第1話 小説の完成、そして人生のやり直しへ?
「……これで「連載終了です」と」
ただ、それにポチっとするだけなんだけどね。
終わった。三年……全部で五百章の大・大長編の大河小説。
この小説投稿サイトに、三年に渡って連載した私の代表作。もう浮気もしないで、ひたすら書き続けたファンタジー……まぁ、流行りの異世界転生恋愛ものなんだけど。
裏切りあり、浮気あり、戦争あり――詰め込められるものはほとんど突っ込んだ。パン、パンで破れそうなのに、いろんな人気のネタを詰め込んで、もうおなか一杯だけど、それでもデザート別腹、信じればカロリーゼロ。ってなもんで、やれるだけやった。
昨日数えたら、登場キャラクターは四百十ニ人だった。数え漏れあるかもしれないけど…。
「これで人生初めての、連載終了の小説欄に載るんだね。……どうなるんだろう……」
わくわくする。だって……三年間で、ブックマーク……ゼロなんだもんね。これはこれで、結構すごいよ。もしかして記録もの?すごいじゃない……でもなぁ。
連載終了、五百章に渡る大長編……誰が読むんだろう。
当然、感想なんてもらったことは……ない。
『人生どんぞこ社畜女が異世界に転生したんですけど、聖女にはなれそうにないので勇者になろうと思ったけど、その勇気もないので平凡な生活を夢見た結果の件』
長いタイトル。流行りだし、タイトルは大事だし。タイトルでストーリーわかるぐらいな方がいいよね。
いろいろ突っ込めば、まぁ、何かは引っかかるでしょ。大事、大事。
……でもさ。三年間で、ブクマゼロって……盛りすぎたせい、かな?
私みたいな……モデルは私なんだけど、自分の方が書くときに主人公に共感しやすいし。
とあるブラック企業の事務をやっているその主人公が交通事故で亡くなって、異世界で王女様に生まれ変わって、どんな傷も病気も治せる癒しの力を持っている聖女なんだけど、剣術もすごくて勇者にもなれる完璧王女で、でも聖女なんて色々面倒くさいから、勇者になろうと思ったんだけど、幼馴染のイケメン騎士団長がすごく強くて、この王女がいる国を狙う隣国のイケメン王子も強いから、なにかとこの王女にちょっかい出してくるし、で妙に二人を意識して思い悩むとか、それでも傾いた国を発展させるため手を結んだ大商人のイケメン息子もアプローチしてくるから、これも意識しちゃうからすごく悩む。で、いろいろなんやかんやで、結局幼馴染の騎士団長と結ばれる。
個人的には、幼馴染のアルバートには、私の理想を全部ぶっ込んだから、一番の推しではあるんだけどね。でも推しだと、少しいじわるしたくもなるってもんで、二転、三転、四転…。すごい、すごい。
登場キャラクター四百十二人。いやぁ、覚えきれてないよね。
まぁ、でも。なんとか書ききったんだよ。頑張った、頑張った。やりきった感は……最高だ。これ本音。
これはこれで、自分で自分を褒めてあげていいよね。うん、よく頑張りました。
「あー。もう一時じゃん。早く寝ないと……」
夜中の一時。明日は……そっか。早番変わってもらったんだっけ。朝は九時まで寝てられる。
もう一か月……休んでない。駅ビルの雑貨店。一応、三十手前で店長。
彼氏いない歴、年齢と同じ。たしか二十五までに経験ないと、魔法使いになれるんだっけ?
少ない人数でお店を回してるせいで、今年の三月に、高校生と大学生のバイトが三人ほど卒業とともに退職。仕方ない理由だけど、うちの安い時給のせいで、なかなか募集をかけても人が来ない。
そのせいで、私がシフトの穴を埋めるべく、休めない状況に陥った。
会社に言っても、なんやかんやと何もしてくれない。
見かねて、大学生の金山ちゃんが遅番のシフトから、早番に変わってくれた。もう一つのバイトを休んでまで。
「店長。少しはゆっくり寝て、休んでください」
本当にありがとねぇ。こうして人は支え合っているわけね。身に染みる。
そして私は小説を書いて、夜更かししているわけで。
でもこれはこれで、この小説は、私にとって……支えだったし、とても大切なことなんだよ。
「あ。投稿してからニ十分経ってる。……アクセス数チェックしてから、寝るとしよう」
パソコン開いて……ドキドキ。ええっと。お……三十五。この時間で新記録じゃない?
これはもしかして。あ。ブクマはまだか。欲張りすぎか。
「ねむ。もう限界……」
よいしょと椅子から立って、トイレに……あ、めまい。最近、これ多いな。朝起きるのがすごく辛いんだよね。鉄分不足かなぁ。サプリ飲んでるのに。
すごくだるい……ふぅ。今度、休みもらえたら病院行こうかな……。でも最低一週間は無理か。
トイレに行きかけて……あれ?あ、足に力が……。
どさりと倒れた痛みが……ない。あれ……やばい?これ、やばい。
私、まだ二十八なんだけど。享年二十八って嫌だ。あれ。どんどん目の前が暗く……。
こうして私、林田香織は死んだ―――。
☆☆☆☆☆
目の前が……まぶし。
「……リューリ様っ。起きられましたかっ!!」
え?リューリ?え……ええっ!?
私は急に体を起こして、すごいめまい……え。助かったの、か?
「大丈夫ですか、リューリ様。一週間も高熱で起きることができなかったのですから、急に体を起こさされるのは無理ですよ」
あ、そう。一週間って。だからリューリ様って……なにっ!?
「私……え?」
「意識がなかったのですから……無理されない方が」
さっきから、説明してくれるこの子……誰?
私はやかましい…もとい、色々説明してくれる女の子の声の主を見るために、右横を向いた。
「……私のことわかりますか、リューリ様」
「いいえ。誰?」
ガ――ンっていうショックを受けたような音が似合いそうな顔してる。本当に誰なの、この子。
「エルマですよ。リューリ様」
エルマ……ね。
そういえば、私のつくったお話の……王女マリアーナの幼馴染の騎士団長のアルバートのさらに幼馴染の……リューリという領主の娘の……メイドの名前がエルマだったと思ったな。
リューリってキャラクター、最初はモブにしようと思ったんだけど、王女マリアーナのライバルが欲しいと途中で思いついたんだよね。リューリが使えるって思ってさ。
幼馴染のアルバートを奪い合う恋のライバルにしたんだけど、マリアーナと性格がダブるから、途中で扱いに困って隣の国の王子のティルにそそのかされて、マリアーナを亡き者にしようとして失敗して、国を追放されて、辺境の田舎町でひっそり病で亡くなるってことで退場させたって……え?
右手で自分の頬を触る。
少し窪んでいるかな。一週間寝たきりだったと言うのなら、『頬がこけている』という感覚というのがこれなのかもしれない。
そして……ボブの長さだった私の黒髪が、長髪の栗色の髪色――。
「エルマ……鏡をお願いできるかしら?」
「あ……は、はい」
エルマが手鏡を私に手渡してくれた。
手が震えている気がする。意を決して鏡を見ると。栗色の長髪の他に、私のいた世界では実際には見たことがない『翠緑色』の双眸が、『リューリ』という私を見つめていた。
ここは間違いなく『異世界』というもののようだった……。
そして――私が考え、三年間書き続けた小説の世界。
今の私はその世界の住人になっている――ということのようだ。
「エルマ。もしかしてここは、トリアンド王国カトルアン領……かしら?」
「はい……昨年お父上のサリュマン様とお母上のキュリナ様が流行り病で亡くなられ……。
リューリ様が同じ病になられたために、もうダメかと……皆が心配していたんですよ」
「……私の病って何?」
「赤もがさです」
赤もがさ……ようは『はしか』のことか。前にそんなこと調べたんだよね。
ここ、もしかしてじゃなくても私の作った物語の世界……『人生どんぞこの社畜……』…ええい、長いっ!!
その世界だわ。でもリューリの両親がはしかで亡くなったなんて設定は作ってないけど……
コンコン。扉をノックする音。
そういえば、この部屋が広いわ。私のワンLDK全部つなげても、ここの方が広いわ。
そして貴族しか使うことがないような――ダブルベッドの広さはある豪華なベッドに私はいて。
家具のなにもかもが、これまた豪奢なものばかり。
さすがは領主の娘……ということか。
そうだ――今はそうじゃなくて。
「はい、ただいま」
エルマが扉を開けに行く。今度は、誰がくるのかしら?
リューリに関しては、本人以外あんまり詳しく設定してないんだよなぁ……。
「リューリはどうだ……って……リューリっ!!目が覚めたのかっ!!」
え、ええええええっ!!!
紺碧の空を写し取ったような髪色に、磨き上げた銅鏡のような輝きを持つ瞳。
褐色のたくましい筋肉質の肉体美……百九十センチはある高身長のこの王国最強の聖騎士っ。
こ、これは……っ!!私の理想のイケメンっ!!
「あ、アルバートっ!?」
私の理想の塊が……どうしてここへ??
「目が覚めたのかっ……よかった。このまま目が覚めないと……どうしようかと思ってた…」
泣きそうな顔で訴えかけてくるアルバート。まるで子犬のような、少し可哀そうで、かわいい顔してる。
ああ、尊いかも……。じゃないっ。
もしかして、目が覚めなかったら、王子様のき、キスとか?おしいことしたかもしれない。私。
でもアルバートってば、私の理想より、少し声が低いのね。でも顔のイメージはそのまんまだわ。
それはそれで、よし。
「……ありがとう……あ…」
言いかけた私を押しのけるように、エルマが私たちの間にしゃしゃり出てきた。
「アルバート様。リューリ様は起きたばかりで、少し記憶が混乱されているようです。
まだ少しお休みされていた方がいいまもしれません。アルバート様は、あちらでお茶でも……」
……エルマ、貴様。アルバートを私から離して、独り占めにしようと企んでいるだろう……。
こいつ、危険なやつだ。
「エルマ。私はもう大丈夫よ。喉が渇いたからお茶が飲みたいわ。お願いできるかしら?」
「……そうですか。ただいまお持ちいたします。アルバート様。少々お待ちを」
エルマ、お前。テンション、駄々下がりじゃねぇか。いかにも残念そうに声のテンション、低。
私の見てないところで、舌打ちしてそう……。怖っ。
「リューリ……まだ顔色が良くないみたいだが……」
アルバートの左手が、私の右頬に触れる……。
「……頬も痩せてしまって……痛々しいな……」
さすが、私の理想の男。やることが私のツボにはドはまり……かなりヤバい。
「一週間、意識がなかったみたいだし。でも……赤もがさだったら、まだ私に近づかない方がいいんじゃない?」
なに言ってんの私。なにいい子ぶってるの?理想の男が目の前にいるのに、それを手放すようなこと言ってんじゃないわよ。
でも『はしか』だったら、まだ人に会うのはまずい…よね。
「どうした?いままでのお前だったら、そばにいてくれって、泣いてだだをこねるのに。
でも人を気遣うお前も…かわいいよ」
ア――ルヴァ――トぉぉっ。やばいって、ほんとヤバいって。
少し天然って、設定を入れたけど……。ここで天然の本領発揮される破壊力…本当にヤバいっ。
そうなんだよね……ここ、私の作った世界だったんだよね。
アルバートは理想の男だけど、あくまで、ブックマークゼロを三年間、維持し続けた奇跡ともいえる誰も読まない小説の登場人物。だから私が一番知っているキャラクター。
私、ここに……全然メインじゃない、扱いに困って途中退場させたキャラ、リューリに生まれ変わったっ、こと?………これって、転生じゃんっ!!
「……大丈夫か。リューリっ」
アルバートが、私の肩を掴んでた。痛くはないけど驚く。目の前にアルバートのイケメン面があるんだもん。
「あ……ごめんなさい。少しぼうっとしちゃったみたい。アルバートに会って、安心しちゃったのかな」
「……すまない。お前の夢の中でも一緒にいてやれればよかったが。俺がずっとついていてやるから、もう少し寝ていろ……」
「いやっ」
あ、反射的に言葉でちゃった。アルバートが驚いてる……。
でも、私が意識なくしたら、エルマが喜ぶと思うと……意地でも寝るわけにいかないっ。
「……ううん。喉……渇いたから、お茶を飲んでから寝たいなって」
「そうか、わかった。じゃぁ、エルマを待とう」
「……はい」
ああ、至福。アルバートのとろけるような最高の笑みに癒される……。
でも、これからどうしよう。いや、どうでもいいような。
でも、私……死んだってことだよね?
リューリを退場させたのは、たしか二十歳だったと思うから、今の私……何歳?今のリューリが、幾つってことだけど。
「ねぇ、アルバート。すごく変な質問なんだけど……私、幾つだったっけ?」
「……エルマの言う通りか。今のお前は十七だろう。半年後に誕生日だ。大丈夫か、本当に」
ああ。アルバートの笑顔が消えちゃった。でも呆れた顔も、よし。
十七……三年後、ということか。いや、二年半ということ……か。
とにかく、今は現状把握。大丈夫。ここは私の作った世界だもの。
前世で死んだのなら、ここでやっていけという神様――創造神は私だと思うんだけど……。
やってやろうじゃないの。せっかくのチャンス、目の前の理想の男となんとかしたいと思うのは、悪いことじゃないよね……。
最後のアクセス数。どのぐらいいったか、確認したかったなぁ……。