第19話 ダンジョン潜入?
カリスは私たちを洞窟の前に連れてきた。
森の奥――村から歩いて三十分程度ぐらいか。
少しは急斜面もあって、ここに来るのにちょっと苦労はしたけど。
でも呼吸が荒い私と違って、マリアーナにしてもアルバートたちも汗もほとんどかいてない。
当たり前だけど、鍛え方が違うよね……私と。
「お疲れではありませんか、リューリ様」
「大丈夫……でも私も少し鍛えないといけないかぁ……とは思ったけどね」
と、ユトに心配されて、つい本音が漏れた。
「無理はするな。お前はここでユトと一緒に待っていてもいいんだぞ」
これはアルバート。
「この中も結構、岩なんかで歩きにくいし、それでもいいんじゃないか?」
マーカスもそう言ってくれるけど……。
「じゃぁ私もここで待っていよう。リューリの護衛は二人の方が心強いだろ?」
マリアーナ参戦……。
「……なんか……マリアーナ殿下より、リューリ様の方がお姫様みたいだな。
ここで待っているだけなら、リューリ様についているのはユトさんだけでいいんじゃないですか?」
子供は正直だよねぇ。……実は私もそう思ったんだけどね。
さすがに私が口にするのはおこがましいかなと思ってたんだ。
ありがとう、言ってくれて。トーマくん。
それでもこの間のことを考えると、マリアーナの言葉は心強いけど……。
私がここに来たいと言ったのに、どうして『残る』前提で話が進んでいるのか?
「マリアーナもここに残るから、俺たちも残らないといけないだろ?
ユトに二人の護衛をさせるわけにいかないし」
モーリーの言葉は当然。近衛隊はマリアーナの護衛が目的なわけだし。
「俺が残るから問題はなかろう。モーリーとロディがマリアーナの護衛を……」
アルバートが名乗りを上げれば
「冗談じゃない。アルバートが残るなら、私も残るっ。リューリを独占させるわけなかろう」
マリアーナ……だから。それじゃ問題解決しないでしょう……。
「大丈夫。私も行くから。それに、私がここに来たがったんだもの。
二人とも心配してくれてありがとう」
堂々巡りを回避するべく、私はマリアーナとアルバートに作り笑顔で対応する。
「……リューリ様って、どんなすごい人なんですか?
これだけすごい人たちに執着されてっぽいし、命まで狙われてるって……」
トーマの疑問が心苦しい。どう説明したらいいのやら……。
「トーマ。大人には色々と複雑な理由があるから、深追いをしない方がいい」
トーマに説明しているのか、諭しているのか……たぶんどっちもですね、カリスさん。
「しかしリューリ様のお命が狙われているというのは……」
カリスが私の顔を見ながら、その表情は険しいものだ。
私は掻い摘んで、今までの出来事をカリスに説明した。そしてルガーソの死のことも……。
これにはトーマが驚いていた。
「そんなことがあったのですね。しかしそれは間違いなく、フロテリューダは関与しているでしょう……。
ルガーソたちの命を奪ったそのペンダントに付与された魔術は、『離命殺の術』というものだと思います。
対象者の洗脳の他、命令の失敗などの場合は、対象者の抹殺するなどを目的にしている、最高難度『禁忌』の魔術です。場合によっては『遠隔』で対象者の命を奪うことも出来たはずです。
これを使える魔術師は限られてくるはずですが……」
……カリス……すごい。
私から少し聞いただけで、王国の魔術師にもわからなかったペンダントの謎も解いちゃった。
「……カリス……キャトラント……」
モーリーが考え込んでいる。カリスについて、なにか気になることがありそうな感じなんだけど。
「あなたはもしかして、『王立シューダ大学』で、平民出身で初めて主席で卒業という偉業を成しとげたいう『名もなき賢者』と言われた方ではないですか?」
これにはマリアーナが「えっ」と声をあげるほど反応している。
「あの『名もなき賢者』とは……王国が探し求めている方のはずだ。国の重要な地位を用意していたが、ある日突然消えてしまったと。それがあなた……なのか?」
モーリーとマリアーナが、カリスを凝視しては次々にそんなことを話した。
「ってか、カリスってもしかしてすごい天才なのに、でも若いうちに世を儚んで隠遁しちゃった人的な?」
思わず尊敬の眼差しで私が見つめると、カリスは「そんなすごい者ではありませんよ」と笑顔が引きつっていた。
「この領地の領主様がなんて顔してんの……リューリ……。すごい恥ずかしいよねぇ。
でもその人について僕が聞いたのは、良く思わない貴族たちが影で色々と嫌がらせをしたせいで、『名もなき賢者』は城から出てしまったと。そして争うことが嫌いな人だったとも、僕の父上が言っていたけど……」
どさくさに紛れてさっきの仇とばかりに、さりげなくロディが私に毒づいてきた。けっこう、根に持たれてたのね……。
でもロディの父親って……ここに私の設定が生きているなら。
「……ロディのお父様は、現騎士団長のアトラ・シャーデン様じゃなかったっけ?
アトラ様ってカリス……」
「わぁ、リューリってぼくのお父上のことを知っているの?
普段はかくしているんだけどねっ。そっかぁ……リューリって、けっこう色んなこと知っているんだ」
そうか。やっぱり……間違いなかったみたいだね。
ロディの両親は、ロディが五歳の時に離婚をしてる――としたんだよね。
貴族同士の離婚はめずらしいけど、ないわけでもない。
オシウス家は王国でも名門の貴族として、アトラが婿養子となったんだけど、自由奔放なロディの母親に手を焼いて離婚。ロディは母方に引き取られたわけだけど、父親のアトラの血を引いて剣術は天才的だったために、十六歳で聖騎士となり、十七歳の時マリアーナの近衛隊に抜擢された。と。
――まぁ、今はどうでもいいや。
この人のおかげで、たぶんマリアーナたちは問題なくこの領地に来られているんだろうと、納得してしまった。でも私が書いた物語だったら、リューリがアトラと会うこともないし。
アルバートが騎士団長になるきっかけのひとつは、この人がトリアンド王国軍総騎士長になることだったんだけど……なぁ。
この世界が私の物語とは別物状態だし、なんとか進んでいくのだろうか。
もしかしたら、いつかはリューリはアトラに会うこともあるかもしれないし……。
話がすごいそれちゃった……。
今はカリスに集中しないとね。
「まぁ……皆さんのおっしゃったことは概ね当たっています。
アトラ様も私を色々とサポートしてくださった方ですし、最後まで私を引き留めてくださったのですよ。
でも閉鎖的な貴族の社会は……私にとって居心地が悪かったものですから。
城から出た後は、アトラ様がお口添えしてくださって、サリュマン様が手を差し伸べてくださったわけです」
サリュマンお父様はアトラとも関係があったんだ……。
カリスは私を見てほほ笑んでくれた。この人の笑顔を見ながら、私はここでひとつの考えが浮かんでいたが、これはもう少し後にしようと決意して、この時は口にはしなかった。
そしてカリスの身元の話もここで終わりにさせてもらおう。
本来の目的を果たさないと……ね。
「カリス。この洞窟のことなんですけど、ここでめずらしい『魔法石』が採掘されていると聞いているのですが……」
洞窟の前でいつまでも長話をしているのも時間がもったいないし、カリスの話はあとでゆっくり聞かせてほしいから、今はこの洞窟探検――否。ダンジョン?攻略をしてしまいたい。
「……『魔法石』……ですか。
では、中でその真相を説明いたしますので、ついてきてください」
カリスの言葉には、『含み』がある。まぁ、フロテリューダのこれまでの行いからすると、私は『魔法石』の話は嘘だと思っている。
これから、それを暴きに行くわけだよね。
☆☆☆☆☆
「わが手に光を」
そう言って、カリスが右手を宙に差し伸べると、その手のひらにポゥと手のひら大の光球が出現した。
「……うわ。中がよく見える」
洞窟は、入り口部分はまだ外の光が射しているけど、奥はそれこそ暗黒の世界が奥まで続いているから。
カリスの手のひらの明かりは、漆黒の暗闇を照らし出す一筋の光明にさえ見えてくる。
「もう少し先に進みましょう」
そのままカリスを先頭に洞窟の奥に進む。でも足元は整備されていて、歩きづらさは感じなかった。
「この間、俺とロディが来られたのはこの辺りまでだったな……」
「そうだね。この先は人が立ちはだかって、この先を見せないようにしていたし」
洞窟に入ってまもなく、モーリーとロディがそう言った。
「ええ。この先は連中にもっとも見せたくないものがあるのですから……。
それと、皆さま。この先からは少し気を付けてください」
カリスさんの声が洞窟内に反響して、それを合図にマリアーナたちが剣を手にする音が聞こえてきた。
「……リューリ様は私の後ろにいてください」
ユトが私の前に立って、『この先』への注意を促してくれた。けど、やっぱり怖い……。
皆の緊張感がぴりぴり伝わってくるし。でも……私だって……。
カリスが『この先』に足を踏み入れると、キンという金属音のような音が聞こえて、その『位置』を境に洞窟の壁が奥まで一気に白色に発光した。
「……な、なに?」
「『幻惑の輝き』だ。この先に進もうとする者に幻惑を見せるための仕掛けだな」
背越しにアルバートが私に説明してくれた。
その直後、奥からなにかが走ってくる足音が聞こえてきた。それも複数……。
「……うわっ」
「えぇっ」
私とトーマが驚きの声をあげてしまった。
足音だけ聞こえていて、まったくその主が見えていなかったのに………足音が間近になったと思ったとたん。足音が半透明の狼の姿をまとった。
突然目の前に出現したその狼たちに、私とトーマは驚いたんだけど。
アルバートはすでに剣を抜き放っていて、三頭はいたはずの狼を一振りで斬り伏せ、今度は両側の壁から狼たちが出現すると、モーリーとロディがそれぞれに斬っていた。
でも、まだ奥から足音は聞こえてくる。
マリアーナが抜いた剣は仄かに赤く光っていて、そのまま上段の構えで待ち構えていた。
「はぁぁっ」
一声発すると、剣を振り下ろす。
赤い光が空間を走ると、隠れていた狼たちの姿が露わにされて赤色の光を浴びて、その姿は消滅していった。
「……すげぇ……」
トーマが声を漏らすと、
「さすがは聖騎士様ですね」
「これは実力の一端ってところだろう」
ユトとマーカスもそれぞれに感嘆の言葉を口にした。
「勇猛の剣、精錬されし剣、異才の剣。それらを統べるは聖なる明媚の剣――『聖なる姫騎士と近衛隊』を称える言葉だそうですよ」
振り返ったカリスが笑顔でそう語る。
おお。なんかかっこいい……剣を鞘に治める皆がかっこよく見えるし。
「今や、その『聖なる姫騎士と近衛隊』を統べるは……」
マーカスが私のとなりでそんなことを言いかける。
「その次にくる言葉が『しょうもない辺境の小娘領主』とか言わないでよ。統べられるわけもないし」
ノリ的にそういうオチかな?と、とりあえず自虐的な言葉を続けてみた。
「その『しょうもない辺境の小娘領主』が、とんでもないことになるかもしれないしな」
となりを見上げると、マーカスが私を見て笑顔を向けている。
「私もそう思いますね。例えば『千の輝きを操る少女領主』とか……」
すんごくめずらしく、ユトがそんな冗談を言ってきた。それに……。
「ユトって……意外とネーミングセンス……ないんだ」
「真顔でそう言わないでください。けっこう自信があったのですから」
本気で落ち込んでいる様子のユト。
……もしかして緊張を和らげようとしてくれたのかな?でもそうじゃなかったら、ユトは何でもできる執事の唯一の弱点が『ネーミングセンスの無さ』になっちゃうよ……。
「だったら『千の輝きを操る美少女領主』とか?」
それ、気を使ったつもり?マーカス……。
……たった一つ付け足しただけで、悪化した厨ニ病センスになるとは……。
「……マーカス。まだ、それを広げる気?傷口に塩水を塗りたくっているだけのような気がするよ」
「容赦ないね、リューリ……」
こちらは呆然と私を見てるマーカス。
マーカスの二つ名なんか、言っていて悲しくないか?と思うよ。
「だったらさ。『千の輝きを操る小娘領主』でいいんじゃない?」
トーマが私たちのやり取りを見ていて、今までの意見をまとめた総意のような二つ名を言った。
「……トーマ。それ採用しよう」
「「えっ?」」
「マジで?」
私の決定に、ユトとマーカスが驚き……トーマも驚き。
「なんかしっくりきたといか、私っぽい感じがするから」
「……なんかリューリって自己肯定感が低いよな」
「自分のことを知っていると言ってほしいわね」
「私はマーカス様に同意しますよ」
「……ユトまで……」
「だったら『千の輝きを操る』……」
いつの間にかアルバートが参戦。「私はもっとなぁ……」とマリアーナが小さな傷口を大けがにさせようとしてくるし……。
「なんか皆のネーミングセンスがやばくない?トーマのでいいんじゃないの?」
「……ほっておけ」
モーりーとロディが完全に呆れてる。
私たちが言い合っていると、その後ろでカリスとトーマが様子を伺っていた。
「なんか言わない方がよかったですかね」
カリスが目の前の現状の収集を悩みながら、引きつった笑いで誤魔化している。
「でもリューリ様たちって、すごい仲良しなんですね……」
トーマがそう言って、カリスを見上げるとその口元に笑みが浮び「そうですね」とうれしそうにして……。
あとでトーマからそんなことを聞いたけど、今はとにかく先に進まないと。
「お待たせしてすみません。先に進みましょうか」
「ええ。そうしましょう」
長い中断を挟んで、私たちは洞窟を先に進み始めた。