第21話 それが今でしょ!?
軽く考えていたつもりはないんだけど……。
私の家――『ツゥーラント家』と『暗黒竜ノックス』との関係。カリスが明かしてくれた事実。
そのやりとりから、その『暗黒竜ノックス』が封印されているという最深部へは、まだもう少し……とはいえ、さらに三十分は歩いたんだけど。
カリスは『竜』という存在について説明してくれた。
それもまた――私の書いた小説からはかけ離れた内容だったわけで。
「この世界は八柱の『竜』によって創られた『創世神話』があるんですよ。
一般には、『暗黒竜ノックス』と、『光輝竜シュナーク』が創り出したというものが広まっていると思います。
王家の守護竜でもある『光輝竜シュナーク』が『暗黒竜ノックス』を生み出してから、その後は二柱で協力して……という内容は皆さんが知っている『創世神話』だと思いますが、本来は逆だったということが正解のようです。
しかし『暗黒竜ノックス』は、後に世界を破滅に追いやろうとしましたから、その『暗黒竜ノックス』が『創世竜』だったという事実は、この国を作った王家にとって都合が悪かったのでしょう。
話が逸れましたが、八柱の竜とは『暗黒竜ノックス』が『光輝竜シュナーク』を生み出した後に、
『赤炎竜ボルカン』『青海竜マール』『褐地竜ミニエーラ』『緑樹竜ズグラ』『黄雷竜ライオ』『白風竜ラファル』という六柱の竜を生み出しています。
一度はどこかで聞いたことがあるかと思う名前ばかりだと思うのですが、特に『光輝竜シュナーク』と『暗黒竜ノックス』以外は普段、あまり聞かない竜たちになってしまっていますけど」
八柱の竜……まったくの初耳なんですけどぉ……。
『魔術』の設定を考える時、四大元素という地水火風の元素のことは入れたけど、それを竜として考えたことはなかった。当然、私は『光輝竜』と『暗黒竜』の事以外は知らない。
いつもなんだけど、こういう話を聞くたびに小さく落ち込む。
『ああ。やっぱりここは私の書いた小説の世界じゃない』、と。
そして考える。どうして私はあの小説を書いたのだろう――と。
だったらまったく初めての異世界だったらよかったのに……と、何度考えただろう。
「リューリ様?」
私の後ろを歩くユトが私を呼んだ。
道幅が少し狭いので、二人並んで歩くのは無理。今は一列に並んで歩いてる。
私の前はマリアーナ。後ろがユト。
ユトは私の些細な変化を見逃さない。さっき、手をつないでくれた――そして今。いつも、いつも。
本当にうれしい。執事としても、異性としても、ユトの存在は私の心の中では、はち切れそうに大きくなっているのがわかる……。
同じ異性というなら、アルバートは特別だし。マーカスの態度は鈍感な私でも、『私のこと好きでいてくれているのだろうな』とわかる。それがとてもうれしい。でもユトは――。
執事という立場上、本来は主との秘め事は禁止。そんな恋愛ものを物語として読むのなら、キュンキュンしちゃうんだけど……いざ、自分だったら。こんなに奥手になるのだと、これまた落ち込む。
「大丈夫だから、ユト。私、色々と考えちゃうからいけないんだよね」
「……いくらでも考えていいと思います。今は答えが出なくとも、私も一緒に考えますから」
「……うん、本当にありがとう」
ユトからの言葉が……うれしい。でも精一杯控え目に答える。
目の前にマリアーナがいるし。アルバートもマーカスもユトを嫉妬しちゃうかもしれない。
ダメだな。こんな考えじゃ……今は目の前のことに集中しないと。
私の前にマリアーナ。そして先頭はカリス。
カリスは私に向けて説明してくれている。というのがわかる配列だろうなぁ。
確かに、この中で一番わかっていないもの。
この時も、カリスは私とユトの話が終わるのを待っていてくれた。
「……八柱の竜、『光輝竜』と『暗黒竜』以外は、魔術師や騎士たちぐらいが他六柱の竜たちの名前を出すかもしれませんね。
騎士たちにとっては『守護竜』として、守り神としての役割を願う相手としてというのもありますから。
従騎士になるときに『守護竜の証の儀』という自身の魔力属性から、『守護竜』を選別する儀式があります。
マリアーナ様は幼いころから、聖女としての証『治癒能力』が発現したと聞きましたが、『守護竜の証の儀』ではっきりと『光輝竜シュナーク』の加護がわかったのでは?」
すぐ後ろにいるマリアーナに尋ねるカリス。
「ああ。確かにそうだ。『守護竜』が『光輝竜シュナーク』だというは、私が初めてだったらしいから、大騒ぎになった。その時に『聖女であり勇者』と言われるようになった。
『英雄リスター』は『光輝竜シュナーク』の子孫だと言われていたからな」
「『治癒魔術』は『緑樹竜ズグラ』の能力であるというのが魔術の常識ですからね。
過去には『聖女』は何人かは存在していますが、『光輝竜シュナーク』の加護を受けた聖女兼勇者なんて、この世界初でしょうから。
ですが、私はあまり『勇者』という存在を信じていないんです。
『神命教会のみ『勇者』を指名する』。
神の声を聴くことができるのは神職者のみ。ゆえに神が選ぶ『勇者』は、教会でのみ選ぶことができる。
その上、今は教会は前教皇派と現教皇派で分裂している。現教皇派がマリアーナ様をこの世界でただ一人の『勇者』と言っていますが、前教皇派はフラルとかいう若者を唯一無ニの『勇者』と言っている……一体どうなんでしょうかね?」
え……その設定は生きてるの?おいおいおい。
さっきの八柱の竜の話で落ち込んでいたばっかりなのに。その『勇者設定』は生きとんのかい!?
私が考えた設定は、前教皇シャオフは俗物まみれの教皇で、教会の資金の使い込みがバレて、教会を追われて失脚。
『神命教会』の本拠地は、このトリアンド王国の王都シューダにあるんだけど、新な教皇ペインが選ばれたにも関わらず、前教皇シャオフは別の街に勝手に『真・神命教会』を作って、自分がそこの教皇になって、『神命教会』は大きく二つの派閥に分かれている――という設定だったけど。
「なるほど。『真・神命教会』の本拠地……『聖都』はアルアルド領最大の都ヤタオだったな。
トリアンド王国最大の領地アルアルド。この領地の領主がフロテリューダ。『真・神命教会』は深くフロテリューダと繋がっていることはわかっていたことだが、『勇者フラル』もフロテリューダの影響を受けているということか」
カリスの問いに答えたのはマーカス。
この設定は、私の考えたまんまじゃん。でもここで『勇者フラル』の設定がでてくるとはなぁ……。
『勇者マリアーナ』の活躍を目立たせるために、フラルは『噛ませ犬』……ようはやられキャラとして考えたやつで。性格も嫌味で浅はかでおバカ。
書いている時はどうやってざまぁ感を出そうかと、ちょっと楽しかったのは覚えてる。
今考えると、酷い事やっていたのかもしれないと、しきりに反省しかない……。
でもけして……リアルでは絶対に会いたくないキャラではある。私の考えた通りならなおさら。
ここでの話で是非とも終わってほしい『勇者』だな、うん。
「……本当に大丈夫ですか、リューリ様……」
「ほ、本当に大丈夫よ、ユト」
ユト。こういう時の無自覚なツっこみも絶妙なんだよなぁ……。
常日頃の観察が、功を奏する――この場合は違うか。ただのストーカーになっちゃうもんね。
「リューリ様は本当に表情が豊かですね。人からよく言われませんか?」
カリスの指摘――否。ツッコミ……。
うっわぁ。マリアーナが「私はいつも言っているだろう」的なドヤ顔してるっ。
「はい……それはもう……」
「リューリの場合は『顔芸』のレベルだけどな」
これはマーカス。私は思いっきり後ろのマーカスを睨みつける。
「私はとても良いことだと思いますよ。見ている周りが面白いですし」
これはカリス……カリスって結構容赦ない人!?
「カリスって結構、腹黒さんなんですね。したたかな性格っぽいし」
「あはは。リューリ様の方が容赦ないですよ。確かにこんなことをしているぐらいですから、腹黒ですし、したたかでなければやっていかれませんけどね」
「それはそうですね。でも私はそういう人は嫌いじゃないですけど。
だって人って本来そんなもんでしょう?」
自虐的な発言のカリスに、私は本音を言ってみた。
ここでカリスの歩みが止まった。
もしかして怒った……かな?少しフォローしたつもりだったんですけど。
「……やはりお嬢様はお変わりになられた。
領主らしくなられたようですね……」
「はい。陛下にも認めていただきましたから」
外はピチピチ(死語だよね)の十七歳。中身は……アラサー。そりゃぁ、小娘から卒業はしているつもりですけどね。
「そうですか……この先のことを少し心配していたのですが……これならば、本当に大丈夫のようですね。『暗黒竜』は『人らしい人』を好みますから」
「カリスは『暗黒竜』と知り合いのようですね。でも、そこに行くまで教えてくれないんでしょう?」
さっきから、含みのあることばかり言っては、真実は「行けばわかる」的なことばかりで受け流しているカリス。実はこんな人が『暗黒竜』本人――否。本竜だったりして。
「……過去にたった一度だけ。一年前でした。最深部の大扉の前に黒い狼のような獣がいたんです。不思議と恐怖はあまり感じなくて……。
その時にただ一言。『わが子孫を連れてこい』だけ言って消えてしまいました。
その直後にサリュマン様とキュリナ様が亡くなったと聞き、フロテリューダの手のものがストルト村にやってきて、村人を懐柔し、洞窟について調べ始めたのです。
私はけん制されるようになって、洞窟には近づけないようになってしまいました。
外出もままならなくなって、二か月前、この洞窟にやってきたところで捕まりまして。
完全に幽閉されてしまったのですが……。
今までリューリ様たちにお話ししたことは、その間に調べ、私なりの考えをまとめたものです。
ですが……悔やまれることは、もっとサリュマン様とお会いして、なにが起きているかを探るべきだったと。王国から一線引いていると、遠慮しているべきではなかったと猛省しています」
今かもしれない。私はそれまでの考えをカリスに伝えるべきと思った。
でも……まだ目的も果たしていない、そんな時に……。
でも、でも。タイミングを間違えると、こういうことってデリケートだし。相手はけっこうこじらせ男子的な人だし?
でもなんか『フラグ』でも立ってたら、ここでどうして言わなかったと『あとの祭り』みたいなことになってもなぁ……目も当てられない。
「……リューリ様の百面相は本当に面白いですね。私に言いたいことがあるなら、遠慮せずにどうぞ」
きゃぁ――っ!しっかりバレてんじゃんっ。恥ずかし――っ!!
「……あ、あの……」
迷っている場合じゃないっぞ、私っ。
「カリス、トーマっ。うちの屋敷で働きませんか!?
カリスは『荘官』として、トーマは『従僕』として……給金は高くないんだけど……その。
一緒にお父様たちのことも調べてほしい。
私も皆から力を借りて、今更ですけど、こうして調べてるっ。
フロテリューダをなんとかしたいっ。この領地の経営を、この領地の危機をなんとかしたいっ。
だから、二人にも力を貸してほしんですっ!!」
しばしの沈黙……そうだよねぇ。考えがまとまらないうちに言っちまったからなぁ……。
顔が熱ーいっ。超恥ずかしいっ。……やっぱ、見切り発車で言うもんじゃないよねぇ……。
「あははは。ははは……」
カリスが――笑っとるっ。後ろのトーマは――呆然。
そだよねぇ……。タイミング、ばっちり間違ったぁ。
「まさかリューリ様に先を越されるとは……」
「……はい?」
「私からお願いしようとしていたんですよ。トーマのことは特に……。
でも私に『荘官』と、トーマに『従僕』とは、身に余る……」
えーー。カリスも私に雇ってもらおうと考えていた、と。
これはものすごくありがたいが……。
「いいえ。これ私も切実なお願いなんです。私は命を狙われているし、だから下手な人に頼めないし、私の執事のユトは有能すぎて、執事の他に、経営ことと私の護衛までやらせすぎているから『過労死』ラインだし。本当に切実なんです。
ユトのことをなんとかしてあげたいし、カリスとトーマはお父様のことをよく知ってくれている。よく考えてくれている……。
それに村長と二か月だけど、うちの屋敷で下男でも働いてくれていた経験があるのなら、即戦力になるし。こんな優秀な人たちをほっとく方がどうかしてますよ」
ああ、また。
皆、笑い堪えているでしょ。マーカスとかモーリーは、完全にそうだよね。
マリアーナは「仕方ないな。本当は城に誘うつもりだったんだが」と言っている。あぶなっ。
ユトは「そうですね……リューリ様のお決めになったことならば」と、少しだけ寂しそう。
いやいや。ユトに死なれちゃぁ、私がどうかしちゃうって。
アルバートは……自分のそばにいたトーマの背中を押して、私のそばまで連れてきた。
「この少年は俺が覚えている。本当によく働き、気の利く優秀な少年だった。俺も推薦するよ」
「……うん。私が至らなかったから、その分アルバートが見ていてくれたんだね……本当にごめんなさい。トーマ。改めて、私からお願いできますか?
今の執事のユトは、私が全幅の信頼を寄せている執事です。ルガーソの悪事を暴いたのも彼です。
あなたの良き模範となる人です……彼の元で改めて働いてもらえないでしょうか?」
ここでトーマの瞳から涙がこぼれる。え、と。感動か?それとも……。
「……いいんですか?俺みたいな孤児が……」
「トーマ・サリュマン。私は一か月まえぐらいに高熱で一週間ほど生死の境を彷徨ってから、過去の記憶がほとんど思い出せなくなっているの。
お父様とお母様の記憶も……カリスが私が変わったというのはそのせいとも言えるかも。
だから……私にお父様たちのことを、あなたが知っている範囲で構わないから教えてほしい。
お父様が全幅の信頼を寄せたあなたに、ね」
「はい……どうかよろしくお願いいたします、リューリ様。
ユト様、こんな私ですが、どうかよろしくお願いいたしますっ」
「……はい、トーマ。私こそよろしくお願いいたします」
トーマとユトが笑顔で挨拶を交わす。うん、よかった。本当はもう少し年齢は高い子の方がよかったかもしれないけど……この子はとてもしっかりしていると思うんだ。
で、本丸――と。
「カリス……」
「……リューリ・ツゥーラント・カトルアン様。
是非によろしくお願いいたします」
「ではカリスを『荘官』に、トーマを『従僕』としてユトの元に。二人ともよろしくお願いいたします」
カリスは堂々と私に頭を垂れ、すべてを覚った様子で受け入れてくれている。
「……で、リューリ。村長のカリスたちを屋敷に連れて行くとして。
ストルト村はどうするんだ?」
マーカスの質問は当然だよね。
「うん。この洞窟の真実とやらしだいなんだけど、けっこうこの洞窟は危険だと思うから、ここに兵士を駐在させて、守りを固めた方がいいと思ってる。
私が勝手に決められることじゃないけど、ここにいる村人たちは、他の村に移ってもらうか、代替え地を用意するか。
ここはカリスと相談を進めたいかな。もちろんマーカスにも。この辺は詳しそうだし。
このストルト村の洞窟の警護の件はマリアーナたちと話をしたい。いいかな?」
この考えは、この洞窟に入る前から考えていたから、詰まることなく話せたと思う。
本当はこの洞窟の調査が終わってから話したかったんだけど。
「……リューリ様って……小娘領主とかって自分のこと言ってるけど、立派な領主様だと思いますよ」
トーマくん。飾り気のない素直な意見をありがとう。そういう素直な意見はありがたいし、大好きなんだけどね。
「トーマ。自分のご主人様に対して、その言葉使いをどうにかしましょう」
トーマの背後から、早速ユトの指導が入る。それにちょっと……いや、けっこう怖い。
「は、はい。申し訳ございません、リューリ様っ」
「あ、いいの、いいの。ユトは厳しいけど、私はわりとゆるめが好きだから……」
「トーマ。リューリ様はお優しいからこうおっしゃってくださっているけれど、けして甘えることがないように」
「は、はいっ」
ユト。君は私以外には厳しすぎないか?でもそうでもないか、な?まぁ、あとでそこは話し合いが必要か……。
「新米『荘官』として、リューリ様の今のご判断は見事だと思います」
「あ、はい。ありがとうございます。カリスには、うちの領地の『顧問』の役目もお願いしたいです。
私は至らない新米領主だし……あと……よかったら私に『魔術』の指導も」
カリスは私の申し出に、再び頭を垂れる。
「……承知したしました、リューリ様。
不承の身ですが、誠心誠意お仕えいたします」
少しほっとした。
これから『暗黒竜』のメインイベントが残っているんだけど、願ってもいない人材は確保できたんじゃないだろうか。
たぶん――マーカスのやつ。このカリスのことを知っていて、馬車の中で人材の話をしたに違いない。
それにはハセルさんの指示もあったのかな?でも、それはありがたいチャンスをくれたということだ。
私はそれに応えることはできたのかな?ま、わからないから、あとで聞けたら聞こう。
<面白いな……>
え?私の頭の中に、直接、声が聞こえた。これは……女性の声?若い感じがするけど。
<ここじゃ>
私が振り返ると……洞窟の先に、なにか生き物らしきものの影。
カリスにも声が聞こえたらしく、右手の平の明かりを先へと向ける。
アルバートやマリアーナたちは、剣の柄に手をかけ臨戦態勢。
照らし出された影は――黒い、凄く黒い四つ足の生き物――狼?
体は大きい。もしかしたら一番体躯のいいアルバートよりも大きいかもしれない。
敵意は……感じられない。だから、姿はとても怖いんだけど……恐れという感情は抱かないで済んでいる。
「あなたは……」
自然と私は、黒い狼に尋ねていた。
<我は……『ノックス』。暗黒竜ノックスじゃ。我が子孫、リューリよ。待ちわびたぞ>
狼はそう……名乗った。