第5話 禁断の出会い?
マーカスとの出会いから、翌日。
昼には到着すると言っていたから、ささやかながらの昼食を用意して待っている。
「リューリ様……これだけは守ってください。マーカス殿を信頼するのはまだ早い……」
朝からユトの小言――もとい、注意が続いている。
「うん、わかってるユト。でもこれから先に進むために、マーカスとの出会いはいい機会かもしれないと信じたい。ごめんね、楽観主義で……」
「……わかりました。私も何度もしつこかったです。リューリ様がそこまで理解されてやろうとなさっていることを、お止めすることはございません」
「ありがとう、ユト。そういうユト大好きだよ」
「……あ、ありがとうございます」
ちょっとやりすぎかな?でも、私をいつも心配してるから、これぐらいはいいよね。
ユトって以外と照れ屋なのかな。顔が真っ赤。うん、こういうイケメンも、よし。
「リューリ様っ、馬車が見えました」
エルマが叫ぶ。
私とユト、エルマ、メアリでお出迎え。
「おーいっ」
マーカスが馬車の窓から手を振っている。
私も手を振り返して……あ、ユトが睨んでた。
☆☆☆☆☆
マーカスに、金庫から運び出した骨董品と装飾品の価値を見てもらう。
「……まぁ、あいつが使ったという金額の十分の一にもならんな」
やっぱり……。
「まぁ、約束通り、これらは三千五百万ペントで買い取らせてもらう。と、そうだ」
マーカスは後ろにいた二人の人物を、私の前に押し出した。
「このメガネっ子はカカル、こっちの大きい女子はナンティ。どっちもあんたには必要な人物たちだ」
たしかにメガネが似合う、おう……胸、大きいねぇ。桃色の髪を三つ編みもかわいい……。私の好みだけど、またもや設定外……。この子がカカルさん。
で、こちらは身長がユトぐらいある――百七十五は余裕かな。薄紫色の髪は肩辺りの長さで、炎のような赤い瞳が魅力的……。筋肉質でも、スタイル抜群の女子がナンティさん。
今着てる服も、体に密着したもの……うーん。けして、隣に立ちたくない美女だな。
これまた設定外の方。もうこの物語、私の手から完全に離れ始めてるぅ。
「カカルは昨日話した事務の専門家だ。数字にはめっぽう強い。
ナンティは……腕が立つ。魔術も学んでいるから、あんたの身辺警護にはうってつけだろう。
その執事さんも強そうだが、領主を守るのに一人じゃ心もとないだろうから、ナンティは役立つと思うぜ」
「カカルです。事務関係はお任せくださいっ。頑張ります」
「本当にかわいい領主様だこと。ナンティだ。よろしく頼む。普段は力仕事なんかするからさ」
ほう。クセ強そうな二人だこと。うちにはちょうどいいかも……かな。
「私はリューリ。よろしく二人とも。この屋敷は使用人の人数が少ないから、すごく助かるわ」
「少ないって……何人でやってんだ?」
自己紹介のあと、マーカスが聞いてきた。
「うん……十五人」
一瞬の沈黙。私の言葉に、マーカスが完全停止していた。
「はぁぁ?この屋敷の規模で使用人が十五人って、あんた何、考えてんだっ!!」
「リューリ様は関係ないですっ。ルガーソが給金を減らしたりして、人が減ってしまったんですよ」
驚いて声を上げたマーカスに対抗するかの如く、ユトまで大きな声で答えてる。
「……あ――そうか。それもうちでなんとかするわ。まぁとりあえず、もうひとつ目的があってな」
なにか考えがあるのか、マーカスがずいと私に顔を近づける。
「な、なに?」
「そのルガーソに会わせてくれんか?まだ生きてるんだろ?」
「う、うん、まぁ……でも、あいつに会いたいなんて」
「あいつに会った時に、俺の目的も話してやる。まずは案内してくれないか?」
私の視線がユトに向かう。つい、確認しちゃうんだよね。
「リューリは執事さんに絶大の信頼を持っているんだな」
「そりゃ、ユトがいないとここまでやってこられなかったもの」
「そうかい、じゃ頼むぜ執事さん」
ユトがマーカスを睨んででるし。マーカスも怖い顔してるぅ。
「ごめんなさい、ユト。私も行くから」
「……わかりました」
「リューリ様は人気があるなぁ」
これはナンティ。どうしてそうなる?
たしかにイケメン二人の間で私の取り合いなんて、たまらんシュチエーションだけどさぁ。
残念ながら、これはビジネスって感じだもんねぇ。
「それはうれしいなぁ。さておき、エルム。カカルとナンティの二人を、広間に案内……」
「待った。あたしも行くぜ。リューリ様の護衛なんだからな」
主張の強いナンティ。でもまぁ、問題ないか。
「じゃぁ、さっそくお願いするわ。いいでしょ、ユト」
「リューリ様はよろしければそれで」
「じゃ、よろしく。執事さん」
「……ちゃんとリューリ様をお守りしてくれ」
「ああ。任せろ」
ユトの言葉にナンティの答えは軽い。水と油みたいな二人?というわけじゃないよね。
さて……どうなることやら。
☆☆☆☆☆
地下牢までの階段は嫌いだな。どこかかび臭い。でも嫌がってもいられない。
ユトが鉄の扉を開ける。
「なるほど。これならそうそう逃げられんな」
へんな納得してるね、マーカス。
でも久しぶりだな……ルガーソに会うのは。
手枷は辛いと言うから、鉄製の鎖付きの足枷に変えたという。
壁にもたれて……こちらを睨む瞳はらんらんと輝くルガーソ。
きっと私を心から憎んでいるんだろうな。
「久しぶりね、ルガーソ」
「……無実の罪で、こうして長年尽くした者を捕らえて……楽しいか?」
口は相変わらずか。
「なるほど。さすがはこの人のいい領主様が『くそ』とつけたくなるほどの人物か」
「この口の悪い者は?」
マーカスに言われて、それでも上から目線で尋ねる……いい根性してるわ、あんた。
「マミトニア商会のマーカス・マミトニアさんよ。あなたに聞きたいことがあるんだって」
私がマーカスを紹介すると、ルガーソは突然、マーカスに飛びつくように近づいた。
「お助け下さいっ!!私は無実の罪はきせられ、このように長い事地下牢に閉じ込められておりますっ!!この領主の娘と執事は私を貶める……ぶっ!」
ここまで自分がかわいいかっ、と叫びたくなるルガーソの態度に、ユトが隠し持っていた短剣を、ナンティが拳をほぼ同時にルガーソに食い込ませようとした寸前。
マーカスは右手でルガーソの顎を掴んでいた。……すごい握力。
「おい、じじい。この領主様の前じゃなかったら、顔に蹴りをめり込ませたい気分なんだ。が……。
これからする質問にちゃんと答えたら、ここから出してもらえるように頼んでやってもいいぞ」
「へ?」
マーカスが右手を離さないまま。じじい……ルガーソに言うと、「ひゃい、ひゃい」と、ルガーソは可能な限りで頷く動きを見せる。
驚くほどの生きるための執念……か。
マーカスが右手を離すと、その顎をさすりながら、「何をお聞きになりたい」とルガーソの方から促した。
「なぁ、あんた。どこでフロテリューダ伯と知り合った?」
「そ、それは……」
「ちゃんと正直に答えた方がいいぞ」
マーカスはなにを聞きたいんだろう?
「……村に税金のことで訪れた時に、ストルト村で、フロテリューダ様がお忍びで訪れていらっしゃっていたんですよ」
「ほう。こんな辺境の地にわざわざフロテリューダ伯がねぇ。どんな用事で来たのか言ってたか?」
「……サリュマン様が亡くなられ、そのあとのこのカトルアン領が心配だと。おそらく、お嬢様だけになったこの領地の使い道を考えていられたのかと」
いちいち癇に障る。なんで関係ないやつに、わがもの顔で自分の治める土地のことをとやかく言われんといかんのか。
無意識に顔をしかめていたせいか、「大丈夫ですか?」とユトが小声で話しかけてくれる。
私は無言でうなずくと、ムカつくけど黙ってマーカスとルガーソのやりとりを見ていた。
「で。他になにか言っていたかい?」
「……カトルアン領はコレタート王国との境の土地。守りに適した場所だともおっしゃっていた。
お嬢様がフロテリューダ様のお妾になれば、お嬢様の身を守りつつ、ここをコレタート王国との防衛の基地を作って、もしもの時の守りの要にできるのに、と。
お嬢様との関係がうまくいけば、私のために王都の一等地に住まいを用意してくださるともお約束くださった。老後の資金は好きなだけ用意してくださるとも言ってくださっていたのだ。なればお嬢様の行く末も安泰。私も安心して終の棲家で余生を過ごせると思っていたのに……。
この小娘は、そんな老婆心も知ろうともせず……」
こいつ、結婚はしていなかったっけ。若い子でも引き込むつもりでいたのか。
語るだけ語ると、私を悔しそうに睨むルガーソ。こんなになってまで、そんなに自分がかわいいか。
その醜悪な態度に、私は言葉なんて浮かんでこなかった。
「よく話してくれたな、ルガーソ。ちゃんと約束は果たすから安心しろ」
「では私を助けてくださると。マミトニア商会で保護してくださるのですか?」
希望に満ちた瞳で助けをこうルガーソに、マーカスはにっと笑いかける。
「それはごめん被る。マミトニア商会だって、お前みたいな腐ったやつと関わりたくないわ。
王国に引き渡して、一瞬で命を終えられるように頼んでやろう。ちゃんとこの地下牢を出られるぞ。
お前みたいなやつをこの領主様だって、ここで処刑したくはないだろうからな。
王都に行けば、立派なギロチンで一瞬で終われるさ」
「嘘をつきやがってぇっ。マミトニアのこせがれがぁーっ」
マーカスの言葉に、ルガーソが襲いかかろうとする。ユトは私をかばって短剣を構えて、ナンティがルガーソの胴を蹴りつける。たまらずルガーソは吹っ飛んでた。
「……がっ」
「ナンティ。後でこいつ……」
マーカスがうずくまって動かなくなったルガーソを見て、なにかをナンティに話してる。
「マーカス様、皆さん。もうよろしいでしょうか」
ユトが私の肩を抱えながら、マーカスたちに話しかけた。
「ああ、すまなかったな。もう出よう……」
マーカスの質問ってフロテリューダのことだったんだ。
自分で考えて作った設定とはいえ、リアルで見ると、こんなに辛いものだとは。
☆☆☆☆☆
私たちは地下牢を出て、光さす階段を上がる。
「リューリ様、大丈夫ですかっ!?ここまで声が聞こえてきたので……」
階段の先でエルムとメアリ……カカルも待っていた。
「大丈夫……あれ?」
エルムとメアリの後ろ……。え、えーーっ!!
「リューリっ!!」
気がついたら、私、アルバートに抱きしめられてぇーーっ!?
「……え、なんで聖騎士団の最強の騎士様がここに?」
うん、そう。アルバートが最強なのっ。なんてマーカスの質問に喜んでいる場合じゃない。
「アルバート様はリューリ様の幼馴染でいられるんです」
ユトがマーカスに説明してる。
「ほう、すごい後ろ盾じゃないか。すごいなあんたっ」
マーカスが真っ赤な顔をしている私に興奮気味に話しかける。
「あ、うん。そ、そうなんだけどぉ」
「エルムたちに話は聞いた。なぜ俺に連絡してくれなかった?」
もう。マーカスの質問に答えるのか、アルバートの質問に答えるのか、わけわかんないっ!!
「……この方がアルバートのご自慢の幼馴染殿か」
あれ?女性の声が……。でもこの声。私のイメージのまんまだったら……。
「いやーっ。マリアーナ様じゃないかぁ」
……あれ?マーカス。あなた、マリアーナとお知り合いなの?
で、私は『リューリ』としては「初めまして」になるのか。
銀色の腰までの髪。透き通るような肌。紫色に輝く瞳……。私の理想の王女様。
マリアーナがここにいる……。どうして?
「久しぶりだね、マーカス。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ」
気さくな王女様。マリアーナの言動は私の小説のまんま。
それでもリューリがマリアーナと会うのは、アルバートが騎士団長になってからでしょう……。この二年後ぐらいよ?なんか私の設定、ぐずぐずになってるんだけどっ!!
「まずはここの領主様にご挨拶だな……今は代理としておこう。リューリ・ツゥーラント殿。
私はトリアンド王国第一王女、聖騎士団副団長マリアーナ・フォン・レディクリクス・トリアントです」
アルバートから解放されて、マリアーナに握手を求められる。
マリアーナ・フォン・レディクリクス・トリアント……『トリアント』という王国の名前を冠して名乗るということは、『初対面』の私に対して最大の敬意を示してくれているんだ。
「……カトルアン領主……サリュマン・ツァーラント・カトルアンが娘、リューリ・ツァーラント・カトルアンです」
私も領地名をつけた正式の名で応えた。
でも……こんな形でマリアーナに会うことになるなんて。
「で、姫さんがなんでこんな辺境な土地に?」
どうしてあんたが『辺境』言うんだ、マーカス?
「とりあえず皆さま、館の中で話されませんか?」
と、一番状況に冷静な意見をユトが話す。それもそうよね。
「そうですね。よろしければ中へ。エルム、メアリ。用意をお願い」
「「はい」」
二人がすぐに館の中へ去っていく。
「慌ただしくて申し訳ありません。皆さまどうぞ中へ。ユト、皆さまをご案内して」
「はい。では、皆さまどうぞ」
ユトがマリアーナと数名の騎士を案内していった。
「……リューリ。大丈夫だったか?大変だったな」
「うん。これは私の責任でもあるもの。逃げていられないから」
ちょっとぎこちないかもしれないけど、アルバートには笑顔を見せたい。
「アルバート様。これは俺が無理を言ってルガーソに会わせてもらったんですよ。
リューリ様には申し訳ない事をしました」
そう言って、マーカスがアルバートに頭を下げた。
「……顛末はここの使用人から聞いた。マーカス……。
ずいぶん頑張ったんだな、リューリ。でもそんな大変なことになっているなら……」
「アルバート様。リューリ様は守られているだけのお嬢様じゃないと思いますがね。
ハンパない行動力と末頼もしい発想力、判断力をお持ちですよ。
そのおかげで、俺もリューリ様と出会えましたから」
ずいぶんと高い評価してくれてるんだな、マーカスは。
「……そうか……」
アルバートの機嫌が悪そうっ。そんなに心配かけたかな?
「マーカスっ、あんまり変なこと言わないでっ」
「そうかぁ?ずいぶんと褒めたつもりだけど……。お礼をもらいたいくらいですがね」
「だれがっ」
へへへと笑うマーカスに、私が怒っていると、アルバートがすたすたと館の方に向かって歩き出した。
「先に行くぞ」
「あ、うん。マーカスも行くでしょ」
「仕方ないな。しかしとんでもない豪華なお客様方とご一緒ですね。領主様」
「……言ってろ」
うん。その通りだよなぁ。
でも……アルバート。まさか嫉妬してるとか?
というか、私。『リューリ』としてアルバートと、どう接したいんだろう?
こうも設定外のキャラクターが出てくると、本筋に影響でるよね?
その前にリューリは二年半後には死ぬんだけど……。
元々リューリとして、マリアーナに近づかなければ、本筋ストーリーにそこまで影響でないよね?
私の書いた小説の結末通りのアルバートとマリアーナのハッピーエンドになれば、それでよし。
でいいのかな?
どうしたいんだろう……私は。
最初はアルバートと結ばれたいと思ったけど……私の書いた小説の内容は大きく変わってくる……。
今の私は『リューリ』視点になるのだから、私が動けば動くほど話はおかしくなってくる。
でも、生きていたはずのサリュマンお父様も亡くなっているのだから、『リューリ』の設定自体がおかしいんだもの。
ここでマリアーナまで出てくるのだから、私がどうしたいかをしっかり考えないと。
「リューリ様っ」
ユトの声がする。ここに戻っていたのね。
「あ、ごめんなさい。考え事してたっ」
「……先ほどのことですか?」
あ。ユト、すごい心配してる。たしかに、さっきのルガーソとのことは、ちょっとトラウマになるよね。
「全然違うよ。大丈夫……」
「本当……ですよね?」
「……うん、本当。大丈夫。いつもごめんさない、ユト」
「いいえ」
ユトの心配性は底なしだね。心配かけないようにしないと。
「ほう。執事さんと仲いいね」
「そりゃそうでしょ。ユトはいつも私の心配してくれてるんだもん」
「ほう……そうですか」
絡んでくるな、マーカス。
「リューリ」
あれ?アルバートは先に行ってるんじゃ?建物の角で待っててくれてる。
「今、行く。二人とも行こう」
「はい」
「はいよ」
私はアルバートの元に走り出した。
でもマリアーナはどうしてこんなに早く、リューリと出会うことになったのか。
その前にマリアーナって、私と同じ転生者なんだよね?
なんだかモヤモヤしたまま、私は屋敷の中に向かった――。