。『春名楓』だよね……。
「城田桜。お城の城に田んぼの田。花の『桜』で『城田桜』だった。今は十八だけど、最後の時の記憶は二十ニだったな。
まだ大学生だったんだ。就職は内定していたんだけどね……」
はにかむマリアーナ――ちょっと、待ってよ……ねぇ、待って……。
何がどうして、どうなっているの?
私は……ここはなんなの?
「リューリ……よく聞いてほしい。ここは……たぶん、私が死ぬ少し前に見つけて読んでいた、大好きな小説の世界と一緒なんだよ。
そこでは君は、ニ十歳の時に……死んでしまう……私はそれを何としても回避したい。
この小説の作者の人は、マリアーナとアルバートを結び付けたかったのだろうが、私は君とアルバートがお似合いだと思っていた。
何より、君が死んでしまうことが嫌だった……。
私は、そのフラグを回避したい。そして……おそらくだが、君の前世の記憶の主は『春名楓』。
本来は君が『マリアーナ』として転生するはずだった。私が何かの間違いで『マリアーナ』として転生してしまった。だから君がアルバートの幼馴染の『リューリ』に生まれ変わってしまった。
作者の『林ひびき』さんには悪いが、私は『マリアーナ』として君と『アルバート』と応援するし、君が死んでしまうバッドエンドは回避する。
だから私に協力してほしい。頼むっリューリっ!!」
マリアーナが……前世名『城田桜』さんが……。すごい真剣な顔で迫ってくるぅ!!
ねぇぇ……これ、どんな『答え』が――正解なのぉ!?