第16話 不穏な動きと反撃の狼煙?
――まさか。
一週間も屋敷に帰してくれないとは思わなかった……。
マリアーナとの約束の一週間は、ソルシーナ城で過ごすことになるとは思いもしませんでしたよ。
おかげでお城から、第一王女のマリアーナ殿下とその近衛騎士筆頭であるアルバート様とご一緒に
我が屋敷に帰還となりました……。疲れた……。
「お帰りなさいませっ、リューリ様っ!!」
屋敷の玄関前には、ユトを始め……使用人の皆が勢ぞろいしてる。
「……うん、ただいまっ。心配かけてごめんなさい」
ユト、メアリ……カカルとエルマは泣き出してる。他の皆も……もう、泣きそうなんだけど。
「愛されているな、リューリ」
耳元でアルバートがささやく。私は泣き出しそうな顔を見られるのが恥ずかしくて、振り返らずに
「うん」とうなずいた。
「お帰りなさいませ、リューリ様。ようこそいらっしゃいました、マリアーナ様、アルバート様」
「これからしばらく世話になるが、よろしく頼みたい」
「はい、ごゆっくりお過ごしくださいませ、マリアーナ様」
相変わらず、ユトは完璧に……でも少し……表情が固いような?
「エルマ。皆さまを応接間へご案内を。メアリ。皆さまの荷物を客間へお運びするように。それと……」
テキパキと指示を出すユト。
私はマリアーナたちに先に行ってもらい、玄関にいるユトの前に立った。
「……ただいま、ユト」
「りゅ、リューリ様。お、お帰りなさいませ……いかがなされましたか?
お体はもう……?」
「……私は大丈夫。それより、ユト。あなたが大丈夫なの?」
いつも、いつも私の心配ばかりしているユト。いつ休んでいるのだろうと心配になるぐらい、働いてるくせに、私には少しもそんなことは見せない。
「……倒れてから会えなかったし……。ずいぶん心配してたんだけど……」
え?私の顔を見て……すごく悲しそうな表情になる。どうして?
「リューリ様の……貴女の無事な顔を見ると、泣き出しそうだったので……我慢していました」
いつもなら、恥ずかしくなるぐらいまっすぐに私の顔を見てくれるのに。
今は顔をうつむけて……ちゃんと私に顔を見せてくれない。
私はユトのいつも白い手袋をしている手を両手で握った。
「貴女をお守りできなかった自分を……ずっと悔いておりました」
「……あの時。私とカカルを守ってくれていた背中がたくましくて……かっこよくて。本当にうれしかった……本当にありがとう……。
ユトにケガがなくて、本当によかった……。
不甲斐ない私だけど、これからもよろしくお願いします、ユト」
「……もう二度と、貴女を危険な目に合わせないように……全身全霊でお守りいたします。
リューリ様」
「それはとてもうれしいけど……少しは休んでよね。今日なんかすっごい疲れた顔してるよ」
「リューリ様がお帰りになると思うと、うれしくて眠れませんでしたので……」
やっと顔を上げてくれたユトは、照れくさそうに苦笑気味。
「ユトたちに会えると思うと、私も早く帰りたくて帰りたくて困ったな。
早く、屋敷に入ろう。皆にもたくさん話したいことがあるし」
「はい、リューリ様」
生真面目すぎるユト。やっと、いつもの調子になってくれた。
ごめんなさい。ずっと気にしてくれていたんだね……でも私はもう大丈夫。
もう逃げないって決めたから。
☆☆☆☆☆
「よう、お帰りーっ」
応接間には、笑顔のモーリーと対照的な不機嫌なロディがソファに座っていた。
「え?お二人とも遠征中って聞いたんだけど……」
脱力しかけた私が尋ねた。
「ああ。二人はストルト村の調査の先行部隊だよ。私が直接に指示したからな」
少し得意げのマリアーナ。って、それって……アルバートの部隊の人たちじゃなかったの?
そうアルバートに訊くと、
「事情を知っている者の方がいいだろうと、マリアーナから直々にな」
「……そう」
で、ここにいるわけか。なんかユトの疲労の原因がここにもある気がするんだけど……。
「で。ロディの機嫌の悪さはそのせいか?」
アルバートがモーリーに質問をする。
「いいやぁ。大きな子供の妬みだよ」
「誰が大きな子供だよ。一週間前に、リューリたちにくっついて、モーリーもご馳走を食べたって言うから……僕もついて行きたかったよ。
襲撃の対応だって、僕がいれば少しは違ったかもしれないじゃん……」
襲撃のことは……なんとも言えないけど。
でもご馳走の件は心配はしてたんだよね。――バレたのか、バラしたのか。
「マミトニア邸のご馳走は無理かもしれないけど、今回の件はロディ様にも手伝って……」
「ロディでいいよぉ。モーリーも仲が良さそうだし。なんか僕だけ仲間はずれっぽいじゃん」
フォローのつもりだったんだけどねぇ。
なんか近衛隊も個性の時代なのかね……。
「じゃ、ロディ。一応、この屋敷の主人も戻りましたので、心ばかりのおもてなしはご用意させていただきます。シューダで材料も仕入れたし……そう言えば、マーカスは?」
「ああ。親父さんと打合せとかで、一度王都に戻るってさ。行き違いだったな」
モーリーが説明してくれて、色々タイミングというのも難しいなと思った。
モーリーには、あのあと私が目覚めてから、直後に城で会えたんだけど。
マーカスはユトとカトルアン領に行ってしまったと聞いていたから、ここで会えると思ってたのに。
『庭いっぱいの生ゴミ発言』も謝っておきたかったんだが……。後日、ちゃんと謝ろう。
「で、ユト。頼めるか?」
アルバートが扉付近に立っていたユトにそう言うと、「はい」とうなずき、ユトは右手の指をパチンと鳴らす。
直後に少し――気圧のせいで耳が聞こえにくくなる状態と少し似ているような感覚になった。
「え?なに?」
「部屋に防音の術をかけてもらったんだ」
私が見回すと、アルバートが答えてくれたが……なんだか、知らないところで仲いいじゃん、二人。
別に嫉妬じゃないよ、良いことだし。
「すごいね。こんな一部屋に、魔術がかかっていることを悟らせないほどのレベルって、一国の上級魔術師ぐらいすごいんじゃない?」
ロディが感心してる。でも……え?ユトってそんなにすごいのかっ。
私がうれしくなってユトを見ると、ユトも笑顔でうなずいてくれる。
と、いつの間にかにナンティもこの応接間に入ってる。
ナンティも凄腕の使用人だよね……マーカスに感謝だな。
「これで外に声が漏れる心配はない。今いる関係者にはここに入ってもらった。
ユト。報告を頼めるか?」
「はい」
あれ?やっぱし、アルバートとユトがあうんの呼吸というか?
「心配するな。お前から、ユトを取りはしない……」
二人をきょろきょろと見ていた私に、アルバートが呆れ気味に言った。
「そ、そういうわけじゃっ」
「うらやましいな……ユト」
笑いが起きる中、意味がわからないマリアーナの焼もち。この際、無視しよう。
「この屋敷の中の使用人すべてに、あの黒いトップのついたペンダントをしている者がいるか調べましたが、とりあえずはおりませんでした。
あの襲撃の際に捕らえた者が自白した「一度ペンダントをすると二度と外せない」という話を考えると、このような場所での間者には、そのように目立つものはさせないのかもしれません」
「正直あたしもルガーソの一件のあと、この屋敷の使用人の動きを探ってはいたんだが……数名ほど気になるやつはいたから、それはユトに話してある」
ユトとナンティの口から、この屋敷の使用人たちの調査内容が報告された。
わかってはいたんだけど……やっぱり……いないと信じていたかった。
「で……その気になるってのは誰?」
私はナンティに訊いた。
私はこの屋敷の主だもの……。知らないといけない。
「でも、それはナンティが「気になる」ってレベルの話なんだろう?」
ここでロディの発言があった。
「そうだね。あくまで「気になる」ってだけで、一応、「こいつの前では気を付けてくれ」ということだ。事が事だから、気を付けるに越したことはないってことだな」
ナンティが説明に付け加える。
「……そっか。あくまで用心することに越したことはないってことね」
「あ、そういうこと。あんまし気にすんな、リューリ様」
ナンティが慰めてくれるけど……私、皆に気を使わせているのかなぁ。
「そういうことだ。こういうことは俺たちの方が経験がある。
お前は館の主として、普段通りに振舞っていればいい。
必要な時はちゃんと話すから……」
「……本当に頼むね。私だけ知らないなんて、嫌だからね。
今、アルバートが言った通りに、私はこの屋敷の主なんだから……」
「ああ。俺だけじゃない。ここにいるメンバーはちゃんとわかっているよ」
なんか、アルバートに誤魔化された気もするけど。
「わかった……続けて」
私はユトとナンティに話の続きを頼んだ。
「気になるという者は……二名。一人は給仕のカーリー。そしてもう一人は……メアリです」
「……え?」
そう言ったのはユトだった――。
聞き間違い……か?今、メアリって言った?カーリーだって、いつも明るい元気な……笑顔の子。
どうして二人の名前が?
私の視線は、非難めいてユトに向かう。
こういう時のユトは、いつもなら……毅然としてるのに。
この時は……私を見る目が、とても辛そう……。本当、なの?ユト。
「その二名は、あくまで『疑い』の域だろう?」
マリアーナがユトに尋ねると、ユトは「はい」とだけ答えた。
「……うん、わかった……。特にその二人の前では気を付ける。
でもあくまで普段通りに……。うん。気を付けるよ」
そうだね。また、あんな襲撃があったら、皆を巻き込みかねない。
あの襲撃の際、捕まったという男は、ペンダントを首にかけたとたんに
「カトルアンの領主、リューリ・ツァーラントを殺せ」
と誰かに頭の中で呼びかけられているようだったという。
あの襲撃スタイルは、事前にユトやナンティの情報も掴んだいたということと、さらにモーリーが護衛についたことで考えたという。
最初は私が泊まる宿屋を襲う予定が、マミトニア邸に変更になったことで直前に計画が変更。
植物園に行ったことで、急遽、あの広い公園で襲うことになったとも語ったそうだ。
でも誰が指示していたのか、その情報源は誰だったのかなど一切覚えていなかった。自白の術をかけても、記憶にすらなかったという。
ハセルさん。こういうことも考えて、私を守ってくれていたんだよね。
帰りにマミトニア邸に寄って、お礼は言ったけど……。
その時、こう言われた。
「なにがあっても、仲間を信じなさい。
辛いと思ったら、マーカスにでも、アルバート様……あの執事のユト殿でも、カカル、ナンティ……
貴女には信じられる仲間がそばにいるはずです。
ちゃんと貴女の思いを話すといい。皆、わかってくれるはずですよ」
……ハセルさん。まるで、全部わかってるみたい……。
「……モーリー、ロディ。ストルト村のことを教えて。
なにか気になることはあった?」
私は気持ちを切り替えて、今回一番知りたかったことを聞くことにした。
メアリ……カーリーのことは、まだ『疑い』の域なら、優先すべき問題はストルト村のことだから。
「領主様らしくなってきたね。いいよ。今から報告する」
私の気持ちを察したのか、モーリーが笑顔でウィンクした。いや。それは余計だから。まっ、いいか。
「俺もアルバートと同じで、一度、同じ隊に所属していた時に行ったことがあった。
今から四年前ぐらいかな……。村自体はその頃とさほど変わっていなかったけど、フロテリューダがあの村だけに援助して不作の補てんをしてやっていたらしい。税金の話すら出てこなかった。
前にリューリが出した、増税廃止の通達は何のことだかわからないとも言っていた。
リューリが勝手にそんなことをしているのは、フロテリューダがこの領地を何とかしてくれていることを、まだわかっていないからだとすら言っているやつもいるぐらいだ。
フロテリューダのことを、ずいぶんやつを褒めていたよ」
「うん、それは僕も驚いたよ。
いつフロテリューダとリューリが結婚して、ストルト村に屋敷を建てるのかって、聞いてくるやつもいたぐらいだからね。でも、すぐに村長に止められてたけど」
「……ほう……。ずいぶんフロテリューダ贔屓も甚だしいな……」
モーリーとロディの報告を聞いて、マリナーナが怒っていた。
完全に怒るタイミングを失った私は、二人に報告の続きを頼んだ。
「洞窟のことだが、今回は入口付近の調査に留まったが、ずいぶん様変わりをしていたな」
「様変わりって……?」
私がモーリーに尋ねると、
「奥で良質な『魔法石』となる、いくつかの原石が見つかったとかで、村人が中心になってその採掘が行われていたんだ。
で、俺たちは中まで入れてもらえなかった……というのが真相なんだけどな」
「その掘り当てた『魔法石』の原石って……」
「ああ。フロテリューダが買い取る契約になっているらしい」
そこまで聞いて――私は一度瞳を閉じて、大きく深呼吸をした。
頭の中を整理したい。……と、いうか。やることは決まっているんだ。
再度、目を開けて。私は口を開いた。
「……村を調べるよ。私が直に調べる……。
人んちの領地を勝手にしやがって……。絶対許さないからな……フロテリューダ……」
「その前に……君はその言葉使いをどうにかした方がいいんじゃないか?」
モーリーに指摘されて、我に返る。――しまった。また、怒りに任せて……。
「いいえ。それもリューリ様ですから。私はかっこいいと思いますよ」
ユトぉ。なんだか久しぶりで、涙が出そうなぐらいうれしいフォローだよぉ。
「……ありがとう、ユト。でも少し控えるよう気を付ける」
「そうですね。頻繁に出ると、さすがに周りは怖いと思いますから」
「……気を付けます」
と、私が反省したところで、アルバートが私を見てほほ笑んだ。
「やることが決まったな」
「うん……明日、ストルト村に行く。
皆にもついてきてほしいんだけど……いいかな?」
私が見回すと、皆がそれぞれの笑顔でうなずいてくれた。
ありがと、皆……。
今までのこと、絶対償わせてやるからな……首洗って待ってろよ、フロテリューダ。