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19 どの口が

 愛奈はコウにもらった【伝説の聖女】が書いた日記を読むことにした。

 修復魔法をかけたから大丈夫とは言っていたものの、二百も前の紙だ。

 丁寧に扱わないと、破れるどころじゃ済まないかもしれない。

 慎重にページをめくる。



 異世界に来てしまった。

 私の名前は里恵美子。この世界で、なぜか【聖女】と呼ばれている。

 どうやら私は世界を救う、【聖女】様らしい。


 始まりは学校の帰り道だ。突然眩しい光に包まれ、気がついたら大広間に立っていた。

 周りに人がたくさんいて、一気に話しかけられて訳が分からなかった。

 ここが日本ではないということはすぐに分かった。

 ここにいる人たちは皆、髪の毛や目の色がカラフルだから。

 目がチカチカするような赤、緑、金……見ているだけで頭がクラクラしそうだった。


 明らかに異国の人なのに、なぜだか言葉が通じた。

 私の言葉も相手に伝わるようだった。なぜだろう、これが聖女の力というものなのか。


 世界を滅ぼす悪しき黒竜を倒せ、と言われた。

 私は【聖女】だから、その力があるのだと。

 黒竜を倒し、世界に平和が訪れたら元の世界に帰してくれると言う。

 

 旅に出ることになった。というか無理やり出された。

 RPGみたいにパーテイーを組むんだとか。少しだけワクワクしてしまった自分がいる。

 冒険みたいだ、なんて呑気に考えるのは、未だに夢を見ているような感覚が抜けないからかもしれない。


 旅はひどいものだった。

 黒竜の出す瘴気から生まれた魔物がうじゃうじゃいる。切っても切っても湧いてくる。

 血と泥の匂いがこびりついて、眠れなかった。

 仲間も心身ともに消耗している。こんなにもひどいものだったなんて。


 夢に黒竜が出てきた。

 生で見たことはないけど、私には分かる。彼が黒竜だ。

 彼は泣いていた。世界を滅ぼすのが悲しいのだと言っていた。


 彼は泣きながら私に言った。

 「早く来てくれ、早く私を殺してくれ」と。

 彼は望んで世界を滅ぼそうとしているんじゃない。そう知って、私は彼を助けたいと思った。

 仲間にも伝えたが、悪い夢を見たんだと取り合ってくれなかった。

 それでも、彼は夢の中で泣いている。今日も。

 

 「どうして泣くの、貴方は世界を滅ぼしたくないの?」と聞いてみた。

 「私は自然が好きなんだ。でも私の体から発する瘴気ですべて枯れてしまう。私はいてはいけない存在なんだ。それが悲しい」と彼は泣いた。


 優しい人なのだ。ドラゴンだけど。

 助けたい。分かりあえるはずだ。

 彼は望んで世界を滅ぼそすとしているわけじゃない。理由を話せば皆も理解してくれる。

 何度も話した。けれど、誰も受け入れてはくれなかった。

 

 私は夢の中でだけ彼と友達になった。

 彼は物知りだ。なんでも知っている。

 この世界ができた時から彼は存在していたらしい。

 でも、瘴気を発してしまうから何度も殺されそうになったのだと言う。

 世界を滅ぼす悪しきドラゴンなどと言われ、悲しいのだと彼は泣いていた。


 夢の中の彼はよくしゃべる。

 世界と共に産まれ落ちたこと。産まれてからずっと命を狙われ続けているということ。誰も自分を殺すことはできず、封印までしかできないこと。

 視界だけ飛ばして見た東の大陸の花畑がとても美しかったこと。いつか花を間近で見てみたいこと。

 自分で自分を殺すことはできないということ。世界が終わる時まで、自分はずっと苦しまなければいけないこと。

 すべて話してくれた。

 彼はずっとこうして誰かと話がしたかったのだと言っていた。


 私は彼の話に相槌を打って聞いているだけだったけれど、胸がぎゅっと締め付けられるようにつらかった。

 どうして彼が苦しまなければいけないのか。

 自然が好きで、こんなのにも心優しいのに。

 こんなにも、人と触れ合うことに飢えているのに。


 これ以上苦しむなら、もう死んでしまいたいと彼は言った。

 私は、胸が張り裂けそうだった。


 夢の中で友達になった彼のことを、いつの間にか私は好きになってしまっていた。

 助けたい。彼を、この苦しみから救い出してあげたい。

 私は調べた。黒竜を殺す方法を。


 彼を殺したくなんて無い。好きな相手だ、叶うならずっと隣で笑い合っていたい。

 でも、それは許されないことだ。

 そして、何より彼は現状に苦しんでいる。

 自分で自分を殺すことはできないのだと言っていた。誰かがやるしかない。そして、その役目は私なのだ。


 夢の中ではなく、現実で彼と対面した。

 初めて生で見た彼は禍々しく、そこにいるだけで死の恐怖に襲われた。

 でも、私は知っている。私だけが知っている。

 彼は命を枯らしてしまうたびに涙を流し悲しむ、心優しいドラゴンだということを。


 剣が折れ、魔法が枯れ、仲間は散った。

 たった一人残された私は、最後まで彼を手にかけることができなかった。

 彼は穏やかに言ったのだ。


 「ああ、ようやく終わらせに来てくれたのだな」、と。

 嫌だった。離れたくない。こんなのにも好きなのに、私に殺せるわけがなかった。

 「許して」私は彼に残酷なことをしてしまった。

 彼を封印した。封印されても、彼の意識は夢の中に現れることを知っていたから。


 夢の中の彼は泣いていた。

 「ああ、また死にそこねた」と泣いていた。

 私は彼の隣に座って、彼に抱きついて泣いた。


 元の世界へ帰ることを断った。私はこの世界で生きていく。


 彼と夢の中で会って、死ぬまで添い遂げる。

 そう、決めたのだ。


 

 【伝説の聖女】は黒竜に恋をした。

 だから、殺せなかったのだ。

 夢の中で会えるからと殺すのではなく封印を選んだ。

 それが黒竜を苦しめることになろうと、【伝説の聖女】は自分の思いを優先した。

 黒竜は今も苦しんでいるのだろう。死ぬこともできず、夢の中で【伝説の聖女】と話すこともできず、たった独りきりで。


 それはなんだか、すごく悲しいことのように思えた。

 愛奈は自分だったら、と想像してすぐに恐ろしさにあまり首をぶるぶると横に振った。

 存在することを許されず、話し相手だった【伝説の聖女】は死んでしまい、独りぼっちで二百年も苦しみ続けている。

 そんなの、耐えられるわけがない。


「……黒竜は、独りぼっちで寂しいんだろうな」

「おや、主は世界を滅ぼす黒竜にさえも同情なさるので? お優しいことですね」


 何気なくこぼした言葉を拾われ、ぱっと視線を上げるとそこにはロイドが立っていた。

 愛奈はベッドに腰掛けたままロイドを見つめる。

 後ろをひょいと覗いてみるが、アルベルトの姿はなかった。

 二人そろって部屋を出ていったはずが、帰ってくるときは別行動とか自由だなぁ。


「ロイド。いつの間に……いや、【伝説の聖女】の日記読んだらなんか……悲しくなっちゃって」

「気にすることなんてありませんよ。我らドラゴンにとって時の流れなど瞬きのようなもの。気がついたら百年経ってたとかザラですからね」

「ええ、そうなの?」


 愛奈がぎょっと驚きのけぞると、おかしそうにロイドが肩を揺らす。

 ロイドの肩からサラリと髪が流れ、相変わらずキレイな黒髪だと見つめる。 

 愛奈の髪は硬く、癖があって扱いづらいのだ。

 伸ばしているとどうしても広がってしまうため、いつもボブカットにしている。

 羨ましい……と眺めていると、ロイドは穏やかに笑う。


「長寿ですので。それに、ドラゴンは群れませんから、孤独には慣れております」

「ふぅん……でも、やっぱり寂しいよ。だって、一時でのも大切な人がそばにいたんだもん、いなくなったら悲しいでしょ」

「……」

「黒竜にとっても、きっと【伝説の聖女】は大切な人だったんだよ。だからきっと、今も悲しくて泣いてるよ。世界を滅ぼすことも、【伝説の聖女】がいなくなってしまうことも、黒竜にとっては悲しいことだと思う」


 心優しいドラゴンなのだと日記にも綴られていた。

 【伝説の聖女】が好きになって、元の世界へ帰ることを断って夢の中でも添い遂げたいと思うほど、素敵なドラゴンなのだ。

 黒竜は死を望んでいる。

 それを今度こそ叶えてあげたいと愛奈は思う。

 未だに魔物を切るとき目をつむってしまうけれど、独りぼっちの悲しい黒竜を、死んだ【伝説の聖女】の元へ行かせてあげたい……そう、強く思ったのだ。


「……日記の中だけで黒竜をそこまで高く買うとは、主は想像力が豊かですね。もしかしたらすべて【伝説の聖女】の妄想かもしれないのに? 近くにこんなに優秀でカッコいい主思いなドラゴンがいるというのに?」

「……ロイドのどこが主思いなの?」

「主が死にかけたら助けますし、治癒魔法だってかけてあげるじゃありませんか。あれだけ魔物に襲われても主が五体満足なのは一重に僕のおかげだと思うのですが?」

「あーあー、はいはい、ワカリマシタアリガトウゴザイマス」

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