第3話 知らないところでのやり直し?
この屋敷の使用人は十五人だった。一応……ルガーソを入れると十六人だったのね。
この屋敷の大きさから考えると少ないような……。
「これで全員かしら、エルム?」
「は、はい。そうです」
わりと大きい屋敷だと思ったんだけど、よくこの人数で回してるなぁ。
ちょっと……ルガーソを謹慎させたことは早急すぎたかなと思い始めてる……。
でも絶対に不安に思っている姿を皆の前で見せちゃダメ。これは『林田香織』の時に経験したことだから。
「忙しい時に、急に集まってもらってごめんなさい。
さきほど、執事のルガーソから、この領地の経営状況の報告とその後のことについての相談を受けました。
この領地の状況は、二年間に渡る天候不良による農作物の不作と、流行り病による人手不足の
問題から、税収が減ってかなり厳しいということでした。
そして私にフロテリューダ伯の愛人になり、後ろ盾になってもらうことで、この領地のこれからの安定を約束してもらえという内容でした」
使用人たちから、戸惑いと驚きのざわめきが起こる。
私はあえてルガーソの言葉をそのまま伝えた。これから私の考えを伝えるために。
「今までお父様、お母様が亡くなられたことで周りのことが見えてなかった私だけど、ルガーソの話で目が覚めました。
この領地は誰の手にも渡したくないわ。だから、見直せるところは見直すつもりです。
そして必要なところにはお金をかける。メリハリはつけていきたい。そうすることで領地の経営を建て直していこうと思います。
でもこれは私だけではとても無理なこと。
これには皆の協力が必要だわ。だから、これより一人ひとりと話をしようと思います。
そしてやりべき事とその順番。今までの経費の見直しと領地内の見回りを行って、村の人たちからも話を聞こうと思っています」
「……あの」
一人のメイドが遠慮気味に手を挙げる。
「あなたは?」
話を止めて、そのメイドに話しかけた。
「私はメアリと申します。お嬢様」
そうだった。私、まだ使用人を全員を把握してないんだった。今、思い出すなんて……。
「ごめんなさい。私、一週間高熱で寝込んでいたせいで、記憶を無くしているところがあるの。
面倒をかけると思うけど、名前をもう一度教えてくれるとうれしいわ。ごめんなさい。
で、メアリ。質問は?」
苦しい言い訳だけど、色々と誤魔化しながら、ね。
「はい。その……ルガーソ様は……」
なんか怯えているように見えるけど、メアリは人前が苦手な子なのかな?
これから使用人たちの性格も見ていかないと……。
「謹慎させました」
先ほど以上のざわめき。ちょっと……独裁者的な傲慢な娘に見えたかな。
「フロテリューダ伯の愛人になることを勧められたので、拒絶の意思を伝えたことを責められたわ。
彼のやり方と私の意見が合わなかったようなので、一旦、彼には執事の任を外れてもらいました」
あれ……なーんか…皆、顔も声も明るくなったような。ざわめきもそんな感じで……。
そうだ。これだけは話さないと。
「私に話すことで、その人の立場とか不利にするようなことは一切しません。
ただし。故意に人を貶める虚偽の話をしたなどの問題行為は、それ相応の罪に問いますから、ちゃんと正直に話すこと。そして、個人の秘密は絶対に守ります。
だから遠慮せず私になんでも話して。そしてこの屋敷の、領地のことでの個人の考えも伝えてもらえると助かるわ。やれることはなんでもやっていきたいの。ここにいる皆の力を貸してほしいから。
だから……よろしくお願いします」
私は頭を下げる。皆にお願いしている身をしては当たり前のことだから。
「お嬢様。よろしいでしょうか」
お。一人の青年が手を挙げる。おう……黒髪の品のあるなかなかのイケメンじゃないっ。
この屋敷にもこんなイケメンがいるとは……って、私、アルバートという人がありながらサイテーかも……。
「私はユトです。お嬢様、お話は今、これから始まるのでしょうか?」
「ええ。これから居間で待っていますので、私に話したい人から、居間に来てほしいの。
皆が任されている仕事のこともあるでしょうから、夜や朝など、可能な限り皆に合わせるわ」
「……そこまで……我らのことをお考えに」
「ここにいる皆とやっていくのだから、当然。だから遠慮しないでね」
これは店長業務で慣れているというか。
人間関係には本当に気を使った……。
仕事の中で、一番気を使ったことかもしれないなぁ。
人が多くなると、どうしたって問題は出てくるからねぇ。
大ごとになる前に解決するように立ち回ったというか。やっぱり気持ちよく仕事をしてもらいたいから。
わだかまりとかは、少ないに限ると思ってる……これは実感だよね。
「では、待っています。私からの話はこれでおしまい。皆、仕事に戻ってください。
これから色々と迷惑をかけると思うけど、お願いします」
「「お願いします」」
再度、頭を下げた私に、皆が納得して一斉に頭を下げてくれた。……と、思いたい。
☆☆☆☆☆
で。ルガーソを謹慎にして、皆に話を聞く――という作業は、二日間に渡った。
私に気を使ってくれたのか、早朝とか、夜遅くとか。そんな時間に来る者は誰もいなくて、仕事に穴を開けないように、皆がそれぞれ調整して来てくれた。まぁ十五人だから、疲れたけど思ったより短時間で終わったのだと思うけど……。
しかし。ルガーソというやつ……。
いやぁ、謹慎にしてよかった!ううん。もっと厳しくてもよかったかも。
使用人たちの評判がサイテーで……。もうあいつの問題行動が出るわ出るわ。
あのメアリという子は、おとなしいように思ったけど、話し始めるとおしゃべりな子だったんだよね。
ルガーソが怖かったみたいで、あいつがいるんじゃないかと怯えているだけだった。
パワハラ、セクハラは日常化。メアリは特にセクハラが酷かった。
お父様が放任しすぎたせいで、影で好き勝手してたみたいね。
しかもあいつ……。
ユトって、話し方もハキハキしてて好印象だったんだけど、もともと執事候補でお父様が採用してたみたいで。でも自分より仕事ができることを嫉妬したルガーソが、何かしら罪をでっち上げて、屋敷の雑用係に降格させたよう。
しかも、あのルガーソ。屋敷の資金にも手を出していた様子……。
これはユトが、いつかこの爺さんの罪を暴こうと、バレないようになんとか証拠集めをしていたらしい……。
もっと早くに気がついてあげたかった。
「ここです、お嬢様」
屋敷の金庫には。
「なにこれ……」
「旦那様や奥様のご趣味ではございません。この骨董品や装飾品は、旦那様方の亡くなった後、ルガーソ様が勝手に買ったものなのです。実は、ここにあるものだけではないのです」
ユトに金庫まで案内を頼んで発覚した。この屋敷の金を自分の自由にしたいから、頑なに、私に知られることを拒否したわけね。それじゃぁ、いくらあってもお金が足りないでしょうよ。
「……ユト。これからあなたが私の執事になることをお願いできるかしら。
それとこれから色々と人が必要になって来ると思うから、その手伝いもお願い」
「お嬢様……」
「名前でいいわ、ユト」
「はい、リューリ様」
あ、そうだ。
「ユト。ルガーソなんだけど、地下牢に移しておいて。
これだけの横領の証拠があれば、あいつは地下牢にいることがふさわしいでしょ」
「……はいっ」
ユトってば、この時が一番いい返事だった。
そして――。
領地建て直しのつもりで見ていた帳簿。出るわ、出るわ……使途不明金というやつ……。
調べ始めてまだ一週間ぐらいなのに。屋敷の必要経費から雑費にいたるまで。ルガーソ。目的がわからないよう、わざといい加減に、おおざっぱに帳簿に書いていたのね。
中には数か月、放置されていた領収書のようなものまである……。あのやろう。
絶対許さない……。
☆☆☆☆☆
わかった範囲内だけど証拠を持って、ユトを連れて地下牢に行く。
一番しっかりとした堅牢な牢屋だから、扉も鉄製で分厚い。
ごごごと音を立てて扉を開いた。
「ルガーソ」
ユトにも、もうこいつに「様つけ」はしないよう言ってある。
鉄製の手枷をつけているから、身動きするのも、六十歳では辛いでしょうね。
ここでは執事の服ではない、簡素な綿製のTシャツのような服を着せているけど、今まで気がつかなかった。
こいつには不釣り合いな黒く丸いペンダントヘッドのついたペンダントしてるのね。
趣味悪っ。
「……十日ぶりぐらいでしょうか、お嬢様。しかし、この扱いは本当にひどいですよ。
それでもようやく、私がいないとやっていけないことがお判りになったようですね。
さっ、とっととここから出してください。お嬢様」
ああ、こいつ。もう救いようのないバカ野郎なんだわ。
一気にやつれた顔には、肌のツヤなんて存在しない。こんな短期間で病人のようになっているわね。
「ええ。あなたのこれまでやってきたことが、嫌というほどわかったわ。
これを見て……」
ユトが、ルガーソに見えるように屈んで、持っていた書類を見せた。
「あなたのつけた帳簿です。わかっている範囲ですが、ここに持ってきました」
ユトがそう話すと、ルガーソは悔しそうに彼を睨みつけた。
「お父様が亡くなってから今まで、二千万ペント(一ペント=一円)以上の、使い道のわからないお金があったわ。金庫にはあなたの買った、趣味の悪い骨董品やら装飾品であふれていた。
あなたがこの屋敷の主人面して、お金を使いまくっていたみたいね。
しかも使用人たちの給金も、あなたが勝手に減らしたらしいじゃない。私はなにも聞いていない。
これがあなたに会わなかった十日でのわかったことなんだけど、これ、国のことだったら死罪にでもできる罪よね?」
「……あ、いや……お嬢様。私は、あなた様に色々とお聞きしたではありませんか……わすれていらっしゃるようですが。お嬢様が欲しいとおっしゃったから買ったのですぞ。
給金の件も、お嬢様が気に入らない使用人の給金を減らすように、お命じになったからではありませんか。そのすべては私のせいにするとは……」
私はため息をついた。ルガーソのやつ。これで言い逃れするつもりらしい。
「あのね、おじいちゃん。ボケているようだから言っとくけど。たしかに私は記憶を無くしていることは多いわ。でもね。エルマとかメアリたちは、私の部屋の扉の前でよく盗み聞きしてたみたいなの。
とてもはしたなくて、よくないことだけど、彼女たちのおかげであなたが私に無断で勝手にやっていたと、それが証明できるのよ。
あなたとの会話もよく聞いていたらしいし。あなた、使用人たちにもずいぶんひどいことやっていたみたいね。気づかなかった私がいけないけど、誰からもあなたを養護してくれる言葉はなかったわ。
……どうしてここまで、お父様の信頼を裏切ることができたのか……」
「こ、これは……そこにいるユトが……。こいつが私を恨んで皆に……」
私もユトのように、ルガーソの視線に合わせて屈む。
「ユトは私の執事をやってもらうことになっているわ。
私はユトを信頼する。それでユトがまかり間違ってあなたのようになってしまっても、それはユトを選んだ私の責任ね。でもユトはそんなことをする人間じゃないと思えたから、任せられるのよ。
お父様もあなたに対して、同じ気持ちだったと思うから。私はあなたを許せない……」
「……」
ルガーソは呆然と私の顔を見てる。
私は立ち上がって、この男に背中を向けた。
「それじゃね、ルガーソ」
「…お待ちください、お嬢……」
ルガーソが何か言っていたけど、もう不快な音にしか聞こえなかった。
ユトががっしゃんと扉を閉めて、確認するように鍵をかけた。
「リューリ様……」
「なにかしら?」
「私は誠心誠意、一生をかけてあなた様にお仕えさせていただきます」
鉄扉の前で、ユトが私に向かって頭を下げた。
「……とてもうれしいけど、こんなところじゃないところで言ってほしいかな」
「あ……も、申し訳ございません。これから気を付けます」
「そうして」
アルバートには負けるけど……いや、同じぐらい……ユトの笑顔もすごくいい。
私も笑顔で答える。
でも私が知らないところで……ううん。書いていないところで、こんなことがあるなんて。
『原作者』とか『創造神』とか。ずいぶん奢っていたんだなぁ……。それじゃ、人気なんて出るわけないか。読んでくださっていた人たちに申し訳ない。
今から……やり直しなんてきかないかなぁ……。
「リューリ様」
「ん、え?ごめんなさい……なんかぼうっとしちゃって」
「……人を裁くというのは疲れることだと思います。でも、本当にありがとうございました」
「ううん。今まで気がつかなくて、本当にごめんなさい。もっと早く気がつかないといけなかったのに」
地下牢へと続いていた階段を上がり、日の光が見えてくる。
なんか……ほっとするなぁ。
「ユト。これからが大変かもしれない」
「はい。でもリューリ様にどこまでもご一緒いたします」
なんか勘違いしちゃいそうだけど、今の私には、この言葉には勇気をもらえる。
「うん、ありがとう。それでね、これからなんだけど、領地内の村を廻りたいと思うの。
それで……」
「リューリ様。その前にお茶にいたしませんか?
エルマにお菓子を買いに行かせておりますので、そろそろ戻る頃かと思います」
ユトってば……どこまで有能なの。使えるイケメンってたまらないんだけど。
「それじゃ、そうさせてもらおうかな」
「はい、お菓子を食べながらこれからのことを考えましょう」
「……そうね」
これがユトの気遣いだと気がついたのは、私の好きなローズヒップのお茶を口にした時だった。
『林田香織』の時も、皆に「香織は生き急いでる」ってよく言われて、なんでも抱え込んですぐやらないといけないと思う癖をなおそうと反省してた。
死ぬまで治らなかったなぁ……その性格。
今度は本当に気を付けよう。そう思った――。