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15 無愛想なのは変わらないけどね

 ひとしきり騒ぎ倒した二人はゲッソリとした顔で宿を探すことにした。

 アルベルトの服は愛奈の涙と鼻水と胃液で若干しっとりとしている。

 姿を見失わない程度に距離を置いて歩く二人は、無言のまま宿の前に立つ。

 それは、巨大な猫だった。

 ネコ○スを実写化したらこんな感じになるのではと思うほど、よくできた猫だ。 

 ピクリとも動かないので作り物なのは確かだが、それでもギラリと光る黄金色の目は少し怖い。


 アルベルトは巨大な猫に臆することなく進む。

 大きく開いた口が出入り口になっているようだ。

 鋭い牙まで作り込まれており、通るときに引っかかる人とかいないんだろうかと考えながらアルベルトの背中を追う。

 口をくぐり抜けると、そこには大広間が広がっていた。

 ロビーで受付と話しているアルベルトに気を向けつつ、広間に集まる人に視線を向ける。


 机を挟んで話し込んでいる強面の男、腰に剣を下げた女剣士、体よりも大きなリュックを背負っている子ども。

 完全にお上りさん状態でキョロキョロしていると、部屋が取れたのかアルベルトに声をかけられ、階段をあがる。

 着いたのは、ツインルームだった。

 ……ツインルーム? 

 え、これは一人で広々と使えるということ!?

 ワクワクしながら部屋に入ると、後ろから当然のような顔をしてアルベルトも着いてくる。


「……わたしの部屋ですよね?」

「こんな時間から寝言なんて大丈夫か? 二人だからツインに決まっているだろう」

「ええええ、いやいやいやおかしくないですか!? わたし女! あなた男!」

「うるさいな……ガキが何ませたこと言ってるんだか」

「ぜったいおかしい! 出てってくださいよ、ガキだろうがなんだろうが男女でしょう!」


 宿に入る前から騒ぎ倒したというのに、元気のある愛奈はぎゃんぎゃんと騒ぐ。

 もう一回受付に行って別の部屋を取ってもらえばいいのだ。

 なぜわざわざこんな男と同部屋にならなければいけないのか。

 大いに納得いかない。異議ありである。


 愛奈の訴えを鬱陶しそうに聞いたアルベルトは、盛大にため息をついた。

 ものすごく面倒臭そうだ。

 見るからに嫌そうに顔を歪め、赤髪をかきあげる。

 シエルは線の細い美少年だったが、アルベルトは男らしさのあるイケメンだと思う。

 特徴的な赤髪も、コウとは違って燃えるような激しい色だ。

 見下すように愛奈を睨みつけ、もう一度ため息をついた。


「チッ。俺は見張りをする。外に出てるから、何かあったら呼べ」

「え、何かあったらって何かあるんですか?」

「知らん。一応聖女サマをお護りする騎士だからな、俺は」


 ふん、と不満げに鼻を鳴らし、アルベルトは愛奈をひと睨みしてから部屋を出ていった。

 やや乱暴に閉められた扉を見て、小さく息を吐く。

 そして、ふわぁ、と大きなあくびをした。

 しょぼしょぼする目をこすり、フラフラとベッドに倒れ込む。

 

 豪邸で寝たベッドほど柔らかくはないが、それでも孤児院の簡素なベッドよりはずっといいものだ。

 だが、気持ち的にはあのかたいベッドのほうが休める気がした。

 ぼんやりと今日あった出来事を振り返る。

 図書館でシエルと出会い、アルベルトに気絶させられたこと。

 突然聖女だと言われ、黒竜とやらを倒すために旅に出されたこと。

 転移魔法だかなんだかで吐くほど酔ったこと。


 振り返るほどムカムカと怒りがわいてくる。

 いきなり気絶させ、酔わせたあげく吐いた自分に対したあの言動。

 信じられないぐらい失礼な男である。

 あんな騎士がいていいものか。いや、良くないに決まっている。

 何度震える拳を抑えただろうか。

 手が出なかっただけえらいと思う。


「……はぁ、帰りたい」


 泣きそうだった。

 でも、涙は出てこなかった。



「……ろ、お……き……起きろ!」

「ふあっ!?」


 涙ではなくよだれの伝う感触と、頭上から降ってきた大声に愛奈は飛び起きた。

 なんだかデジャヴが……。

 手の甲でよだれを拭い、パチパチとまばたきを繰り返す。

 ベッドの横には、相変わらず人を殺しそうな目で睨むアルベルトの姿があった。

 何かあったんだろうか。そういえば部屋を出ていく前に何かあったら呼べと言っていたような……、


「いつまで寝ている。さっさと出るぞ」

「え、もう朝ですか?」

「もう朝の十時だが? ほら、早くしろ」

「あ、はい。すみません」


 寝起きで頭が回らないこともあり、愛奈は素直に従う。

 あわてて顔を洗いに洗面台まで行くが、鏡の前で自分の姿を見てため息をつきたくなった。

 なにせ、シエルのところで無理やり着せられたワンピースのままなのだ。

 そのまま寝たから、当然シワができてしまっている。

 これは弁償だろうな……アルベルトから嫌味をグサグサ言われることを想像し、愛奈は顔をしかめた。


 顔を洗いアルベルトの元へ行こうとすると、無言で袋を差し出された。

 愛奈に押し付けると、押し付けた本人はそのまま部屋を出ていってしまう。

 おそるおそる袋の中身を確認すると、中には服が入っていた。

 これに着替えろといことらしい。

 なるほど、たしかにシワだらけのワンピースを着た女とは一緒に歩きたくはないかもしれない。


 後ろがチャックになっているので、ワンピースを脱ぐだけで一汗かいた。

 腕を後ろに回し体をよじり、時々腕がつったことにうめき声をあげながら脱ぎ終える。

 すでに疲れ果てているが、旅はこれからなのだ。

 ……全部終わったら、元の世界に帰れる。


 【伝説の聖女】は帰れなかったが、愛奈には王様の「約束しよう」という言葉が残っている。

 なにせ、二百年ぶりに異世界から召喚したと言っていた。

 今はもっと魔法が発展して、元の世界に帰る方法も見つかっているのだろう。

 旅が終わったらママにも教えてあげよう。

 ママも、きっと喜んでくれる。


 用意された服は愛奈には少し大きかった。

 というか、これは完全に男物だ。

 色もサイズも形も、どう見ても女物とは思えなかった。

 アルベルトのことだから、女性の服を買うのが恥ずかしくて男物を買ってきたのかもしれない。

 まぁ、ワンピースよりズボンのほうが動きやすいので、それはありがたいと思う。


 ベージュのシャツの袖を少しまくり、紺色のズボンは裾を引きずりそうである。上着は赤のパーカー。

 靴も黒のスニーカーが用意されていた。

 裸足で歩くはめにならなくてよかった。

 サイズはやはり少し大きい。しかし、贅沢は言っていられない。履けるだけマシだろう。


「お待たせしました」

「ああ、待った。行くぞ」

「……待たせてすみませんね。それで、どこに行くんですか? 黒竜のところ?」

「いや、黒竜のいる孤島まではまだ距離がある。転移魔法で移動できる場所は限られているし、地道に歩いて近づくしかない」

「はぁ、そうですか」

「……ずいぶんと気の抜けた返事だ。聖女サマには黒竜なんて余裕ってことか?」

「そんなこと言ってませんけど。そもそも、黒竜がなんなのかもわからないのに、余裕も何もないです」


 ジトッと軽く睨むと、アルベルトは少し迷うように視線をさ迷わせ、小さく「そうだな」と返した。

 いつものキレキレの嫌味はどうしたのか、もしかして外に放り出したことで風邪でも引いたのかもしれない。

 少し心配していると、いつうもの不満顔に戻り、さっさと歩きだす。

 そう、この気遣いのなさこそアルベルトという男である。

 安心したところで、愛奈も後を追った。


 宿を出て、アルベルトの言うとおり地道に歩いて進む。

 聖女として喚ばれたことで、愛奈には疲れがないので休みなしで動けてしまう。

 昼食をとりつつ歩き続け、暗くなる前に宿をとる。

 その繰り返しだ。


 瘴気に近づくにつれ、凶暴な魔物が増える。

 愛奈に癒やし系の力はないので、アルベルトが怪我をするとその分宿にとどまることが増える。

 シエルの言ったとおりアルベルトの剣はすごかった。

 素人目から見ても、無駄のない洗礼された動きだとわかる。

 なので、最初のころは怪我が少なかった。しかし、瘴気にの影響もあって思うように動けない場面もあった。

 聖女っぽく傷を治してあげることができたら、もう少し役に立てたかもしれない。

 役に立ちたいと思う程度には、愛奈はアルベルトへの気持ちが変化していたのだ。

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