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7 心臓に悪い

 午前中だけの簡単な授業が終わり、コウと並んで孤児院に帰る。

 学園から孤児院までは片道で徒歩一時間はかかる。愛奈はコウの箒に乗せてもらったので楽だったが、これが毎日歩いて登下校だったらキツかったかもしれない。

 愛奈が部屋にもどると、同じ年ほどの女の子が待っていた。

 ウエーブを描く金髪は耳の上で二つに結び、キュッとつり上がった青い目がこちらを静かに見ている。

 陶器のようにつるりとした白い肌はニキビ知らず、さくらんぼのような唇とはこのことだろうと納得する小さな口。西洋人形をそのまま人間サイズにしたような美少女が、愛奈の顔をじっと見つめている。

 

 あまりの美しさに、愛奈は部屋の前で固まった。こんな美少女が存在していいものか、天使や女神か何かじゃないのかと自分の目を疑う。

 パチパチと何度まばたきをしても美少女は微動だにせず、無言で見てくる。

 ……人形だったりする?

 もしかして、いやいやそんなバカな、考えを巡らせながら一歩踏み入れる。


「貴方がマナさんね?」

「あ、はい」


 人間だったらしい。

 無言で見つめ合うこと五分、まったく動かないから実物大の人形をいたずらで、子どもたちが置いていったのかと思った。

 人形だと思って近づかなくてよかった。と愛奈は内心ホッとする。

 なんだか今日は心臓に悪い日だ。

 美少女な上に、明るくよく通る声は美声だった。顔良し声良しときたら性格悪しとくるのかもしれない。少し警戒していると、美少女は細く長い手を差し出す。


「同室のノエルです」

「あ、愛奈です。よろしくね」


 会話を始めるたびに呼吸代わりの「あ」が抜けない。そのことで愛奈は母親によく注意を受けたが、癖のようなもので直りそうにはなかった。異世界にきてもそれは変わらないようだ。

 差し出された華奢な手を握ると、なぜか少し引かれた。

 その反応に、もしかして握手のつもりで手を出したわけではなかったのかもしれない。ただ手が滑って前に出てしまい、たまたま握手を求めるように見えただけで、勝手に触ってんじゃねぇと引っ込めたかったのかもしれない。

 そんなネガティブ思考が駆け巡り、慌てて離そうとすると、今度はなぜか強く握られる。


「え、っと……」

「……よろしくお願いします」


 握る手に力を込めたまま睨みつけるように目を見られたので、愛奈は一瞬でビビリ散らして泣きそうになった。

 美女に睨まれると怖いというが、なるほど確かに、美少女から睨まれてもめちゃくちゃ怖い。

 愛奈はすでにライフがゼロだ。死に体である。

 ノエルは何か言いたげな顔だったが、結局何も言わずに手を離した。

 そのまま荷物の整理を始めてしまったので、何となくモヤモヤが残った。


 学校から子どもたちが帰ってきて、一気ににぎやかになる。

 宿題をしている時間も、隣の子にちょっかいをかけて手を叩かれたり、こっそり答えを見ようとして他の子に叱られたり。

 宿題を終えたあとは、庭に出て遊ぶ。

 追いかけっこしたり、ブランコをこいだり、それぞれが自由に遊ぶ。

 フリータイムが終わったら、夕飯の支度だ。


 愛奈は半年間ですっかり慣れたので、手際もよくなっている。

 最初のころはよく包丁で指を切ったりもしたが、今は逆に指を切ってしまった子の手当をするぐらいだ。

 スルスルと手慣れた様子で野菜の皮を剥きながら、時おり走って調理器具を取りに行く子どもに注意をする。

 火も使っているので、転んで怪我でもしたら大変だ。

 皮を剥いた野菜を一口サイズに切り分け、鍋に放り込んでいく。

 あとはひたすら煮て、コンソメを入れてひと煮立ちすればポトフの完成だ。


 愛奈の担当の料理が終わったところで、同室のノエルがポツンと部屋の隅に立っていることに気づく。

 ノエルは緊張しているのか、こわばった顔で床を睨みつけている。

 ……もしかして、部屋での挨拶も緊張してたから、あんな感じだったのかもしれない。

 そう思うと、なんだか親近感がわいてくる。愛奈も最初はああいう感じだった。

 すでに出来がったグループに入ることができず、自分から声をかけることもできず、声をかけてもらえるのをひたすら待っていた。

 それじゃあダメだったんだと、愛奈は異世界にきてようやく気づいた。


「ね、ねぇ。よかったら一緒にやろうよ」


 自分から声をかけるのは勇気のいることだ。

 でも、愛奈はあの日コウに声をかけてもらえたからここにいる。

 一歩踏み出してみる。元の世界では何もできなかった愛奈も、今は違う。

 自分と同じ匂いがする、と勝手に思ってノエルに声をかけたが、反応はなんだかとぼしい。

 気のせいかもしれないけど、顔が「は?」と言っている。いいや気のせいじゃない。絶対「は? 何気安く声かけてきてんのよ」って顔が言ってる。

 愛奈のネガティブ思考は絶好調である。

 

「あー……ご、ごめん、ね」

「……なんで謝るんです。私は何をしたらいいんですの? 教えてください」

「えっ……う、うん!」


 相変わらず「アタクシ慣れ合うつもりありませんの」みたいな不機嫌そうな顔してるけど、何をしたらいいのかわからなかったのは本当なんだろう。

 頼ってもらえることが嬉しくてたまらない。まるで後輩ができた気分だ。

 不機嫌な後輩を引き連れ、上機嫌な愛奈は色々と教えてやった。

 

 夕飯が出来、全員席につく。

 細長いテーブルにずらりと並んだ料理はどれも熱々とは言い難い。なにせ、小さな子どもも手伝うのでどうしても遅れてしまうし、最初に作った料理は冷めてしまう。

 だが、全員料理を作り終えた満足感でちょっとくらい料理が冷めていようが気にならないのだ。

 手を合わせ、食べ始める。

 肉の争奪戦を見て、ノエルは若干引いている。しかし、ノエルの横で次々と料理を口に運ぶ愛奈にはもっと引いていた。


「よ、よく食べますのね……」

「うん、なんか食べるようになっちゃって」

「そうなんですの……たくさん食べれて、羨ましいです」

「え?」

「あ、いえ。何でもありません。気にしないでください」


 一瞬、陰のある顔を見せたノエルは、まばたきをする間に元の無表情にもどっていた。

 笑ったらもっと可愛いだろうに、しかし無表情も人形的雰囲気が出て捨てがたい……などとくだらないことを考えながら、愛奈は料理を平らげた。

 順番に風呂に入り、あとは各々好きに過ごす。

 愛奈はリビングでテレビを見ていた。画面の向こうでは、山盛りに積まれたミートパスタ相手に必死の表情で口を動かすフードファイターがいた。

 ハァハァと苦しそうに口に無理やり詰めていく姿を見て、あんなに苦しそうなのに味なんてわかるんだろうか、と考えながらぼーっと画面を見つめる。


 元の世界でも、異世界でも、大食いというものは存在するらしい。

 しかし、大食い選手の中にはどう考えても貴方には無理だろうという量を無理やり詰め込んで、「食べた」と言っている人もいる。

 苦しい思いをして食事するなんて、それが仕事なのだから仕方ないかもしれないが、自分だったらいやだなぁと愛奈は思う。

 どうせ食べるならおいしく食べたい。

 それは、自分のように恵まれた環境で育ったからこそ思えることなのかもしれない。


 消灯時間になり、部屋の電気が小さいものに変わる。薄明かりの中、愛奈はノエルに挨拶をして横になった。

 入学式だったこともあり、自分で思っていたより興奮していたようで、愛奈は中々寝付くことができなかった。

 隣のベッドではノエルの肩が微かに上下しており、もう寝たようだった。

 ごろんごろんと寝返りを打ってみるが、一向に眠気はこない。

 異世界にきてからというもの、毎日目が回るように忙しかったため、夜は疲れ果ててベッドに倒れ込むことが多かったのだ。


 だから、こうして寝れない夜を過ごすのは久々だった。

 仰向けになり、天井を見上げる。

 天井のシミを数えている間に眠くなったりしないものか、羊を数えるよりは続けられそうだと考える。しかし、続けては意味がないのだ。寝なければいけない。

 悶々と考えていると、隣のベッドから小さなうめき声が聞こえる。

 

「う、うう……」


 ノエルの声だった。

 夢を見ているのか、うなされているようだ。

 そっとベッドに近づくと、苦しそうに顔をゆがめたノエルがいた。

 声をかけるか一瞬ためらい、意を決して手をのばした。

 しかし、体に触れるより先にノエルが跳ね起きた。その拍子に、愛奈の額がぶつかりいい音がした。かなりいい音だった。

 二人はそれぞれ痛みに悶える。


「うう……な、なんですか……」

「いたいぃ……。ご、ごめん。なんかうなされてたから、起こそうと思ったの」


 暗闇の中で愛奈を鋭く睨みつけていたノエルが、ヒュッと息を呑む。

 目を見開き、その顔はひどくやつれていた。悪夢でも見たのかもしれない。

 慣れない環境だし、愛奈も来たばかりのときはよく夢を見ていた。気持ちはわかる。

 ショックを受けたような顔をするノエルになんと声をかけようか迷い、愛奈は口を開けては閉めるを繰り返す。端から見たら餌を求めた鯉のように見えたかもしれない。


「……夢を、見てましたの。捨てられる前の、夢亅

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