第20話 私の進む理由は?
私が『千の輝きを操るなんちゃら』という地獄絵図のような二つ名の名付け合戦を乗り越え、洞窟というわりに四方が光る壁に、歩きやすい道というあり得ない好環境?で移動を進めている。
時々、思い出したように半透明の狼たちが襲ってくるんだけど、それは聖騎士たちが撃破してくださるので、私の出番は全然なし。
洞窟に入ってどのぐらいだろう……。いくら周りが見渡せるとはいえ、こう洞窟の中を歩いていると時間感覚がおかしくなってくるというか……。
「もう一時間ぐらい経ってるかなぁ?」
隣を歩くユトに話しかけると、ユトは懐中時計を取り出して
「いいえ。まだ四十分も経過していないですね」
「……え?まだそのぐらい?」
マジか……。なのにこの疲労はなんだろう……!?
――あの『名付け合戦』のせいだろうな、たぶん。
「リューリにはこう戦いながらの移動は初めてなんだろう?
緊張を強いられているから、疲労を感じるのかもしれないぞ。
戦いなんて、聖騎士様たちに任せとけ」
マーカスのフォローはうれしいけど……。たぶん、そうじゃない。けど、話を合わせた。
「うん、そのつもり。私がやろうとしたって、足手まといになるだけだし」
それは本当。訓練してるって言っても、今だ自分の能力の使い方もままならないからねぇ。
「……でも私たちはリューリ様のおかげで、ここにいるのですけどね」
「俺もユトと同じ意見だな」
ユトとマーカス。私の左右で二人のイケメンが私を褒めながら、笑顔でこちらを見つめてくる状況はいまだに耐えがたいほどの恥ずかしさだわ……。サイコーだけど。
「俺も……と言いたいところだが、今はユトとマーカスにリューリを任せるよ」
先頭のカリスの後ろを歩くアルバートが、後ろを歩く私たちに視線を向けているが、口元はほほ笑んでいるのが見える。
「私だって、リューリを守りたいんだぞ。まぁ……リューリの能力開発は、これから私がじっくりと教えるから安心してくれ。その能力を覚醒させたのは私なんだからな」
「……半ば強引だったけどね……」
私のすぐ前を歩く満面の笑顔のマリアーナに対して、私はそうとう高額のティーカップを生贄に、私に能力を使うことを強要したマリアーナとの記憶が、ありありと思い出された……。
ここで先頭にいるカリスの背中に視線を向ける。
『名もなき賢者』――この人はどれほどの魔術を使える人なんだろう。
この人にも『魔術』を教わることができるかな?
私は自分の魔力の潜在能力も感じない人間だから、そんなことはまったくわからないんだけど。
「……マリアーナとモーリーたちは、リューリとそんな思い出があるんだよねぇ。いいなぁ。
僕も会話に参加したいのにぃ……」
ここでロディの発言……って、内容は『ガキかお前は!』と言いたいもので……。
「ロディって、私より子供だよね……」
「なんだよそれっ!僕は君より二個上だぞ」
そうなんだよね。私はここでは十七歳。
でも中身は二十八歳……精神年齢はこの中でトップクラスなわけで。
「……これからいくらでも思い出を作ればいいでしょう?
ロディたちはしばらくこっちにいてくれる予定なんだし。大丈夫だよ。
私はロディもモーリーも信じてるし、大好きだから……あ、仲間としてね。
私の仲間って『家族』ってことだから……」
まるで子供に言い聞かせる内容になってしまったが。途中がほとんど言い訳となっているのは、『大好き』と言ったところで、ユトとマーカスの視線が……いや。マリアーナとその先にいるアルバートの視線も、痛かったから……。
「大好きと言ってもらったときは、俺がトキメキそうになったぞ。言い直してくれてよかったけど」
一番の常識人のモーリーの笑顔が少し引きつり気味。
私の指導係のような立場を確立しつつあるから、本当に申し訳ないと思ってる。
「『大好き』……『仲間』……か。うん、それで、いい。それでいいよっ」
対して、ロディがすごくうれしそう……。
なんだろう。その笑顔に違和感を覚えたのは。
その笑顔を見るモーリーの目が真剣だったのが……怖かったのは。
この二人は、いつもこんな感じなんだろう、な。きっと。でも……本当に?
「じゃ、ここにいるみんなは、『リューリ親衛隊』ってことだ」
「最初からそうだろう?私はリューリを守るためにここにいると、さっきから言っている」
ロディの言葉に、マリアーナがのっかってくる。
「どうしてそうなるのっ!!」
もうそろそろ、耐えるの限界なんだけど。
「……なんなの、この人たち。この王国のお姫様より、この領主様の方が大事なんて……」
「ありがとうトーマぁっ。そうだよね。そう思うよねっ。君が正しいよっ!」
私の背後で両手を頭の後ろに組んで、一連の大人たちの会話を呆れた様子で傍観していたトーマがつぶやいた内容に、私は思わず縋りついてしまった。
「ちょっ……俺まで巻き込まないでっ!!」
「いいや、君が正しいよっ!!この大人たちに、認識を改めるよう説得してよぉ」
「……リューリ様。出会ったばかりの少年に、これだけの肩書を持つ御方たちの説得を丸投げするのは、どうかと思うけどね」
同じように傍観していたナンティの上ずった声に、もがくトーマを解放して辺りを見ると……怖い視線が私とトーマに集中していた。
「皆さまの仲が良い事はよ――くわかりました」
笑顔で話すカリスのまとめの言葉がすごく……痛かった。
☆☆☆☆☆
「カリス。この先って、あなたは行ったことはあるの?」
あれから一時間。
光る壁のエリアが終わり、カリスとマリアーナが作り出す明かりが照らし出す、洞窟本来のごつごつとした岩場が作り出す空間が始まっていた。
半透明の狼たちは出てこない。でもひんやりとした空間が、それまでみんなとのやりとりで和んでいた空気を、一気に緊張を含んだものへと変えていた。
そんな中でも、カリスは淡々と私たちを目的の場所へと導いていく。
その足取りがまったく迷いを感じないので、私はそんな質問をしていた。
「ええ。ここへは何度も通っていますよ。
ただし、ここ一年はほとんど来られませんでしたが……」
「もしかしてフロテリューダのせい?あの光る壁のエリアは、人の手で作られたって感じだったし」
「……そうですね。二か月前にこの洞窟に潜入したときは、あまりの変わりように驚きましたけど……。この洞窟には大量の『魔素』が溜まっている場所ですからね。
だからあの大がかりな『魔術結界』を維持できたんでしょう。
フロテリューダは長期間、この洞窟の『魔素』を浴びた洞窟の壁面の岩を削り、何らかの魔導具に加工したのかもしれません。
リューリ様が見たというペンダントヘッドの魔導具も、ここの洞窟の『魔素』を含んだ石が使われているかもしれませんね」
人の命も弄ぶような魔導具を、このカトルアン領のものが使われていた――その事実が、私の心の中に、複雑な感情を沸き立たせる。
この時、ユトの左手が私の右手をしっかりと握った。
……この人は本当に……。私もユトの手をしっかりと握りしめる。
「カリス。この洞窟の奥にはなにがあるの?」
その場所に案内するからと、カリスは私たちを連れてきているんだけど、もうそろそろ真実を教えてもらってもいい頃合いだと感じた。
「……この冷たい空気の……『魔素』の主。これはアルバート様とリューリ様の先祖にあたる、『光の竜の子』――英雄リスター・ツゥーラントが『暗黒竜ノックス』を封印した場所なんですよ。
それがこの洞窟の最深部にあります。
フロテリューダはその封印を解こうとしたんでしょう。聖女であり、勇者でもある『姫騎士マリアーナ』様を守護する『光輝竜シュナーク』に対抗しようとして。
迷信と考えていた勇者の伝説が、人の姿をして現れたのですから、慌てたのでしょうね。
同じ伝説である『暗黒竜ノックス』の伝説に縋ろうとまでしていることを考えると……」
マリアーナが呆然としている私をじっと見つめている。
ユトは力の抜けた私の手を改めて握りしめた。
……『光輝竜シュナーク』と『暗黒竜ノックス』の設定は私が作ったもの……だけど、もともとこの世界が先に存在していて、私自身がなにかを感じて小説を書いた。なんてことを真面目に考えている私には、それがどっちのことなんてあんまり執着しなくなってきているんだけど。
私の小説では、『暗黒竜ノックス』は、コレタート王国の城の地下奥深くに封印されている……そして、ラスボスとしてコレタート王を操って、トリアンド王国に戦争を仕掛けてきた。
ティルはそのことに気がついて、マリアーナに助力を求めて、最終的にはマリアーナとアルバートが『光輝竜シュナーク』の力を借りて、『暗黒竜ノックス』を倒す……。
そんな結末にした。ラストが安直すぎたのは認めます。でもね。
まさか、この世界ではこのトリアンド王国の辺境の地『カトルアン』の地に、ラスボス予定の『暗黒竜ノックス』が封印されているとは思わないよねぇ……。
自分が書いた小説を『参考』程度に考えないと、私の頭の中では情報量が多すぎて、整理するのが大変なんですけど……。
それに『ツゥーラント家』が本家でアルバートの『ビナーズ家』が分家で……云々なんて、まったくの初耳なんだけど……。
で、『暗黒竜ノックス』の危険性は、私の書いた小説と同じように、ラスボス級なんでしょうかね?
カリスの説明を聞きながら、自分の血筋なんかのことより、そんなことを色々と考えてしまう。
たぶん。ユトもマリアーナも私が英雄の正当な子孫だということにショックを受けているのでは?と考えて心配してくれているんだろうけど……。
でもカリスの話を聞いて、一番考えなければいけないことを、私は怠っていた……。
「サリュマン様やリューリ様……貴女の命が狙われたのは、この洞窟の封印を解こうとしてのことだとも考えられます。
この地の『英雄伝説』の正当の末裔は、アルバート様のお家『ビナーズ家』ではなく、『ツゥーラント家』ですから。
『英雄リスター』のフルネームは伝承にも伝わっていません。ほとんどの方々は、『ビナーズ家』がこの英雄の子孫を考えているでしょうけど、本当はリューリ様の『ツゥーラント家』が正当な子孫ということになり、『ビナーズ家』は分家であり、本家『ツゥーラント家』を守護する使命があると聞いたことがあります」
「……カリス。今、なんて言いました?私の命だけじゃなくて、病死になっているお父様の命が狙われていた……ということはどういうことなの?
お父様とお母様の『流行り病』は嘘なの?
それは私も気になっていたのだけど。
まだ領地の半分程度の村しか行っていないけど、どの村も『流行り病』なんて流行していなかった。
お父様たちはだれかに殺されたということなの?
そして私もそうだった……ということなの?」
いくつかの村を巡って考えていたこと。
どの村も天候不順の作物の生育不良があっても、『流行り病』が原因なんてことはなかった。
でもルガーソはそれが原因のひとつと言っていた。
もちろん、あいつの言っていたことなんて当てにならないけど、でも話すからには、なにかがあるはずだと思う……。
でもフロテリューダが私を妾にと考えたのはどうしてだったんだろう?
でもそれが叶わないとなると、私の命を狙った……本当は誘拐が目的だったのか?
やることが面倒なことばかりなのよ……そんな面倒くさいことしなくたって、と思うんだけど。
「……明確な証拠はありません。これはあくまで私の憶測ですが……それでもよろしいですか?」
「教えて」
カリスは臆することなく、まっすぐ自分を見つめてくる私を確認すると、小さく――それでもしっかりとうなずいた。
「この『暗黒竜ノックス』の封印を解く鍵が、『ツゥーラント家』の血筋の者だということ。
おそらくその『血』が必要だと考えたのかもしれません。だから生死を問わなかった。
封印を解くだけでなく、『暗黒竜ノックス』を制御するにも『ツゥーラント家』の血が必要なのかもしれない……と考えると、今までのことが説明がつく。というのが私の考えなのですが」
「その『暗黒竜ノックス』って、『英雄リスター』の伝説では、この世界の半分を焦土と化した……という邪竜という存在だったと思うけど……」
この世界――この『トリアンド王国建国記』の伝説で、『英雄リスター』は『光輝竜シュナーク』の息子で、この世界の勇者となり、この大地を支配していた『暗黒竜ノックス』を倒してその体を封印し、この大地にあった小さな国のお姫様と結婚して『トリアンド王国』を築いた……というのがこの国の『建国記』だったんだけど。
どうしてリューリの家が、その『暗黒竜ノックス』を倒して封印した英雄の子孫なんだよっ。
マリアーナの王家『レディクリクス家』はどうしたっ!?
「この国の伝説ですけど、これはマリアーナ様にお聞きしたいのですが、『光輝竜シュナーク』の子孫は『英雄リスター』ではなく、その妻となった『カテリーナ・レディクリクス』様……『レディクリクス家』がそうであって、『英雄リスター・ツゥーラント』こそが『暗黒竜ノックス』の子孫であった。
という伝説としては、都合の悪い事実があったということではないですか?」
カリスに笑顔で問われ、マリアーナがめずらしくバツの悪そうな表情で、私に救いの視線を向けてきた。
「伝説ではありがちだよね。英雄に都合の悪い事実があると、それを隠ぺいして勝手に変えて発表しちゃうっていう。
この伝説はもう千年以上の前の話だし、私は『実は暗黒竜ノックスの子孫でした』っていう事実でも全然問題ない。でも、そんな不確かなことでお父様たちの命が奪われたのなら、そっちの方が嫌。
そんなくだらないことで、人の命を簡単に奪うなんてことの方がずっと許せないっ」
ここは洞窟だから、私の声は空間に反響して響いた。
無意識だったけど、私は左手をぎゅっと握っていた。
「……その通りだよ、リューリ。でも、こんな伝説なんてまったく関係ない。
私も、こんな伝説に縛られて大切な人の命が奪われたとしたら、それが許せない……」
マリアーナが私に大きくうなずいてみせる。
「……では、真実を確かめに行きましょう。
それからでも遅くはありませんから……」
カリスが私たちの様子を見て、安心したように洞窟の最深部を指さした。