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2 初めまして

 愛奈はしばらくの間呆然としていた。

 恐竜もどきをワンパンで倒すなんて初めての経験すぎて、何をしたらいいのかサッパリわからない。

 震えが止まり、慌てて殴ったほうの手を見る。中指あたりが少し赤くなっているだけで、激しい痛みや骨が折れてるといった様子はなさそうだ。

 訳がわからない。

 その一言に尽きる。

 何が起こっている? わたしはなんで異世界なんかに来てるの? どうしてこんなことに……わたしは、翌日に控えた新しい生活に心踊らせて眠りについただけなのに。

 

「ど、どうしよう」


 とにかく、今はこのひっくり返った恐竜もどきから離れなければ。

 気絶しているみたいだし、今のうちに遠くまで行けば追いかけてこないに違いない。

 でも、どこに行こう。むやみに歩き回るのはよくないかもしれない。なんせ、ここがどこなのかもわからないのだから。

 誰かに助けを求める? 助けを求める相手どころか人っ子一人いない。なんなら動物の気配さえ感じない。

 

 恐竜もどき以外の生き物が見当たらないので、実は恐竜もどき以外に存在していないんじゃないかとも思えてきた。

 うう、ネガティブ思考を極めている。

 むやみに歩き回ってもよくないけど、このままじっとしていても何も進まない。

 ひっくり返っている恐竜もどきが起きる前に、この場を離れそう。なるべく遠くまで。

 愛奈は、少し迷いつつも歩き出すことにした。


 風の音しか聞こえない緑の中を歩くのは結構怖い。

 ガサガサと風に揺れる木々の音にさえビクついている。

 うろうろと忙しく視線を動かすけれど、恐竜もどき以外の生き物と遭遇しない。いや、またあんなバケモノに追いかけられても困るけど、何もいないのはそれはそれで困る。

 誰か人がいないものか……あてもなくひたすら歩く。疲労感はまったくなく、どこまでも歩いていけそうな気がする。裸足のはずなのに、足裏の痛みもない。


「こんにちは、お嬢さん」


 不意に声をかけられ、振り返るとそこには黒髪の男が立っていた。身長は愛奈より高い。年の割に身長が高い方だったが、男はそれよりも高かった。

 しかし、細身なので威圧感はない。この世界で初めて人を見て、愛奈は半泣きだった。

 これで助かる、と思った。助けてもらえると、信じていた。

 だが、男は無情な現実を叩きつける。


「僕はあなたに倒されたドラゴンです。自分より強いものに仕えるという忌々しい掟のせいで、僕は今日からあなたの下僕です。最悪の気分だ。……必ずあなたを殺して自由になってみせる。言いたいことはそれだけです、それでは」


 情報量が多すぎて処理しきれないうちに、男はその場を去った。魔法のように、一瞬で姿が消えたのだ。

 ようやく会えた人がドラゴンで、何やら不穏な言葉を残し、去ってしまった。

 そんな現実だけが残され、愛奈は半泣きどころか泣いていた。

 しかし、べそをかいていても何も進まない。袖で涙を拭い、歩くことにした。

 

 どれぐらい経ったのか、大きなトンネルの入り口にたどり着く。

 中は暗く、何も見えない。壁伝いに手探りで行けば通れるかもしれない。それに、このトンネル以外の道を探そうとなると、日が暮れてしまいそうだった。

 愛奈は覚悟を決め、足を動かす。

 壁はひんやりと冷たく、しかし触っていて不快に感じる温度ではなかった。

 真っ暗闇を、足元に注意しながら進む。

 十分ほど歩く。暗闇だと、どこまで進んだのかわからず時間感覚が麻痺しそうだ。

 ようやく先の方に明かりが見え、愛奈は走り出した。


「街だ……!」


 トンネルの先に広がっていたのは、大きな街だった。

 人の姿が見え、建物が並んでいる。

 待ちかねた生き物の存在に、愛奈の目から涙が出そうになる。

 小走りで人混みの中に入る。行き交う人々の髪の色や瞳の色は見慣れない赤やグレーで、外国に迷い込んでしまったようだ。

 

 ここは本当に日本ではないのだと実感する。

 ぐっと唇を噛み泣くのを堪え、なんとか頼れそうな人を探す。

 通りを歩く人からの視線をくぐり抜け、ひたすら歩く。愛奈の黒髪は目を引くのか、興味深そうに見てくる人が何人もいた。

 知らない人に話しかけるのは、とても勇気のいることだ。緊急事態なのはわかっているけど、何度話しかけようとしても声が出なくて、諦めて歩き続ける。


「お譲ちゃん、どうしたんだい。迷子?」


 初めて話しかけてくれた人の存在に、また泣きそうになる。

 なんとかうなずくと、人の良さそうな男は一緒に探すよ、と言ってくれた。

 日本に帰りたいです、とは流石に言えず返答に困っていると、男はそれじゃあ、と役所に案内してくれることになった。

 役所まで行けばなんとかしてもらえる、そう思い男の後ろをついて行く。


 異世界から来たんです、と言ったら役所の人も困ってしまうのではないか。

 そもそもどうやって異世界人だということを伝えたらいいのか。

 ぐるぐると考えているうちに、人気の少ない道に来ていることに気づく。

 こんなところに役所なんてあるんだろうか……なんとなく嫌な気配がして、足を止める。


「どうしたんだい、もうすぐだよ」

「あ、の……ここ、通るんですか?」

「っは、外人かよ。こりゃラッキーだな、迷い込んだ外人のガキが消えても、騒がれないだろう」


 ――ヤバい。

 男の雰囲気が変わったのを察知し、サァッと血の気が引く。

 逃げなければ。

 後ろに一歩引くと、素早く男に腕を掴まれた。

 ギリギリと潰されそうな力で握られ、痛みに愛奈の喉から小さな悲鳴が出た。

 震える声では叫ぶことも出来ず、とにかくこの腕を振り払わなくてはと必死で抵抗する。

 さっきのワンパン力はどこへ行ったのか、大人の男の力にまったく勝てない。

 怖い、嫌だ、助けて……!


「こっちだ!」


 突然飛び込んできた影に男が吹っ飛ばされる。愛奈の腕を掴んでいた手も解け、足が震えて上手く動けない愛奈は差し出された手から反射的に逃げるが、強引に握られ引っ張られる。

 半ば引きずられるように走り出す。

 後ろから怒声が聞こえ、一瞬体が竦む。しかし、握られた手に引っ張られて足を動かす。

 必死に走り、視界が開けたと思うと大通りに出ていた。


 人だかりに押しつぶされないよう、スルスルと合間を縫って器用に進んでいく手に引かれ、広場まで案内された。

 ゼェゼェと息を切らす相手を見て、同じ年ぐらいの少年だと気づく。

 赤みの強い茶髪はくせ毛なのかピョンピョンと跳ねていて、振り返った目は猫を思わせるアーモンド型。澄んだ緑色の瞳と視線が合った。


 繋がれた手は呆気なく離れ、汗がにじんでいた。

 息を整えている相手をじっと見つめると、盛大なため息をつかれた。

 人の顔を見てため息とは失礼な、そう言いかけて、先程の出来事を思い出す。

 あの男はわたしがしゃべった時、外人だと言った。もしかして、言葉が通じなかったんじゃないのだろうか。

 いや、でも――わたしには、こちらの言葉は伝わるのに。

 

「……わたしの言ってること、わかる?」

「何語だ? お前、どこの国から来たんだ?」


 ――やっぱり。

 なぜなのかわからないが、こちらの世界の言葉は勝手に翻訳されて愛奈に伝わるようだった。しかし、愛奈の言葉は伝わらない。

 このままじゃ意思疎通ができない。元の世界に帰る方法も聞けないということなのだ。困った、どうしよう。筆談なら通じるのかな、いやいや、でも……。

 考え込んでいると、走り疲れたと思ったのか飲み物を買ってくると言って走っていってしまった。


 さっきの出来事もあり、一人でいることに不安を覚える。早く帰ってきてくれないかな、とソワソワしながら待つこと数分。

 少年がペットボトルを両手に駆け寄ってくる。

 一本渡されたので、蓋をひねる。――開かない。え、何これ。わたし割と力強いほうだったし、何なら瓶の蓋開けるのはわたしの役目といっても過言じゃないぐらいだったのに。

 何度ひねっても、手がすべるばかりで蓋は開くことを拒絶している。

 クッ、こうなったら意地でも開けてやる、そう意気込んでいたら横から伸びてきた手にペットボトルを持っていかれた。


「ひ弱だなぁ。ほら」


 手のかかる妹の世話をするお兄ちゃんみたいな顔で開けてくれたので、悔しさが若干残る。ペットボトルの蓋ごときに敗北したという事実が、わたしの顔に出ていたらしい。

 少年が怪訝そうな顔で見てくるので、慌ててわからないであろうお礼を言って飲む。

 走り回ったからか、疲れはないけど喉は乾いていたらしい。

 オレンジの酸味が喉を刺激して、心地良い。

 

「で、お前どっから来たの」

「異世界から……って、わかるわけないか」


 はてなマークを浮かべて愛奈の顔を見る少年に申し訳なく思いつつ、これからどうしたらいいのかわからないという不安に襲われる。

 役所に行けばいいのか、どうやって行けばいいのか、そもそも役所で異世界人の扱いなんてできるのか。

 不安がむくむくと膨らんで、泣きたくなってくる。

 泣きそうな顔をしていたのか、少年が気まずそうに頬を掻く。

 うう、本当に申し訳ない……助けてもらったのにお礼も言えず、役所に行きたいですとも伝えられず……。 

 しばらくお互い無言で気まずい空気が流れていたが、不意に少年が口を開く。

 

「お前さ、行くとこないなら俺んとこ来いよ。ママが助けてくれるよ」

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