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偽装勇者と潜入女神の異世界運び屋  作者: 与田 八百
第2章 運び屋勇者
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第9話 「お求めやすい価格」は誤用。正解は「お求めになりやすい価格」

 城の外には王宮同様テンプレっぽい中世ヨーロッパ的町並みが広がっていた。昼下がりの陽光を反射する統一感のあるその赤い屋根の家々に、あー街は一般的なファンタジー風なんだ、といったリアクションをエイイチが示すと、大臣っぽい人が解説してくれる。


「ベルナンケイアは剣と魔法のファンタジーでやっていこうと考えているんです。将来的にはインバウンドで稼ごうというのが王の狙いですね」


 大臣っぽい人いわく、保安検査場で没収される電子機器の類――スマホなりyPadなり――はこの世界の技術力でも作成不可能ではないらしい。ただ、志向とする世界観には合わないという理由で開発を禁止されているとのことだ。そして、王様や魔王は上級国民だから特別所持してもいいのだという。


「あーでもここだけの話、ゴルフは合法なんですよ」


 と、王宮の大きな門を開きながら、大臣っぽい人がマル秘情報を教えてくれた。本当にどうでもいいな、とエイイチがうんざりしたところで、門が開いた。


 王宮前には大きな広場があった。噴水なり銅像なりが立ちならぶ雰囲気ある広場の一角に、目的とする王家御用達の武具屋が立派な店を構えていた。


 ドアマンが扉を開けてくれて、中に入ると、エイイチは目を丸くした。店は内装もいわゆるRPG的であったが、いかんせん王家御用達だけあって敷居の高そうな雰囲気がムンムンに漂っていた。


「では、私はここで失礼いたします」


 そう言って、大臣っぽい人があっさり立ち去ってしまうと、エイイチはとたんにテンパってしまう。


 というのも、貧乏人であるエイイチにはこんな高級店で買い物をした経験がなく、どうしたらいいかわからなかったからである。


 実用性皆無っぽい宝石だらけの鎧兜、カブトムシみたくメカニカルな甲冑、とても斬れそうにない謎な形状の剣、そういった物品や、それらを際立たせる見事なインテリアに圧倒されて、エイイチが入り口付近でおろおろしていると、キツネ獣人の店員が声をかけてくる。


「その鎧、今季のイチオシなんですよ」


 どうやら彼は、エイイチがショーウィンドウに並んだ金ピカの鎧を検討していると思ったらしかった。エイイチはいらぬ会話をしてボロを出すくらいなら、もうこの鎧でいいんじゃないかと思い、彼に尋ねた。


「へ、へぇ。たしかにいいですよねコレ。おいくらですか?」


「こちら、8500リーマンとなっております」


「え、高すぎません?」


 と、エイイチは思わず言ってしまった。言ってしまってから、しまった、と思ったが、すかさず店員が反論してくる。


「いえいえ、十分お求めやすい価格かと存じます。勇者様のように背の高い方には非常によくお似合いかと。防御力も十分ですし、胸元のルビーのワンポイントも素敵ですよ?」


「は、はぁ……でもやっぱ高いですよねぇ……」


 エイイチは異世界に来てもなお、その貧乏性を発揮してしまっていた。

 

 今回、王様は軍資金として10000リーマンをエイイチに手渡していた。1リーマンは元の世界で100円ほどの価値らしく、すなわち約100万円の大金である。王様としては、それくらい金をかけて魔王討伐を偽装してもらいたいという意図であったが、エイイチはそんな金額手にしたことがなく、モノの価値もまるでわからなかった。


 しかし、店員にはそんな事情など知ったことではない。なんなんだこの貧乏人、という気配がキツネらしい薄笑いの後ろに漂い始め、エイイチは慌てた。


「う、いやー……あ、あのこっちの軽そうなやつはいくらですか?」


 エイイチはとっさに目についた安そうな鎧を手に取った。あせあせと値札を見ると5000リーマンと、これも目が飛び出るほどの値段だった。


「こちらもおすすめですね。素材はチタンで――」


「あ、ちょ、ちょっとゆっくり見させてください!」


 エイイチは早口でそう言うと、別の鎧を眺めるふりをした。ただそれはあくまでふりで、ここに来て彼のなかで、むくむくとさらなる貧乏臭さが発動しつつあった。


 ここは適当に安物で済ませて、カネを節約してはどうか? そうして余ったカネで、元の世界に持ち帰れるものを街で買ってはどうだろう?


 それは、とてもいいアイデアのように思われた。


 こちらの紙幣は元の世界で役に立たず、世界観ありありな鎧兜も間違いなく没収されるが、没収されない物品を購入し、それを持ち帰って換金すれば、そこそこの収入になるはずだ。彼はそんな悪巧みを思いついたのである。


「そちらは4000リーマンですね。剣とセットのトータルコーディネートがおすすめですよ」


「はぁ……」


 またしても別の鎧に目を移すエイイチに、キツネがしつこく声掛けする。素材感に、職人の手仕事に、美しいシルエット。しかし軍資金の大部分をチョロまかそうと決意したエイイチにとって、そんなことはどうでもいい。いい加減うんちくに耐えきれなくなった彼は、ついに身も蓋もないことを口にした。


「あのー、この店で一番安いのってどれですか? 正直防御力とかどうでもいいんで」


「え?」


「見た目とかも気にしません。とにかく一番安いやつをもらえませんか?」


「一番安いやつですか……、となると、こちらですかねぇ……」

 

「あ、兜は要らないです。はい。胸当てだけで」


 どうせ没収されるものにカネをかけてなどいられない。


 そんな彼の思いは、いまや確固たるものとなっていた。


 なのでエイイチは、粘りに粘って、値切りに値切って、プラスチック製の胸当てと金メッキのペーパーナイフを購入した。価格はぴったし2000リーマンで、それでも十分高かったが、一応王様の指示には従ったし、8000リーマンを着服できると彼は喜んだ。これをどうにかして持ち帰れば、滞納分どころか、家賃の先払いすらできるだろう。


 ジャージの上から装備した胸当てと、腰紐で雑に据えたペーパーナイフはおそろしく野暮ったく、お世辞にも勇者には見えなかったが、エイイチは満足した。


「……よくお似合いですよ」


 キツネの店員もひきつり笑いであったが、エイイチは気にせず、むしろすっきりした気持ちで街に出ると、もうすっかり夜が暮れているのであった。

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