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18 ブヨってした

「図書館でマナが攫われたところ見てた職員から話聞いて、王子が犯人って知ってから城に乗り込んだ」

「え……」

「もちろん通してくれなかったし危うく捕まるところだったけど、孤児院に手紙が届いたんだ」

「……手紙?」

「うん。ママが聖女として十年前に召喚されていたこととか、マナが聖女として世界を救うために旅に出たとか、訳わかんねーこと色々書いてあった」


 怒りをにじませるように手を握りこんで、コウは震えていた。

 目をつり上げ、まるで自分のことのように怒っていることに気づき、愛奈は引っ込んだ涙が顔を出しそうになる。

 思い出して興奮し、少し声が大きくなったことに気づいたのか、コウはふーっと息を吐いた。

 決してにぎわっているとは言えない店内には控えめに音楽が流れている。


「ママに言ったら大反対された。マナが行ったのは北の大陸ってだけの情報で探すなんて無茶だって。でも世界を救うってんなら、滅ぼす存在があるってことだろ」

「……調べたの?」

「ああ、調べた。マナが教科書の読み上げで反応してた話を読み返して、片っ端から探した。そんで、黒竜ってやつが瘴気を出して世界を滅ぼそうとしてるってこと突き止めた。黒竜がいるのは北の大陸にある孤島だ。最終的にはそこに現れる。だから、孤島目指してずっと北の大陸を回ってた」


 簡単に言ってのけるけど、北の大陸を回るだけで相当危険な旅だ。ママが反対するのも理解できる。

 何より、孤島が最終地点だと知っていても、会えるかどうかなんてわからないのに。

 友達思いだと済ませるには、あまりにも重い。

 魔物と戦うこともあっただろうし、治安の悪い場所ではまともに宿もとれない。


「そんな……なんで、そんなに……」

「……俺、マナにひどいことしたから、償いたかった」

「ひどいこと、って」

「マナは元の世界に帰らくてもいいなんて、言うことじゃなかった。ノエルに諭されて、ようやく気づいたんだ」


 何かをこらえるように歯を噛みしめるコウの目を見て、本当に後悔しているのだとわかる。

 愛奈ははっと目を見開き、パチパチとまばたきを繰り返した。

 まだこの世界にきたばかりのころは、コウも元の世界に帰る方法を調べることを手伝ってくれていた。

 図書館まで連れていってくれたし、めんどくせーなんて言いながらそれっぽい本を持ってきてくれたりもした。

 なのに、段々つれなくなった。

 元の世界に帰らなくてもいいんじゃないか、なんてことを言われることもたしかにあった。

 でも、こんなにも重く受け止めていたなんて、知らなかった。


「マナには元の世界で家族が待ってる。俺に家族はいないからどれだけ恋しいかわからないけど、マナにとってこの世界は”異世界”なんだって理解して、すげぇ後悔した。マナの気持ちをまったく考えなかった。……ごめん」


 椅子から立ち上がり、まっすぐ愛奈の目を見てからコウは深く頭を下げた。

 愛奈は呆然として、何も言えなかった。

 言われたときは悲しかった。

 でも、わかってくれるとは思っていなかったから、そういうもんなんだと納得させた。

 ノエルに元の世界のことを話した時、帰りたい気持ちが高まった。

 

 住む場所ができて、食事がとれて、言葉が通じて、学校に通って。

 少しずつ、着実にこの世界に馴染んでく自分が怖かった。

 このままずっと帰れないんじゃないか、この世界に居場所を作ってしまったら、元の世界のことを忘れてしまうんじゃないか。

 そう考えて、眠れない夜もあった。

 枕を濡らすときもあった。

 

「……いいんだよ、コウ。わたしはあのとき必死で、周りが見えてなかった。元の世界に帰りたいって言ってばかりで、この世界で初めてできた友達のコウの気持ちなんて考えなかった。……お互い様、かな。だから顔を上げて」

「マナ……俺、探してるんだ」

「何を?」

「マナを元の世界に帰す方法」

「え……」


 そう言ったコウの目は真剣そのもので、本気で探しているのだと愛奈は息を呑む。

 コウが取り出したのは一冊のノートだ。

 すり切れて表紙はかすれているし、ずいぶん古いものだとわかる。

 慎重にページを開くと、そこに書かれていたのは日記だった。

 最初の一文が目に入り、愛奈は「え!」と声をあげた。

 そこには、〈異世界に来てしまった〉という言葉が綴られていた。 


「それは二百年前にこの世界に召喚され、世界を救った【伝説の聖女】様が綴った日記だ」

「え……まさか、そんな」

「中に、気になることが書かれてた。読んでみろ」


 震える手でページをめくっていく。

 そこには異世界に召喚されたこと、黒竜を倒してほしいと頼まれたこと、そして――

 〈元の世界へ帰ることを断った。私はこの世界で生きていく〉

 と残されていたのだ。


「マナと同じ世界から来た【伝説の聖女】様がいた二百年前には、たしかに元の世界に帰る魔法が存在した。調べれば、今だってきっと発動できるはずだ。魔法は発展してるんだから、絶対できる」

「コウ……わたし……」

 

 帰れるの?

 声にならない言葉が涙と一緒にこぼれ、愛奈は震えた。

 あった。元の世界に帰れる方法は、たしかに存在したんだ。 

 帰れる、本当に? 本当に帰れるの?

 信じられない、夢を見ているようだ。

 うつむいて顔をおおった愛奈の言葉に、コウは大きくうなずいた。


「安心しろ、俺が絶対マナを元の世界に帰してやるから」



 コウと別れ、愛奈はまだ泣きそうだった。

 嘘みたいだ、本当に帰れるかもしれないなんて。

 でも、なんで【伝説の聖女】は元の世界に帰らなかったんだろう?

 こちらの世界のほうが、大切な居場所になってしまったからだろうか。

 わたしもそうなっていたかもしれない。

 コウの言葉を頭の中で反芻する。

 やっぱり、コウはわたしのヒーローだ。


 宿に戻ると、アルベルトがぶすっとした顔で出迎えてくれた。

 ロイドは素知らぬ顔で本を読んでいる。

 気まずい。何か言ったほうがいいのか。

 アルベルトから何か言ってくれないかなぁ、なんて期待していると大股で近づいてきた。 

 ひぇっと軽く飛び上がり警戒していると、目の前まで来て思いっきりしかめっ面で頭を下げた。


「すまん、俺の八つ当たりだった。あんたは……何も悪くない」

「……その通りですね」

「…………俺が、倒したかったんだ。なのにその役目をあんたに奪われた気になって、勝手に苛ついて当たってた」

「魔物の元に行かせるのも、嫌がらせですか?」

「いや、それは違う。戦う術も持たなければ、あんたはすぐに死ぬ。死んだら……ダメだろ」


 確かにダメだ。

 死んでしまったら元の世界に帰れない。

 せっかくコウが見つけてくれるかもしれないのに、その前に死んだら意味がなくなってしまう。

 元の世界に帰す、そう力強く言ってくれたコウのためにも、生きなくてはいけない。

 

「その通りです、ね」

「明日から、また行くぞ」

「……魔物を切るのはもちろん嫌ですけど、死にたくないので……ちょっとだけ、頑張ります」


 愛奈の言葉に、初めてアルベルトは笑顔を見せた。


「いやあぁぁぁあああやっぱ無理ぃぃぃぃいい!」

「逃げるな! 剣を振れ、当たるから!」

「だってえぇえ」

「見なくてもいいからとにかく振れ! そいつは顎の力が強いから、いつもみたいに噛まれたら死ぬぞ!」

「なぁあああ南無三!」


 目を瞑り、思い切り腕を振った。

 握った剣先が魔物の肉に食い込み、ブチブチと肉が切れる感触が手の先から伝わってくる。

 ぞわわ、と鳥肌が立つが、剣が突然重くなって慌てて目を開けた。

 なんと、魔物が大きな口で剣に噛み付いている。

 剣先は魔物の口の端を切っただけで、大したダメージにはならなかったらしい。

 ガチガチと牙が剣にぶつかる音が響き、伝わってくる振動と間近に迫った顔にさぁっと血の気が引く。


「わぁああ離せええぇえぇ!」

「ぐるるる、がああああ!」

「いいいい無理ぃぃぃいい!」


 片手を剣から離し、気がつけば硬く握られた拳が魔物にめり込んでいた。

 力いっぱいぶん殴り、魔物が大きく吹っ飛んでいく。

 空高く飛び、何と空中でそのまま破裂し肉片と血が地面にぶちまけられる。

 魔物の肉を切った感触と、殴った拳を見てマナは「おあぁ」と声をもらす。

 それはやりきった達成感か、魔物を咄嗟にぶん殴った自分への嫌悪感か。


「うっ、おえ、げえぇぇ」


 結局、その日も胃液を吐き散らかして宿のベッドで寝込むハメになった。

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